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元社畜と天秤の針


 俺は止めなかった。 


 リッシュも止めなかった。


 リッシュから天秤の針を手渡された五十嵐さんが軽く振ると片手にもかかわらず凄まじく空気を切る音を立てた。


 聖女は基本的な能力値が高いのだろうか。

 

 当然そんなものが当たれば人間なんかひとたまりもないだろう。

 

 五十嵐さんは眠っているイケメンの足にそれをを躊躇いなく振り下ろした。


「この、この! よくも! よくもやってくれたわね!」


「愛音さん、やめてください!」


 容赦なく振り下ろされる天秤の針。


「気安く、呼ぶなああああ!」


 眼鏡のイケメンが痛みにうち回るが、彼女は正確に足を狙って叩き続けた。 


 そして一人がほんの一、二分で膝から下が原型をなくして動かなくなった。


「死んだかな」

 

「いえ一応生きてますね」


 確かに息はしている。


「生きていてもあれでは今後どうにもならんだろ」


「わざわざそうしたんでしょうね」


 こんな世界で足が使えなくなったら待つのは死だけだ。


「待ってくれ! 僕達はお前に危険な目にあってほしくないから!」


 イケメン達は芋虫のように這いずって彼女に許しを請いはじめた。

  

「そ、そうだ。ここで待ってればそのうち生きてる人が来るだろ」

 

「私達は追い返されましたけどね」


 ボソッとリッシュがつぶやいた。


 その通りである。


 非常に無理のある言い訳だった。


「嘘ばっかり言いやがって! アタシに嘘は通じない!」


 五十嵐さんの瞳が赤く光っていた。 


 リッシュ以上に神聖魔法が使えるなら当然嘘を見抜く魔法も使えるはず。

 

 しかしガラが悪いな。


「待って! 待ってよ!」


 もう一人無傷で眠っていたイケメンも流石に目を覚ましたが、残虐ショーを間近で見たせいか腰が抜けたらしく必死に後ろに下がろうとしたが後ろは壁である。


 そして振り下ろされる天秤の針。


 これは酷い。


 しかしこの状況を鑑みるに気になる事がある。


 異世界の手引き曰く。


 女主人公は恋愛!

 

 女主人公は恋愛!


 ザマァ。成り上がり。冒険。


 そのどの要素が入ろうとも九割九分は恋愛!


 錬金術などアイテムを作る事が出来る。 


 するとその噂を聞いた、あるいは何かに襲われている貴族、時には王子が出てきて恋愛!


 理不尽に殺された。


 必ず復讐してやると言っておきながら恋愛!


 とにかく女主人公は恋愛! だそうだ。

 

 まあ、言いたい事は分かる。


 しかしタイトルに、~です、~ではありません、~しようと思います、~でした、とくれは女主人公恋愛と書いてあったのだけは分からない。


 いや、タイトルとかそれこそローさんが世界を小説と見ているならそれだろうか。


「本当に最低。なんでアタシがあんたら好きだと思うわけ。頭沸いてんじゃないの」 


 そう吐き捨てながらブンっとこびりついた血を振り払った。


 さて今の状況で果たして恋愛要素があるのだろうか。 


 イケメン達はここで皆殺しだし。


 考えられるとすればこれから出現するのか、あるいは以前に出会っているか。


 なんにせよこいつらとはおそらく正反対のはずだ。


「これ返すわ」

 

 天秤の針は見かけによらずかなり重いんだが片手で軽々と振り回して息も乱れていないあたりやはり相当にレベルが高いと見える。


 そして五十嵐さんは改めて俺に深く頭を下げた。


「ありがとうございました。改めましてアタシは五十嵐愛音。軽く愛音って呼んでね」


 見た目に反して話し方がギャルっぽい。


「愛音さん」 


「さんとかいらなんで」


「では愛音と」


 それに満足したのか今度はリッシュの方に向いた。


「しかしカイさんはともかく、私が聖女様を呼び捨てなど」


「大丈夫、大丈夫。聖女の私は刺されて死んだし」


 軽いな。 


 最近の若い子はこんな感じなんだろうか。


「えっと、はい、ではアイネ」


「うん。よろしくね」


 リッシュが少し照れた様子で名前を呼ぶと愛音は嬉しそうに笑った。


「とにかくおかげさまでようやく帰れるわ」


 そして安堵の長い溜息をついた。


「何処かへの途中でしたか」


「ええ。家に帰る途中だったの。な、の、に!」 


 うめき声をあげながら床をのたうち回っれいる連中を忌々し気ににらみつけた。


「こいつらに五日も閉じ込められて!」


 そして血まみれの金髪をサッカーボールキック。


 イケメンだったそれは壁まで吹き飛び、死にそうなうめき声をあげた。


「ゴミくずが。そのまま苦しんで死ねばいいわ」


 そして残りの連中も一切の容赦なく同じように蹴り飛ばした。 


 五日もあんな扱いを受ければ怒りもするだろうが、それでも殺しはしないのか。


 あるいは苦しめるためだろうか。


「貴方達は向こうの人よね。貴方達も死んだの」 


 そう、それだ。

 

 残虐ショーで話がそれたがローさんの話と違う。


 そこの所を詳しり知りたい。


「いや、俺達は人を探しに来てるんだ。死んだわけじゃない。とりあえず君の話を聞かせてほしい」


 すると愛音は少し考えるそぶりを見せ、転がっている連中に目を向け何か思いついたらしく俺とリッシュの手を取った。


「それならアタシの家に来てよ。ここから歩いて十分程だし、何よりこいつらと同じ空気吸うのも嫌」





 目的地は来た道を少し戻ることになった。


 割と立派な三階建ての一軒家。 


 鍵はかかっていなかった。


「ただいま! アタシだよ! 帰って来たよ!」


 玄関を開けてすぐに愛音が飛び込んだ。


「リッシュ」 


 リッシュは黙って首を振った。


 家には生きている人はいないらしい。 


 しばらくすると愛音が肩を落として現れた。


「誰もいないよ。お母さんもお父さんもどこ行ったんだろ。でも争った跡とかないし、無事、なのかな。あっ、もうちょっと待ってて」


 そしえ隣の家に駆けこんだ。

   

 標識には須藤とある。


 須藤。 

 

 まさかな。


 しばらくすると愛音が肩を落として出てきた。


「こっちもいない。無事かな」






 愛音に迎え入れられて入ってみると中は特に荒れて様子はなかった。


 リビングで向かい合って座り、とりあえず荷物から水とビッグサイズのチョコレートを取り出して愛音に渡した。


「わぁありがとう。固形物は三日ぶりだよ」  


「そうか。ならもう一つ上げよう」


 あまり空腹そうに見えなかったんだが、それなら出発前に言ってくれたらよかったのに。


 しばらくおいしそうに食べていたが、一本と半分程で満足したらしく手を止めた。 


「カーナ様、ロー様、感謝いたします 無事に戻ってこれました」


 そして女神に祈りの言葉を捧げて大きなため息をついた。

 

「落ち着きましたか」


「ええ、おかげさまで。そうだ、今更だけどリッシュって聖火隊なの。教会の針なの」


 今一俺には実感がないが、やはり天秤の針は有名らしい。


「教会の針ってのは」


「天秤の針は聖火隊の中でも選ばれた隊員にのみ与えられます。その隊員を教会の針と呼びます」


 エリート部隊のさらにエリートか。


「しかしこれは教会を出る時にお世話になっていた方から頂いたものです」


「それ聞いて安心した。あの人達本当に容赦ないから」


「ええ、しかし彼らは世界のために」


「分かってるって。アタシも一度だけ淀みが広がった町を見たことあるしね」


 愛音の顔が曇った。


「話には聞いてたけど、どんな浄化魔法も聖女の穢れの浄化も効かなかった。そのくせ人から人へを感染が広がって行く」


 以前リッシュに聞いたところによると、淀みとは質の悪い伝染病みたいだ。


 淀みを受けてしまうと人は意思のない人形になったかのよう動かなくなり、しかし何かを言い続ける。 


 その言葉を聞いた者はまた同じようになる。


 ただ全ての人間がそうなるわけでもないらしいが、近くの人間は大体そうなってしまう。


 それも聞いたその場はでなく何日、あるいは何十日後。


 そしてもう元には戻らない。


「そうですね。聖火隊の方にも淀みを受けてしまう人がいます。そうなったら仲間をその手にかけなければならない。故に彼らは恐れられそして敬われる」


 リッシュの目が天秤の針に向いた。


「これを下さったのは私が小さい頃からお世話になっていた方です。十年ほど前は聖火隊の隊長をしていたそうです。今は孤児院の院長先生ですけど」


 以前アイメルが言っていたシスターベールと言う人か。


「十年前の隊長って、もしかしてあの。話には聞いた事あるよ。聖火隊隊長烈火のベール。一切の容赦んなく淀みを焼き払ったって。メッチャ怖い人だって」


「いいえ、優しい人です。聖火隊故に恐れられていただけですよ。可愛げのなかった私を見捨てず、無茶を止めたり、最後には迷惑かけた私を笑って送り出してくださった方です」


 リッシュは余程その人が好きらしい。


「そっか。悪く言ってごめんね」


「いいえ、お気になさらず」


 素直に謝る辺り愛音はまともに見える。  


 少なくとも痴情の縺れで刺されたようには見えない。


「ではそろそろ君の話を聞かせてほしい」




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