元社畜と小説
その日は一晩お世話になることになった。
愛音は部屋にこもってしまい、両親も微妙な空気。
どんよりとした雰囲気の中俺達は客間に通された。
二人一緒に。
「何故タツヤ様の事を話さなかったのですか」
あの場で俺はタツヤ君について話さなかった。
それにリッシュは合わせた。
「一番は言ってどうなるって事だ」
「そうですね・・・向こうに戻りたい、でしょうか。でもその場合はこんな世界にご両親を置いて行く事になりますね」
「大体それが可能かどうか分からん。ローさんに色々聞かないと」
聞きたい事が山のようにある。
とにかくローさんに報告だ。
「いやちょっと待ってください」
俺の報告を受けたローさんは頭痛を堪えるかのような顔した。
「アイネさんが一回死んでそっちにって、いやいやルールは守らないと。待ってよ。と言う事は」
色々まずいようだ。
「あれがこうなって、つまりあれがこうなるじゃない。あっあっあ、カイさん!」
「はい、なんでしょう」
「アイネさんは向こうに戻っていただきます」
これは想定外だ。
「あなたにしていただく事は変わりません。速やかに原因を突き止め排除してください。それが終わって向こうに戻る際、アイネさんも一緒に戻っていただきます」
「しかし本人が望まない場合はどうすれば」
失った娘が帰って来た。
それなのにまた危険な世界に行ってしまうのを容認する両親がいるだろうか。
それに原因を排除しても世界が元に戻るわけではない。
そんな世界に両親を置いて行くほどアイネは薄情に見えない。
俺の問いにローさんは険しい顔をした。
「申し訳ありませんがこの件は決定事項になります。そうしなければ世界が歪みます」
これは想定外だ。
「おや、おはようございます」
ぼんやりした頭にリッシュの声が響いた。
声の方を見るとリッシュは机の上にノートパソコンを広げていた。
なじんでやがる。
「おはよう。何してんだ」
テレビもノートパソコンも当たり前のように使いこなしてやがる。
「少々気になるものがありまして。こちらへ」
言われるままにリッシュの元へ行くと彼女は立ち上がり俺に椅子を譲った。
開いているページは小説投稿サイトで中には人気のランキングがあるらしい。
「使徒様は異世界転生とかチートとよく仰います。小説で読んだとも」
なるほど。試しに10位ぐらいの物を読んでみた。
タイトルは「ひたすら修行をつんでいたらいつの間にか最強ですが無自覚の少年はそれに気づかず世界を旅します」。
ドラゴンを相手にするんだから作戦が必要だな。
ユウキ「どうする?何か案はないか?」
シュナ「無理だよ死んじゃうよ」
リナ「文句言わないの!」
シェナは戦いに反対らしい。
けど逃げうわけにはいかないんだ。
ユウキ「シェナはサンガクの村に行てくれ。俺達でやるよ」
シェナ{な?! 誰も嫌なんて言ってないでしょ!」
これ小説サイトだよな。
台本形式なんてありえないだろ。
誤字あるし。
もう一度言うが台本形式とかありえないぞ。
いやそもそも何故こんな物が10位になってるんだ。
こんな物が。
すごく嫌な予感がするが次は5位を読んでみよう。
タイトルは「無能だと追放されたけど実は最強です。今更戻って来いとか言われてももうかわいい子とパーティー組んでるし」。
森に入ってからずっと見られている気がする。
「誰かいるな」
気配察知を使った。
「あそこか」
俺はゆっくりと弓を構えた。
ギリギリ、ヒューン、ドス!
「ぐぎゃああああ! ハァ・・ハァ・・・なぜ分かった! くっくそ! 行けゴブリンども!」
「「「ギャギャギャ」」」
「ゴブリンなんか相手になるか!」
ザシュ!ザシュ!
「「「ギャギャ!」」」
「くっそ~! しかたない俺が相手だ!
キンキンキン! キンキンキン!
そっとページを閉じた。
ゴミ。
その一言だ。
マジかよ、なんだこれ。
リッシュを見ると俺の様子に何やらうなずいている。
「おっしゃりたい事は分かります」
「いや、これ、なに。この、なに」
いや本当になんだこれ。
「次をどうぞ」
いつの間にか後ろに立っていたリッシュが俺の両肩を掴んでいた。
「もう嫌なんだが」
見る価値なし。
そもそもこんな物が上位に位置するなど不正の匂いがする。
「次をどうぞ」
リッシュの目が死んでいた。
「だがこれは」
肩を押さえつけられていて立ち上がれない。
しかもギリギリと掴まれているところが痛い。
「次をどうぞ」
よし次は2位を読んでみよう。
タイトルは「ゴミスキルと実家から追い出されたけど実は神スキルだった。我慢をやめた最強」。
「ここが冒険者ギルドか」
ギイ・・・バタン
中は薄暗くてひどく酒の匂いがする。
ジロジロ・・ザワザワ・・
「見られてるな」
ジロジロ・・
「ふん、不愉快だな」」
無視だ。
「あそこが受付か」
ようやくついた。
ページを閉じた。
「リッシュ」
「なんでしょうか」
ゴミ。
本当に何だこれ。
頭痛がする。
あまりのひどさに言葉が出ない。
「俺は学生の頃、毎日のように本を読みまくった」
高校も大学も電車で通っていたから行きも帰りもずっと本を読んでいた。
朝は満員電車でサラリーマンが漫画雑誌を読んでいるのをしりめに文庫本を読んでいた。
「推理小説はもちろんハードボイルドもSFもドロドロの人間ドラマもファンタジーも面白そうな物は片っ端から読んだ。だから言う。ゴミだ。何だこれ」
そう吐き捨てた。
「おっしゃりたい事は分かります」
リッシュの目は死んでいた。
虚ろで光がなかった。
「次をどうぞ」
「いや、ホントにダメだって。ゴミ。読む価値ないよ」
酷すぎる。
「おっしゃりたい事は分かります」
これって無限ループですか。
「次をどうぞ」
そっとリッシュの手を掴んで呪文を唱えた。
「心にひと時の安らぎを。精神鎮静」
リッシュの目に光が戻った。
ヒロ君に教えてもらった魔法だが初めて使うのが自分ではなかったとは。
「あ、あれ、私は確か小説サイトを見て、それであまりの内容に気が遠くなって」
「おかえり」
「えっとお手数をおかけしましたようで。申し訳ありません」
「いや、いいよ。しかし本当酷いな。よくこんなもんで小説とか」
「いえ、これは小説ではなくラノベだそうです」
ラノベと来たか。
しかしそれでもひどいのは変わらないと思う。
「これをゴミと言った理由は幾つかある」
内容とかそんなものではない。
色々な小説を読んがからこそ言える事がある。
「擬音を使うな! 漫画じゃねえんだよ! それを文章にしたのが小説だろが! 何だよギリギリヒューンってアホか!」
一番許せないのがそれだ。
剣戟の場面でキンキンキンとか緊張感もどんなやり取りかも何もない。
小説なら擬音を使うな。
この一点だけは絶対に許せない。
何も全てを否定するわけではない。
ここぞという場面で使うのならありだ。
けど戦いの場面で剣戟を擬音でカットするとかありえない。
見られてる場面で擬音でジロジロとか本当にありえない。
何度も言うが小説で頻繁に擬音を使うなんてありえない。
小学生の書いた作文だ。
けどそれが当たり前になっているのか。
「あとゴブリンの鳴き声なんかセリフ扱いすんな。意味ないんだよ」
なにが「「ギャギャギャ」」。
ザシュ! 「ギャ!?」」だ。
それに何の意味がある。
漫画で犬がワンワン言ってるようなもんだぞ。
馬鹿じゃねえの。
「この2点で小学生低学年の作文レベルだこんもん。しっかりとした本どころか国語の教科書も満足に読んだことがないんだろうな」
多分ここにある物を読んでそれを元に書いた物が投稿されて、それが当たり前になっているんだ。
「おっしゃりたい事は分かります」
「あれ、正気に戻ったと思ったんだけど」
「いえ、私は正気に戻りました。問題は1位にある物です」
マジかよ。
今までのは雑魚なのか。
いや違う。
ランキングだから面白いものがトップのはず。
でもこんな物が10位に入ってるんだ。
当然1位も同じようなものだろ。
タイトルは「私は聖女じゃありません」。




