元社畜元凶と出会う
ピンポンと明るく間抜けな音が木霊した。
そのまましばらく待ってみるが反応がない。
いないはずはない。
「中にいるよ。一人。悪意は・・・少しあるね」
愛音が当たり前のように答えた。
正確な人数からある程度の感情まで分かるのはやはりありがたい。
居留守だがこんな世の中なんだ。当然だろう。
「しかしお一人とはおかしいですね。使徒様とくれば女性囲ってハーレムですよ」
リッシュはやさぐたように吐き捨てた。
でも大抵そうな気がする。
達也君や愛音も本人の意思に関係なくそうなっていたし。
「突っ込みますか」
「いや、もう一度だけ」
今度は扉を叩いて呼びかけた。
「すいません。富永さんいらっしゃいますか。ちょっと異世界とこの世界と女神について話があります」
しばらく待つが反応はない。
「最後です。聞きたい事があります。開けてください」
反応はなし。なら仕方ない。
結局強行突破だ。
「リッシュ」
「お任せください。行きます」
リッシュは天秤の針を大きく振りかぶってドアノブに叩きつけた。
静かな場所に轟音が響き、扉が勢いよく吹き飛ぶように開いて壁にめり込んだ。
しっかりと掛かっていた鍵もチェーンは意味がなかった。
「ダイナミックおじゃまします」
ひびの入った壁や天井から何かがパラパラと落ちる中、リッシュはそのまま靴を脱がずにズカズカと入っていく。
「カイさんが警告したのに。こっちも暇じゃないんだよ。あれなの。ヒッキーなの」
止める間もなく愛音が続く。
容赦とか遠慮とかそんな言葉はこのお嬢さん達にはないらしい。
奥にいたのは高校生くらいの少年で手には金属バットを構えていた。
「闇壁」
彼がそうつぶやくと、いきなり目の前に黒い壁が現れた。
「闇の魔力壁ですか。ならこれでどうですか。聖光」
リッシュの手から光が溢れた。
だが光は壁に吸い込まれてしまい、壁は健在だった。
「むむ、駄目ですね」
肩を落とすリッシュの横から愛音が同じ呪文を唱えた。
「聖光」
愛音から放たれた光は黒い壁をアッサリと消し去った。
それが予想外だったのか彼は茫然と立っていた。
「初めまして富永健二さん。私は雄矢甲斐。女神様から依頼で貴方に会いにきた」
挨拶は基本だ。
「リッシュ・ナインスタークです。ちなみに扉は私がやりました」
リッシュはどこか得意げに胸を張り、天秤の針を見せつけるようにブンッと振って見せた。
「アタシは五十嵐愛音。分かってると思うけどこの辺の不死者は一掃したから」
愛音もなにやら挑発するような口調だ。
「一掃って」
「全部ですよ。全部。こちらのアイネさんは聖女ですから。アンデット特攻持ちです。アイネさん程ではありませんが私も出来ますけどね」
「その通り。だから諦めて話を聞きなさいよ。別に取って食おうってわけじゃないんだから」
「すまんね。だが話がしたいってのは本当さ」
彼はこちらの様子をじっと伺っていたがゆっくりとバットを下した。
「なんだよ、なんなんだよ」
理不尽に怒るかと思ったがこれは完全に諦めたやつだ。
「とりあえず隣へ行かないか。扉壊れてるし。隣は誰も住んでないんだろ」
「隣って鍵掛かってるし。それとも」
彼はチラッとリッシュを見た。
「いや、最低限で済ますよ」
俺達はテーブルに向かい合って座った。
入り口は魔力弾で鍵を壊した。
それを見た彼は何とも言えない顔をした。
扉壊す必要なくねと。
「さて話をしよう。さっきも言ったがこの世界と異世界と女神様について」
改めて観察するとうつむき加減で気の弱そうな感じがする。
背は少し低いか。体を鍛えているわけでもなくおそらく平凡な高校生といった感じだ。
「アンタ異世界に召喚されたんでしょ。多分シグルーンに」
愛音の声にハッと顔を上げた。
「ど、どうして」
「そりゃ知ってるよ。アタシもアッチに召喚されたし。結構有名な話だよ。馬鹿な王様が沢山の命と引き換えに沢山の使徒を召喚したって」
話には聞いていたがそれなら召喚するのは悪魔とかだろと思う。
「教会では結構有名な話ですよ」
テーブルの上に置いたチョコバーをモソモソ食べながらリッシュが続けた。
彼のために置いたんだが。
その彼は驚いていた。知らなかったのか。
「基本的に何かを召喚するためには魔力が必要になります。普通は少し、また少しと集めるのですがシグルーンの王は迫る魔王の軍と戦うために沢山の使徒を欲したんです」
よくある国を守るために手を汚すってやつ。
俺も最初はそう思ったよ。
「手っ取り早く使える者が欲しかったんですよ。王様は浪費家で有名でしたから」
魔王の軍と戦うために力が必要なのに浪費とか馬鹿じゃね。
異世界の手引き曰く。
異世界の王様が召喚をする場合、大抵自分勝手な連中である。
そして主人公は使えないと判断されて放逐されるか殺されかけて逃げるかるか、あるいはこっそり逃げるからしい。
ごくたまにまともな王様が存在するがその場合召喚された方がクズの場合が多い。
そして高校などの一クラスまとめての場合はほぼ王族はクズらしい。
「強制的に集めた人達を文字通り生贄に使徒を召喚したんだ。もちろん勇者や聖女はそんなんじゃ呼べないけど召喚された連中は何らかの力は与えられてたって話だよ」
つまり人海戦術術。
あの会社で働いていた時、とある同業他社の話を聞いた事がある。
割と有名な話でその会社は毎年新入社員を五百名以上採用する。
全員が営業職。
他社と営業範囲が被る場合は当然客の取り合いになる。
彼らの通った後は草一本も残らないと言われるほどの徹底的な営業活動。
だがその会社では一年後に会社に残ているのは一割に満たない。
二年となれば一桁。
だから毎年大量に雇用する。
その繰り返し。
だが会社は業界大手。
数は力だ。
あの業界の営業職の社員など使い捨ての消耗品だ。
もちろん俺もだ。
仕事自体誰かを不幸にするから毎日仕事したくなかった上に上司が最悪のクソ野郎共。
後輩は入っては課長と腰巾着につぶされて、支店長は知らんふり。
ああ、そうだ。
三年目に入社して来た藤井。
梅雨が明ける頃になると毎日飛び込み営業で一日で名刺を三十枚集めて来いと言われて会社から出ていかされる。
実際そんな事不可能だ。
当然出来なくて戻ってきては怒られる。
やる気あるのかと。
度胸をつけるためとか言っていたがならお前やって見せろと言いたかった。
「お前の先輩の浅野も雄屋も新人の時には出来てんねんぞ! 根性ないだけやろが!」
根性でどうにか出来たら苦労せんわ。
手伝ってやりたいのだが俺達も忙しかった。
考えればすぐわかるが名刺交換する時、あるいは自分の話を聞いてくれる人がいたら当然話すだろう。
三十分一時間話をしてようやく名刺一枚だ。
三十枚がどれだけありえないか馬鹿でも分かる。
だが奴の頭では自分の言った事が出来ない即ちサボっている。
当然だが藤井は半年で耐えられなくなって辞めていった。
その後、藤井の実家が寿司屋と知っていたあいつ等はちょくちょくそこに行っては何やら嫌がらせをしていたらしい。
藤井寿司潰したると。
「ああああああ!あのクズが!何が藤井寿司つぶしてやるだ!死ね!死ねよクソが課長がああああああ!」
「えぅちょっと、どうしたのカイさん」
「たまにでる発作ですよ。困りましたね。とにかくやってみます。浄化」
「ダメみたいだね。ならアタシが。浄化」
スッと頭が冷えた感じがした。
「ああ、力の差を感じます」
「レベル上げが足りないんだよ」
俺を見る三人が何か引いてる気がする。
何か言ったような。
「カイさんの課長とはどんな方か気になります」
「アタシは知りたくないかな。社会人って大変なんだね」
うん、大変なんだよ。




