元社畜と聖女
結局の所は強行突破であった。
話し合いで解決出来ない以上仕方がない。
おとなしく去るふりをして校舎の裏に回り込み、前後左右それから上も見られていない事を確認した。
「大丈夫だ」
「はい、ではこれを」
リッシュが荷物の中から巻物を取り出した。
「用意していて良かったマジックスクロールですね」
「異世界の手引きさまさまだな」
マジックスクロールとは使い捨ての魔法アイテムである。
そこに記された魔法を一度だけ誰でも使うことができる。
それを一枚受け取った。、
「透明化」
途端にリッシュの姿が見えなくなった。
「ではカイさんも」
「ああ、透明化」
スクロールを開いてそこに書かれた呪文を唱えると自分の手足が見えなくなった。
「効果は長くありません。急ぎましょう」
異世界の手引き曰く。
現代日本が舞台の場合、支援補助系統の魔法を準備しておくべし。
「捕まってください。行きますよ。浮遊」
見えないが俺の手をとったリッシュがもう一枚スクロールを解放した。
フワリと何とも気持ち悪い感じがして地面がから浮かび上がった。
そのまま三階の開いている窓から侵入を果たす。
あちこちに血の跡がこびりついていたが死体はない。
まとめて処分したんだろう。
手を握ったまま多分そこにいるであろうリッシュに小さく声をかける。
「廊下の奥、右側の部屋を指してる」
探し物を指す方位針は音楽室と書かれたプレートのある部屋を指していた。
耳を澄ますと中から声がする。
「意地張ってないで食べなよ」
「そうそう、何が気に入らないんだ」
声は二人分。
どちらも若い男の声。
さてどうしたものかと考えているとリッシュがなにやらゴソゴソしだしだ。
「睡眠雲」
すると部屋から二人分の倒れる音がした。
眠りの魔法か。
「え、なに」
部屋から若い女の声がする。
魔法に抵抗しただと。
眠りなども魔法は使用者の魔力が高いほど効果も高くなる。
抵抗するにはやはり高い魔力を持っている必要がある。
マジックスクロールの魔法とはいえ一般人では抵抗できないはずだ。
そっと扉に手をかけるが鍵がかかってた。
だが学校にある教室の鍵の作りなど簡単なものだ。
「魔力弾」
鍵の部分を撃ち抜くとゆっくり扉を開いて中を覗きむ。
「だ、誰。今のってもしかして」
倒れていたのはやはり学生服を着た男子生徒二人。
そして部屋の中で目についたのは手錠をはめられて、ブロンズの胸像に鎖でつながれた女の子。
そっちも制服を着ているのでやはり生徒だろう。
「眠りの効果時間はどれくらいだ」
「そのままなら一時間は起きないかと」
倒れているのはさっきの二人とはまた違うイケメンだ。
女生徒の視線がはっきりと俺達に向いているので隣を見るとリッシュの姿が見えた。
リッシュも俺を見ていた。
「もう時間切れですか。五分ってところですね」
「使い捨てだらかそんなもんか」
透明化の魔法は普通に術者がやめるかあるいは魔力がなくなるかで解除される。
しかしスクロールの場合は誰が使おうが一定時間効果が発揮される。
今回はそこそこの値がしたが効果を考えれば時間も妥当なところだ。
「え、まさか透明化」
「初めまして。私はリッシュ・ナインスタークと申します。こちらはカイ・オスヤさんです」
リッシュは何事もなかったかのように挨拶した。
「あ、あの、アタシは五十嵐愛音です。お願い、助けてください」
名乗った少女を観察すると、少し汚れているが長く黒い髪に整った顔立ち。
学校ではさぞかしモテるだろう。
しかし見れば見るほど変な制服だ。
妙に胸を強調してるしスカートが短すぎる。
そして強調されている胸が大きいため、よりコスプレ感をだしていた。
「三日前にここに監禁されて、トイレもこのままで」
鎖付きの手錠を見せられた。
「こいつらアタシが攻撃できないのをいい事に言うこと聞けって」
リッシュを見ると小さくうなずいた。
嘘はないらしい。
「攻撃できないとは」
五十嵐と名乗った少女が右手を左手の手錠できた跡に向けた。
「回復」
光が当たると赤かった跡がすっと消えた。
「魔法だと。しかし」
「見事な神聖魔法ですね。アイネ・イガラシ。ああ、もしやカキガハラの聖女様ですか」
「やっぱり! 貴方達は向こうの人!」
カキガハラとは俺達のいた国の北に位置する国だ。
現在魔王軍との戦いの最前線でそこにもう一人聖女がいるという話は聞いていた。
だがそれは五十嵐愛音ではなかったはず。
「しかし貴女は亡くなったはず。しかも痴情のもつれで刺されたと。正道教会でもその事実をどう扱うかもめたと聞きます」
どんな昼ドラだ。
聖女とはそんなのしかいないんだろうか。
「そうよ、あのクソガキが! 拾ってやった恩を仇で返しやがったの!」
悔しそうに吐き捨てた。
どこが聖女なんだろうか。
「とにかく助けてください。これを外してここから出してください」
今度は一転してお願いしますと床に頭をこすりつけた。
見事な土下座であった。
「魔法を扱えるのに自力で脱出できない。もしや誓約ですか」
「そう! あのネクスってクソ王子に騙されたの!」
今度はクソ王子と来た。
「誓約ってのはなんだい。契約とは違うのか」
「そうですね。誓約とは契約よりも強いカーナ様への絶対の誓いです」
女神への絶対の誓いとかよほででないとしないと思うが、そこは聖女だという事だろうか。
しかし騙されたとは穏やかではないな。
「お願いします! 速く! あいつら来ちゃう!」
五十嵐さんが焦った声を上げた。
さっきの連中か。
みんなでこの子をかこっているというわけか。
「なるほど。カイさん。私、何となく分かりました。この方を助けましょう。おそらく私達の本来の目的の人物ではありませんし」
「そうみたいだね。ならとりあえずここから出て話を聞こうか」
確かに聖女なら違う。
方位針の目標設定を変えるべきだな。
「しかしこの像、見た目通りではありませんね」
リッシュが鎖とそれの繋がれたブロンズ像を触るとうっすらと光った。
「それにこの鎖も普通の物ではありませんね。魔力の塊のような」
「それはアタシが魔力を込めて強化したの。この手錠も」
自分で強化したものに自分が縛られているという事か。
騙されたか誓約とやらのせいか。
「聖女様の物質保護。それをどうにかしろと貴女は言うのですか。とにかくやってみましょうか」
聖女の魔力で強化されたならなみではないだろう。
鎖を掴んでリッシュは目を閉じて呪文を唱えた。
「魔法解除」
鎖が光に包まれたがキンッと澄んだ音を立てて光は霧散した。
ダメだったようだ。
「分かってましたよ! ええ、誓約をかわした聖女様の魔法に太刀打ちできるわけないってね!」
やけくそ気味に鎖に天秤の針を叩きつけると、大きな音とともに床が蜘蛛の巣のようにひび割れた。
しかし鎖は健在だった。
物を強化出来る魔法はあるが当然時間が経てば効果は薄れていく。
しかしこの鎖、見た感じかなり強力だ。
「仕方ない。俺がやろう」
鎖に向けて魔力弾。
すると当たった所からポロポロと崩れ、何も残らなかった。
同じように手錠も破壊する。
「え、何その魔法」
「そんな事より誰か来ます」
かなりの音がしたから当然か。
バタバタと廊下を走る音がすると、さっき見た顔が飛び込んできた。
「お前ら! どうやってここに来たんだよ!」
金髪の方の手にはおそらく血がこびりつて黒ずんだ金属バット。
「やはり愛音さんが狙いでしたか」
もう片方は訳知り顔で眼鏡をくいっと持ち上げた。
何がやはりなんだろうか。
「はい、少し黙りましょうね」
リッシュはいつものように二人に向かって走ると天秤の針をそれぞれの脛に叩きつけた。
何かが折れる嫌な音が二回。
容赦ないな。
「あっ愛音!」
「おっとそうは行きません」
リッシュが五十嵐さんを後ろから羽交い絞めにした。
そのまま床にうつ伏せに押し倒して腕を捩じって動きを封じた。
一体何だろうか。
「誓約が強すぎて逆に強制されているわけですね」
「そうよ。アタシはこいつらなんか癒したくないのに、傷を癒さなきゃいけないって思ってしまう。それに逆らえない!」
「誓約の証はどこですか」
「首の後ろら辺!」
「カイさん確認してください」
五十嵐さんの髪を掴んで持ち上げると首筋、うなじの辺りに教会で見た印が三つ重なって刺青のように刻まれていた。
「刻まれた場所は首の後ろ。数は三つも。範囲は、これもひどい。最高クラスですね」
俺にも何となく状況が読めてきた。
「カイさん。誓約の証を一部でいいので抉り取ってください。印は形を保てなければ意味を失います。傷は私が癒しますから」
「ちょっと! そんなことしても!」
「じっとして! 下手に動くと狙いが外れて死にますよ。さあカイさん」
なるほど。
誓約の証ってのは皮をはごうが肉を抉ろうが消せないのか。
「魔力弾」
黒い魔法の玉が五十嵐さんのうなじの辺りを通り過ぎると、一呼吸遅れて血が噴き出した。
「失われた体に再び力を。癒しの奇跡よ。再生回復」
その血を浴びながらリッシュの手から溢れた光。、
魔法で抉った部分が光に包まれた。
徐々に血が止まり、一分ほどで光が収まると抉れた部分は元通りになっていた。
回復魔法を見るのは初めてではないが、なくなった部分の修復まで出来るのか。
「あっ、くぅ、、痛い、じゃないの」
「はい、これでもう大丈夫です。証は消えました。これからはカーナ様だけでなくロー様にも感謝の祈りを捧げてください」
その通り。
誓約の証は消えていた。
本来なら証も修復されるのだろうが流石システムの理不尽を踏み越える万能無属性魔法。
「は、え、消えたって。ホントに、マジで」
「マジです。分るでしょう」
リッシュが体を離すと五十嵐さんは起き上がり、恐る恐ると両手を何度も握り開きを繰り返し、信じられないと言った顔をした。
「うわっ、マジだ。何、貴方達ってロー様の使徒だったの」
「リッシュは違うけど俺はそうだよ」
「ああ、感謝しますロー様!」
膝をついて手を組んで祈りを捧げるその様は聖女だった。
そしてジロリと足を折られた二人に目を向けた。
その目はどす黒く濁っていた。
これは、まあそうなるだろう。
「ねえ、リッシュって言ったっけ。その天秤の針、貸してくんない」




