元社畜と酷い現実
予想に反して愛音はずいぶん苦労したらしい。
リッシュは何やら複雑そうな顔をしている。
聖女に対する認識が違ったようだ。
「アタシの話はこんなとこだよ」
リッシュは黙って嘘はないとうなずいた。
「なら今度は俺達だな」
どこまで話すべきかは大体決めている。
「簡単に言えば俺はローさんからたまに仕事を依頼をされる。今回はこっちの世界をこんなにした奴を探して何とかする事だ」
何とかには当然殺す事も含まれる。
ましてこんなバイオハザード状態にした奴なら容赦なんかいらんだろ。
「それってどんなやつなの」
「詳しくは教えてもらってない。けどあっちの世界に行ったことがあるって事は聞いてる。後はまあ、会えばわかる、との事だ」
愛音に会ったことは想定外。
「それってあては」
「もちろんある」
あるからローさんも仕事を依頼した。
「こいつがあるから大丈夫、なはずだ」
左腕につけた腕時計っぽい何かを見せた。
「こいつは方位針。ボーナスとして貰った神器って言われる奴だな。探し物を指してくれる」
「それってとんでもないんじゃ」
言いたい事は分かる。
確かにこいつは便利だ。
「ただ万能じゃない。ゾンビ騒動の原因とか言ってもこいつは動かなかった。けど異世界に行った人間を探したら反応があって君に当たった」
ある意味愛音は運が良かった。
それにしても相手の名前とか教えてくれたら多分一発なんだと思う。
前から思っていたがローさんも色々制限が厳しいらしい。
すると何か考え込んでいた愛音が少し申しわけなさそうな顔をした。
「あの、アタシのお父さんとお母さん。それからたっくんとご両親が生きてるかだけでも教えてもらえないかな」
そりゃ気になるわな。
「それくらい構わんよ」
愛音の自宅から俺達の来た方向と反対に徒歩で10分程度に小学校がある。
今はそこが避難所になっているらしい。
門はしっかりと閉じられており、金属製の警棒持った警官が二人見張りに立っていた。
「そこで止まってください」
二人は俺とリッシュに気付くと警告の後、横に建てられたテントに合図を送った。
言われた通りにそのまましばらく待っていると中からさらに警官が二人出てきた。
「失礼。人を探しています。ここにいるか教えていただきたい」
とりあえず丁寧に相手の目を見て用件をはっきりと伝える。
営業の基本である。
「探している方のお名前は」
「五十嵐雪さんと正樹さん夫婦です」
愛音の両親の反応はあった。
そこで俺達が迎えに来たと言うわけだ。
「申し訳ありませんがここで武器を預けてください」
「まあ、そうですよね」
俺達が素直に武器を渡すと年配の方の警官は天秤の針の重さに驚いていた。
実際あれはかなり重く持たせてもらった事があるが多分15キロくらいはある。
そして門を僅かに開いてもらい中に入ってしばらくすると40半ばと思われる愛音に似た女性が校舎の方から疲れた様子で現れた。
見ただけで分かるほどよく似ている。
愛音の母親だろう。
「あの、どちら様でしょうか」
明らかに俺達を警戒していた。
見覚えのないコートを着た男と金髪のシスターだからな。
「これは失礼。私は雄矢甲斐と申します」
自己紹介をすると名刺を渡したい気分になる。
「初めましてユキ様。私はリッシュ・ナインスターク。リッシュとお呼びください」
そしてリッシュは少し頭を下げて綺麗な一礼をした。
「はぁ、あの、それで、どういった」
説明するのは簡単だが信じてもらえるかは別問題。
そこで登場するのが文明の利器。
「これを渡すように頼まれました」
ポケットからスマホを取り出して手渡した。
「最新の動画を見てください。俺達はここで待ってます」
それは愛音からのメッセージ。
本人達しか分からない昔話を動画にした物。
雪さんは少し離れた所で動画を見だした。
「アイネさんのご両親は生きているんですよね」
「そいつは間違いない。だが」
「来られたのはお母様だけ。普通ならお父様か二人一緒のはず」
その通り。
なぜ一人なんだ。
しかも女性が来るとか。
嫌な予感しかしない。
大体10分程の動画を見終えた雪さんは涙をこらえながら俺達に頭を下げた。、
「わざわざありがとうございます。あの、あの子は今本当に家に」
「ええ、知っている人に会うとまずいからと私達が参りました」
「そう、ですか」
どうも手放しに喜べない状況らしい。
「失礼ですが旦那さんは」
俺の問いに雪さん体を強張らせた。
「主人は、昨日噛まれてしまいました」
それはこういった状況の映画などでよくあるパターンだった。
身内に噛まれた人がいてをれを隠していたがそいつがゾンビになって被害がでる。
大抵噛まれたのが子供で親が隠して庇うパターンが多く、今回もそれだったようだ。
もちろん最初の被害者はその親だった。
そして近くにいた旦那さんが巻き添えを食った。
ゾンビに噛まれてしまったら大体三日程でゾンビになってしまうらしい。
しかし問題はない。
「生きておられるのなら問題ありません。私にお任せください」
何せこの場には元聖女候補筆頭がいるのだ。
リッシュが大きく胸をはった。
噛まれた人を癒すことは可能なのである。
感動の再会は両親は泣いているが愛音の方はそうでもなかった。
「まさかもう一度会えるなんて夢にも思ってなかった」
「アタシは会うつもりだったけどね」
事故当時に戻ってくるつもりだったから仕方ないがこの温度差。
何はともかく良かったと言っておこう。
「そうだ、達也君の事だが」
「うん、こんな状況だしね」
それが問題だった。
愛音の幼馴染にして彼氏のたっくん。
本名は須藤達也。
写真を見たら俺の知ってる勇者だった。
世間は狭いのか、あるいは何か基準でもあるのか。
愛音の願いが生き返る事なのに家族は無事だが彼氏は亡くなっていた。
これはちょっと可哀そうだ。
「いや、そうじゃないんだよ愛音。達也君が亡くなったのは半年ほど前で、こんな事になる前なんだ」
彼は半年ほど前に召喚されたと言っていた。
つまり世界がこうなる前に死んだらしい。
問題は愛音を殺した車の運転していた奴だった。
そいつは以前に国会議員をしていた。
だからか愛音を殺しておいて逮捕されなかった。
同じようなことをした奴はすぐに逮捕されたにもかかわらずにだ。
テレビなどで報道された時には容疑者と呼ばれなかった。
連日ネット等では上級国民だの勲章持ちだから逮捕されないと言われ続け、本人は悪びれもしない。
それから随分時間がたってようやく逮捕された。
しかしこいつが本当にどうしようもない所謂老害と呼ばれる奴だった。
事故の場所で現場検証の際に頭を下げることもせず、車が悪いとブレーキがきかなかったと言い続けた。
ありえない。
たとえブレーキが故障してきかなかったとしてもやった事に変わりはない。
ならば謝る。
だが一切は自分は悪くないと言い続け、車の販売会社と警察が調べた結果、ブレーキは正常だったと判明したがそれでも認めない。
愛音に関しては全く触れない。
それどころか自分が被害者だと。
一年過ぎてもう一度現場検証をする時にそれは起こった。
その場には愛音の両親もいたが、そいつは警察官に言われても彼らに見向きもしなかった。
本当にクズだ。
その時打ち上げ花火が上がった。
皆が何事かと見上げたそのわずかな瞬間に愛音を殺したその男をタツヤ君がナイフで刺した、
胸を首をそして米神に突き刺した。
即死だったらしい。
彼はぞの場で取り押されられた。
動機など考えるまでもない。
そして数日後に彼は留置所で舌を噛み切った上、首をくくって死んだ。
「嘘、そんなたっくん」
それはあんまりではないだろうか。




