元社畜と世紀末世界
不死者と呼ばれるモノがいる。
いわゆるアンデットだ。
これは作品によって強弱があるが大抵に言える事が一つある。
それは不死者によって殺された者は同じく不死者になると言う物だ。
「かなりいますね。どうしますか」
駅の裏手の雑居ビルが並ぶ中、こちらに気づいたのからわらわらと人が集まってくる。
ただ言えるのはそれがみな死んでいる事だ。
「あそこに電柱がある。そいつを登って屋根伝いに行こう」
それほど広くない道にゾンビどもが群がって向かってくる。
毎度思うがどうして連中はなくなるまで共食いしないんだろうか。
人を襲って殺して食っている奴がこっちに気づいて襲い掛かって来て、食われてたやつも立ち上がって襲って来る。
そのくせそうなると共食いしない。
おかしいような。
お前死んでたやつ食ってただろ。
なのにどうしてそいつが起き上がってら食わないんだよ。
なんで食われてた奴もこっちに向かって来るんだよ。
「しかし邪魔ですね。くさいし」
そしてリッシュのこのセリフである。
俺の記憶ではこの娘さんは聖職者だったはずなんだが。
「い、いえ、違いますよ! 可哀そうだなとか思いますよ!」
「うん、そうだね」
なんというか連中を見る目が本当に邪魔なゴミを見るかのようなんだ。
「いえいえ、その、死んだら終わりですから。例え生前どんな人であろうとも、死んだら終わりです。ですからアレは人を襲うはただの魔物です」
「うん、そうだね。いや、別に非難しているわけじゃないんだ。逆に感心してるんだよ」
こういう状況でお約束の魔法がある。
死者を倒すのではなく浄化する、いわゆる死者浄化。
死者を苦しみから解放する神聖魔法。
しかし魔力の消費がかなり大きいらしい。
リッシュは死者が可哀そうだとか言ってそっちを選ばない。
それはいいんだ。
それにどうこう言うつもりもない。
「全ての物は地に帰る。灰化」
リッシュの手のひらから溢れた光を浴びると連中はボシュッと変な音を立てて灰になって崩れ落ちる。
その距離およそ十メート程か。
死者を灰にする神聖魔法で強力だが射程距離と範囲が反比例する。
「さあ今のうちに」
電柱を登り三階建てのビルへと飛び移りそのまま非常階段で屋上へ。
下を見るとゾンビ共が俺達を求めてウロウロしている。
「もうすぐ日が暮れる。あのピンクの看板がある建物へ行こう。あそこなら泊まれるはずだ」
大きくホテルとかいてある。
ただしラブホだが。
こんな状況でなければ俺とリッシュで入ったら事案になるだろう。
「ラブホと言うやつですね。二代目勇者様がよく利用されていたと言われています」
「何言ってんだよ二代目」
安っぽい内装に薄暗い部屋。
だがベッドがあり、テレビがあり、冷蔵庫には飲み物。
「お、おお」
リッシュは物珍しそうにテレビのリモコンをいじっている。
電気はまだ生きているのはありがたい。
「カイさんカイさん。この人達は何を持ってるんですか」
テレビに映っているのは何かのドラマらしく、サラリーマン達がスマホを片手に歩いていた。
「スマホって呼ばれてる情報端末だ。会話したりメッセージをやりとりしたり掲示板のような場所をみたり書き込んだり他にも色々出来る」
実に便利な世の中だ。
俺も持っていたが死んだ時は営業カバンに入れていた。
そのままローさんの手により異世界に行ったのでどうなったかは分からない。
結構高かったのを憶えている。
「それは携帯電話とは違うのですか」
「携帯を知ってるのか」
「はい。使徒様が話された事は教会で細かく記録されています。テレビやゲーム機なども知ってますよ」
これはアレか。
日本人が異世界に文化を持ち込んで俺スゲーをやっているのか。
いや、むしろ余計な物を持ち込んでいる気がする。
「そうか。スマホは携帯が進化した物と考えていい」
俺としては最新のスマホに魅力を感じない。
カメラの解像度が上がったとかどうでもいいし。
次々と新しいものが登場しても大して変わっていないのに値段は高い。
「この人達はスマホを見ながら歩いてますけど危なくないんですか」
歩きスマホと言うやつだ。
「危ないに決まってるだろ。前見てないんだから」
「ならどうしてそんな事を。そこまで注意して見ていないといけない物ですか」
「いや、馬鹿だからだよ」
これが単純明快な答えだ。
「気になる事があるなら落ち着いてから見ればいい。危ないのが分かっているのにやってるんだ。馬鹿以外の何者でないだろ」
歩きスマホをする馬鹿なんざ駅前に行けばいくらでもいる。
自転車に乗りながらスマホをいじっている馬鹿もいる。
俺が見た馬鹿の中で最強なのは車に乗って子供を抱えてハンドルを握りながらスマホをいじっている馬鹿だった。
以前の職場にとにかくスマホを手放さない人がいた。
わずかな時間にもスマホを取り出しては何かを見て、昼飯を食べに行った時は蕎麦を箸でつかみながらスマホをいじっていた。
ならば何を見ているかと言えば、どうでもいいような情報とかゲームだった。
あれはもう病気だ。
声を大にして叫びたい。
お前ら馬鹿だ。
同期入社の友人は休みの日になると自転車に乗って歩きスマホをしてる馬鹿につっこんで急ブレーキをかけて、お前が前を見ていないからぶつかりそうになったと言わんばかりに馬鹿を睨みつけて舌打ちして走り去るを繰り返していた。
今思えばあいつも相当精神をやられていたんだな。
もちろんそいつはとっくに会社は辞めた。
「つまりこの世界はそういった馬鹿が大勢いると」
「そうだ。常識では考えられない事をする馬鹿がいる。気をつけろ」
「まあ、生きていたらの話ですよね。そんな馬鹿共は死んでるんじゃないですか」
あいからわず実に辛辣だ。
「いや、馬鹿だからこそ生きてると思う」
それは確信めいた何かだった。
馬鹿だからこそ平気で人を傷つける。
非常時ならなおの事。
そしてそれは正しかった。
次の日も朝早くからゾンビを避けながら歩いていると大きな商店街に出た。
血の跡があちこちにあり死体が転がっているが見た感じ動くゾンビの姿はない。
それでも警戒しながら歩いているとリッシュが腕に抱き着いて囁いた。
「敵意感知に反応があります。右側の赤い看板の建物の入り口に三人。その奥の建物にも三人います」
敵意感知はそのままの魔法だ。
本当にリッシュが優秀すぎる。
「通り過ぎたところで挟むつもりか」
「おそらく。迂回しますか」
「いや、このままある程度近づいてから撃つ」
こっちに警戒ではなく敵意を向けてくる相手だ。
そんな連中には問答無用である。




