元社畜と面倒の予感
「カイさんお願い。このままじゃ可哀そうだから」
愛音の頼みで鈴と呼ばれた少女は俺の魔力集束弾で跡形もなく消えさった。
死んでいるが生きているので愛音の魔法ではどうすることも出来なかったのだ。
愛音がそれをどんな思いで見ていたのかは分からないが、少なくと富永への恨みは消える事はないだろう。
だがそれによりこの騒動も終わりを迎え、俺達は向こうへ帰る。
そのはずだった。
「ねえ、ちょっとコンビニ寄って行っていいかな。アタシが死んだとこ。なんかそこに行かないといけない気がするんだ」
いざ愛音が家に帰ろうとしたところで何やら気になる事を言い出した。
聖女が気になる、何かあると言えばきっと何かある気がする。
「それは神託ですか」
「それとはちょっと違う気がする。けど何か気になるというかなんと言うか」
二人は俺をじっと見ている。
うん、俺も気になるよ。
「じゃあ、寄って行こうか」
ところが件のコンビニへ向かう途中、俺たちの前にゾンビが現れた。
もちろんそいつは問答無用でリッシュの魔法で灰になった。
だが何故ゾンビいる。
「どうして不死者がいるのでしょうか。まさか」
「アイツはカイさんの魔法で死んだよ。それは間違いない。影武者とかじゃなかったし」
「そこまで分かるんですか」
それはゲームでよくあるやつで、戦ったボスが弱すぎると思っていたら影ったとか。
だが何となくだが本物だと分かった。
多分加護の力だと思う。
ゲームで自分の影を無数に操りどれが本物か分からず、見破るためには特殊な道具が必要とかのパターン。
その場合、ボスと初見でイベント戦闘となり負ける事がある。
俺はそういうのが大っ嫌いだし多分ローさんも同じく嫌いなんだろう。
だから見破れる。
「あれ、リッシュって生命看破使えないの」
「あの、生命感知ならともかく、それ使えるの大司教様か聖女様くらいでは」
「多分レベルが足りないだけだよ。もっとレベル上げようね。そうすれば女神の涙だって使えるようになるよ」
「いえ、流石にそれは」
実に軽く言うが愛音は聖女でガチ勢なのだ。
「しかし、そうなるとこの騒動の原因は彼ではなかったと言う事になるんだが」
自分で言っておきながら、それはないと思うんだ。
道を歩いているとまたゾンビがいた。
そいつもリッシュの魔法で灰になる。
「確かに不死者はいるけど、数が少ない気がする」
「そうですね。しかしどうして」
彼の居た所まではそれこそ道いっぱいにゾンビがいた事を考えると少なすぎる。
そんな時である。
「あっ、止まってください」
リッシュが愛音の手をつないで俺の腕に抱き着いてきた。
これは合図だ。
リッシュがそのままそっとささやいた。
「右側にある高い塀の先、黒い門の後ろ辺りに三人います」
「悪意感知ね。けどそこって」
言いたいことは分かる。
何せ塀の内側はここから見えるし何かわかっていたし。
「中学校の裏口だな」
雪野中学校と書かれていた。
異世界の手引き曰く。
ゾンビが溢れる世界において学校は大抵碌なものではない。
パターンその一。
一部の連中が好き放題やっている。
パターンその二。
特定のコニュニティーだけで形成されている。
愛音はこれにあたった。
パターンその三。
純粋な助け合い集団。
愛音の両親がいたのはこれだ。
さて悪意を向けてきているわけだがこれはどうだろうか。
場所が場所なだけに迷う。
「そこにいるのは分かっていますよ。出てきてください。こちらに敵意はありません」
リッシュが一歩前に出た。
これだけ見ると実に聖職者だ。
しかし反応はない。
「お互い警戒しているのは分かっています。無益なやり取りはやめましょう」
再びリッシュの問いかけにも反応がなかった。
「出て来いって言ってるのが分かんないの。アタシ達も暇じゃないんだよ」
愛音が馬鹿にしたように言うと、ようやく相手が姿を見せた。
見た所十代半ばくらいだからこの学校の生徒だろうか。
「バレたじゃん」
「けど可愛い子発見!」
「おっさんはいらね!」
手には金属バット。
馬鹿しかいないのだろうか。
「ガキが。世の中なめんじゃねえぞ。魔力散弾」
富永の話を聞いたからかこの手の奴らに容赦はいらないと感じ、問答無用の一撃。
結果二人が死に、運悪く生き延びた一人がのたうち回っている。
さてとどめというところで倒れている奴の頭に飛んできた何かが突き刺さりボンッと爆発した。
その瞬間にリッシュと愛音が身構えた。
「今のは魔法矢!」
「しかも相当の使い手だよ」
飛んできた方を見るとこちらに歩いてくる人影が一つ。
「まったく本当にゴミね。人様に迷惑しかかけない。ああ、でもこれで世の中三人分良くなったわ」
年はおそらく二十代半ばの上下赤いジャージを着た女性。
肩くらいの黒い髪で恐ろしく整った顔立ちをしている。
ただし目のクマが酷い。
「あれ、あなた。えっ、もしかして雪ちゃん」
その視線はリッシュに向いていた。
「違いますが」
「ああ、そっかそうよね。あの子は銀髪だったし。なにより死んだし。でもその服は正道教会のやつよね。なんでこの世界にいるの。と言うか今魔法使ってたよね。なんでこの世界にいるの。私と同じなのかしら。でも勇者じゃないわよね。なんでこの世界にいるの。あれ、そっちの子はもしかして聖女かしら。どうしてこの世界にいるの。ああ、なんだけっけ。そう、そうそう」
ああ、これはきてるな。
俺にも覚えがある。
「浄化」
愛音の魔法を受けた女性はしばらく動かなかった。
「あれ、おかしいな。手ごたえはあったけど」
しばらく様子を見ていると女性はゆっくりと動き出した。
「ああ、うん助かったわ、私は風上月子。以前はここで教師やってたけど今は無職よ」
堂々と無職と言ったぞ。
「これはご丁寧に。私はリッシュ・ナインスターク。カーナ様にお仕えしております。今はこちらのカイ・オスヤさんの仲間とさせていただいております」
「アタシは五十嵐愛音。向こうで聖女やってたよ」
「そっちのリッシュが言ったけど私は甲斐雄矢。女神の依頼でこの世界に来ています。とにかくそちらの話を聞かせてもらえますか」
これはまた面倒な予感がした。




