元社畜と七魔人
彼の話を聞いている間、リッシュはテーブルの下で俺の太もも辺りを何度もトン、トントンと叩いていた。
いくつか嘘が混じっているらしい。
「事情は大体分かった。その上でいくつか聞きたい事がある」
話が本当ならこの状況は彼が作っていない事になる。
だがそんな事あるだろうか。
「世界がこんなになってるが心当たりはあるだろうか」
じっと目を見て話すと彼は目をそらした。
「その、分からないんだ。あいつ等は人を襲ってない。それは間違いない」
リッシュは一回叩いた。
「あ、アタシ分かった」
最後まで黙って聞いていたアイネが声を上げた。
「不死者は呪いと毒を持っているって言ったよね」
それは聞いた。
愛音の父親を助ける事が出来たのは解毒と解呪の魔法のお陰だ。
この世界に特効薬が出来ていないのもそれが原因だ。
毒はともかく呪いなんてオカルトをどうにか出来ないから。
「時期的に夏だったんじゃないかな。だから蚊が媒体になったんだと思うよ。そいつら普段通りの生活させたんでしょ」
かつてヨーロッパでネズミが病気をばらまいた事があった。
ゲームでもネズミがウイルスを運ぶ話があった。
「普通ならその程度じゃ人を不死者にするようなことはないけど、アンタ相当レベル高いでしょ。そんなアンタが苦しめるために力をこめてリビングデッドにしたんだから感染力が半端じゃなかったんだよきっと」
「あっなるほど。七魔人の一人 土の無のケンツとは貴方でしたか。カルナガルナ様に全て焼き払われたと伝わっていましたから、もしやとは思いましたが」
七魔人だと。
思いっきりボスじゃないか。
おまけにドラゴンに全て焼き払われた。
つまり彼も向こうで死んだ。
「ところでカルナガルナってあの竜の事か。だがジェードって言ってなかったか」
ヒロ君が色ボケトカゲと呼んだあの竜の事だろうか。
俺の問いに愛音が複雑そうな顔をし、リッシュは馬鹿にしたような顔をした。
「カーナ様より与えられた名はカルナガルナ。あの方は最初から王家の森で封印を守護されていたわけでありません。何やら女の為にアレコレしすぎてカーナ様のお怒りにふれ、罰として名を奪われ封印の守護をするように命じられたのです」
女の為にアレコレって絶対に碌なもんじゃないだろ。
「使徒のお一人と共に旅をしていたと伝えられています。もちろんその方は女性です。もちろん他にも旅のお供がいましたが全員殿方です」
「うわぁ、逆ハーって奴だね。もてない女の子の妄想みたい」
「気持ち悪いですよね」
この二人実に辛辣である。
話がそれた。
もう一度富永と名乗った少年を見る。
「愛音の予想が当たっているなら君が魔法かなんかを解けばゾンビ共は死体に戻るわけだ。どうなのその辺」
さっと彼の顔色が変わった。
「そんな事知るかよ!」
「嘘です。この方は理解してます」
リッシュが椅子から立ち上がった。
「俺の気持ちがお前らに分かってたまるか!」
「分かるわけないじゃない」
すっと、となりから冷たい言葉が出た。
そちらを見れば愛音が呆れたように彼を見ていた。
「あんたさ、何で勉強しなかったの」
これは正論を言うやつだ。
止めるべきか否か。
いやここは黙っておこう。
「どう意味だよ」
「アンタをイジメてた奴らってどうせ勉強なんか出来ない。かと言ってなにかスポーツが出来るわけでもない。授業なんか寝てるか同じような連中としょうもない話したり遊んだりとかそんな連中でしょ」
「だから何だよ」
愛音が心底馬鹿にしたようにため息をついた。
「分かんないかな。そんな連中が行く高校なんて名前書いたら行けるような本当に最低のとこでしょ。当然似たような連中が集まる。高校とは名ばかりのサルの動物園。なんでアンタそんなとこに行ったのって事。アンタの言うクズが集まるって分かり切ってるじゃん」
実にその通り。
漫画では主人公がヤンキーにイジメられてるシーンがあったりするが、中学ならともかく高校ならそんな連中と同じレベルの頭ということになる。
「アンタが少しでも勉強すればそいつらよりも一つ上の高校に行けたでしょ。そしたら少なくともそいつらとは学校では関わらなくなったでしょ。アンタ何してたの」
実に正論だ。
彼をイジメていたような連中は俺が中学の時のクラスにもいた。
テストなんていつも0点で体育の授業はサボり。
そいつらの行った高校はやはり名前を書けば行けるような地域でも有名な最底辺の高校。
俺の友達でいつも遊んでばっかりの奴もそこへ行った。
「な、なにって、その」
明らかに彼の挙動が怪しくなった。
まあ想像はつくが。
「色々」
「色々」
彼とアイネの声がきれいにはもり、アイネはハッと鼻で笑った。
「アンタ達みたいのはみんなそう言うけど何もしてなかったんでしょ。何が色々よ。どうせゲームとか漫画とかで遊んでただけでしょ」
つらかったから現実逃避と言えばそうだがアイネの言う通り少しでも勉強すれば学生にとって生活の大半を占める学校で関わることはなかっただろう。
「う、うるさい!」
彼が勢い良く立ち上がると同時にアイネの口からヒュッと音がした。
「全ての命に死の雲を! 致死雲!」
名前から察するにゲームでたまにある即死魔法か。
だが俺は慌てなかった。
「魔法破壊」
そして愛音の一言で何も起きなかった。
「な、何で!」
「はい、黙りましょうね」
リッシュがテーブルを乗り越えて彼に脇腹に天秤の針をフルスイング。
彼は真横に吹き飛び壁にグチャッと叩きつけられた。
「残念だけそんな程度じゃね。七魔人って言っても直接戦うやつじゃなければこんなもんね」
愛音は髪をフワリとかき上げて倒れた彼を見下ろした。
ゲームではあるまいしボスキャラだからと言って強いわけではない。
「お前、何を」
「魔法破壊ですね。カウンター魔法の一つですよ。実に見事なものです。私では無理ですね」
「ふふん。もっと褒めてもいいよ」
誓約を失ってもこの力にとっさの判断能力。
よほど向こうで頑張ったんだろう。
「それにしても致死雲。完全にこっちを殺す気ね」
致死雲とはその名の通り猛毒の雲を生み出す魔法。
至近距離で撃たれたらまず助からない。
これは仕方ないな。
話し合いで済めばそれに越したことはなかった。
イジメられた彼に同情はする。
だがこっちを殺しに来た。
それが全てだ。
「おい待ってくれよ。ちょっとあせって」
「魔力集束弾」




