元社畜と特別賞与
迷宮の八階層は七階層と大して変わりは無かった。
違いは遭遇する確立が上がったくらいが。
「魔法炸裂弾」
放った魔法がコボルトを爆殺した。
一発一発の威力が上がっているのが分かる。
あの階層での戦いで一気にレベルが上がったらしい。
リッシュのメイスがコボルトを吹き飛ばすのは変わっていないが、たまに頭だけが吹き飛ぶ事があるのであっちも大概だ。
「かなり強くなりましね。危なかった場面ばかりでしたが無駄ではなかったので良しとしましょう」
「そうだな。けど稼いでる連中はあんな奴らを軽くあしらってるんだろ」
ドラゴンに斬りかかるヒロ君の動きなんて見えなかったし。
漫画じゃあるまいし人の動きが速過ぎて見えなくなるとか。
あれほどではなかったがガイアス達も凄かった。
「そうですね。ですが実際に王都の迷宮の四十階層を実力で超えるとなると、使徒様でもなければ五年はかかると言われています。もちろんそこまで目指す人が少ないのもありますが」
「そんなにかかるのか」
五年と言われてもっと速く行けそうな気がするのはやはり使徒とは特別なんだろう。
リッシュが大きなため息をついた。
「そうなんですよ。私もそう思いました。実際の所二十階層を超えた辺りなら一日の稼ぎが二十万カナを越えると言われてます」
「それは凄いな」
それだけあれば十分すぎる。
「もちろんそこまで行くなら大抵五、六人のパーティーを組んでますので頭割りになります」
「それでも十分だろ」
五人組みだとしても一人当たり一日四万カナだ。
「王都の迷宮は十階層以降が急激に広くなります。真っ直ぐ下への階段に向かっても三日以上は当たり前になります」
「そんなにか。けど話はまた後だ。来るぞ」
前方からコボルトが四匹と少し先の十字路の右から三匹。
「正面は私が」
「任せる」
そして夕方には下への階段に到達して地上に戻った。
順調である。
結晶を換金し、二人で夕食をとり、道具を磨いて寝る。
そうすると朝に気持ちの良い目覚めが訪れる。
しかし気が付くと何度目かの応接室だった。
「こんばんわカイさん」
そしてローさんが居てももはや驚くことも無くなった。
「こんばんわローさん」
俺は何故か二度と着ないと思っていたスーツを着ていた、
「ああ、その格好ですか。それは貴方の心に浮かぶ誰かと会う時の姿を反映しています」
「そうですか・・・心にね。フフ」
そう簡単に染み付いた物は取れないと言う事か。
乾いた笑いが出た。
「と、とにかく、聖女の件お疲れ様でした」
ローさんはにっこりと嬉しそうに笑った。
うん、改めて見てもかわいい。
「ああ、私がやったわけではありませんが」
どうやらタツヤ君早速がやってくれたらしい。
仕事が速い。
いや、世界が滅びるとなればそうするか。
これで聖女がどう行動するか知らないが、リッシュから話を聞くにあまり良い行動はしないと思う。
「いえ、貴方の功績ですよ。私の予想より随分速く片付きました。これで彼女も少しは・・少しは・・まあいいです」
ローさん自身も聖女については信用出来ないらしい。
「いいんですか。いいならいいですけど」
とにかくコレで最初の仕事は片付いた。
ローさんは満足げうなずくと紙を一枚差し出した。
「ではボーナスを支給します」
受け取ると特別賞与と書かれていた。
「いきなりボーナスですか」
「私の依頼をこなしたので特別ボーナスです」
ボーナスか。
通常は年に二回。
夏と冬に有り、会社によっては月収の三倍とからしいが俺の勤めていた会社ではそんな物は無いよりまし程度だった。
月収に関して言えば、何せ基本給が少なくてそこに営業成績が加算されるので、多い月は五十万を越えたりするが新規契約が出ない時は二十万を切る。
そんな会社なのでボーナスなど期待する物ではなかった。
その少ないボーナスも課長の命令で使わせられた事があった。
課長が抱えている顧客がスーツ販売をしていたからそのご機嫌取りのためだった。
逆らえるわけも無く少ないボーナスを使わされた。
当時まだ新人だった俺に十万を超えるスーツを買わせたのだ。
もちろんボーナスだけでは足りなかった。
さらに主任に無理やりキャバクラに連れていかれて代金を払わせられた。
そのせいで支払いが滞りある日疲れて家に帰ったら部屋の電気がつかなった。
電気を止められていた。
「カイさんカイさん」
「え、はい」
「大丈夫ですか。どす黒いオーラが出ていましたよ。昔を思い出していたようですが」
駄目だ。あの会社の事を思い出しても良い事が一つも無い。
「大丈夫ですよ。ええ大丈夫ですとも」
もう過去の事だ。
「えっと、ではボーナスはこれです」
どこか引きつった笑みを浮かべたローさんが取り出したのはナイフだった。
紙にはいつの間にか特別賞与月の刃と表示されてた。
全体が金色で二十センチ程度。
鞘には綺麗な装飾が施されてあり鍔は無く、抜いてみると刀身が無い。
「あの、刃が無いんですけど」
これはあれだろうか。
魔力を流すと光の刃が出るやつだろうか。
いや、鞘から抜いた時に抜いている感触があった。
「刃はありますよ。見えないだけです」
と言われて良く見て見るがやはり何も見えない。
触って見ると、冷たく固い感触がある。
目を凝らして色んな角度から見ても見えないがしっかりとある。
触った感触から察するに厚みは普通にあるが、テーブルに僅かな影すら落とさない透明な刃。
しかも刃の部分に重さを感じない。
柄の部分を握れば相手には何も見えないだろうと思ってしっかりと握ってみたら柄の部分も消えて見えなくなった。
これでは完全に何も握っていないように見えるだろう。
「あの、これで誰かを殺れって事ですか」
どう考えて暗殺用だ。
「いえ、とんでもない。役に立つ小物を差し上げようと思いましたが、普通の物ではつまらないのでそれになりました。見えない事と神器なので折れるはもちろん刃こぼれもしませんしよく切れますが特別な力はありません」
「今つまらないって言いましたか」
「いえいえ、気のせいです。何よりナイフの類はあればきっとお役に立ちますよ」
やはりこの人は俺の想像する女神とは少し違う。
けど貰える者は貰って置こう。
そのうち何かの役に立つ事もあるだろう。多分。
「ありがたく頂きます」
俺が受け取るとローさんはまた嬉しそうに笑った。
「では次の依頼です」
「もうですか」
速すぎるだろう。
「ああ、すぐにお願いする案件ではありません。まだ速いんですが先にお伝えしておいた方が良いかと思いまして」
嫌な予感がする。
つまり準備が必要になると言っているのだ。
「可能な限りレベルを上げてください。おそらく純粋な強さが必要になります」
そう来たか。
俺の魔法はどんな相手だろうと一撃だ。
だが当らなければ意味が無い。
当る状況に持っていけば良いのだろうが、やはり自力の違いは大きい。
「そう言われましても、レベルなんて分かりませんよ」
ゲームじゃあるまいし。
それとも俺が知らないだけで分かるのだろうか。
「その力を与えられて方もいますが・・・兄がそれが大嫌いだったので禁止になりました。今いる使徒の中で使えるか方は一人だけですが、まず会えないと思います」
ローさんは頭痛を堪えるように額を押さえていた。
「そうですね。例えばあなたがファンタジー小説を読んでいて、登場キャラクターのステータスなんて書かれていたらどう思いますか」
ゲームのようにレベルに始まり力とかスキルとかが書かれていると言う事か。
「そうですね。一巻の最後に主要キャラ一人二人のが書かれていたらちょっと見るかもしれません」
大して興味は無いが主人公の強さとかちょっと見るくらいだ。
「では一巻の中はいくつもの章で分けられていますが、全ての章に主人公と仲間のステータスが細かく書かれていたらどう思いますか」
「邪魔です。そんな物無いと思いますが、あったなら見もしませんし、読む気が一気になくなりますね」
あるのかそんな物が。
つまり行稼ぎだろう。
そんなクソみたいな物があるのか。
「あったんです。そしてそんなものばかりを繰り返し見せられた兄は我慢の限界を迎えました、貴方と同じ理由で以降、姉の世界で一切のステータス等を見る力を禁止しました。馬鹿の一つ憶えのステータス表示するなと」
ちょっと今の所が気になった。
「つまりあなたのお兄さんはこの世界を小説として読んでいるんですか」
一瞬ローさんはハッとした表情を浮かべたが、すぐに真顔になって頷いた。
「そうです。あっ私はテレビみたいに見る事の方が多いですよ」、
そうか。
以前物語とか主人公とか言っていたのはそう言う事か。
「自分のレベルを見る事は出来ませんがゲームではありませんのでそれが当然です。とにかく無理はしないで強くなるようにしてください。死んだらおしまいですから」
確かに死んだらおしまいだ。
俺は死んだが。
RPGには死んでも生き返る事が出来る物と出来ない物がある。
大抵は戦闘で死んでしまってもアイテムや特定の施設で生き返る事が出来る。
一定のペナルティーを課せられて蘇生。
別にそれが悪い事だとは思わない。
逆に死んだら終わりの物もある。
例え死んだとしてもその辺がしっかりとした物なら良い。
生き返ることが出来るが確立があって失敗したら完全に死亡するとか。
そしてどうしても許せない物があった。
戦闘で叩き潰されようとも魔法で丸焼きにされようと生き返るくせに、イベントで銃で撃たれたらあっさり死んだ。
それまで平気だったのに設定されたイベントではあっさり死んだのだ。
ゲームの中では戦闘では死亡ではなく戦闘不能状態だからその辺は問題ないと販売元は言っていた。
詭弁だ。
プレイヤーを馬鹿にしているとしか思えなかった。
例えイベントで死んだとしても、敵を道連れにマグマに飛び込むとか、言い逃れの出来ない死に方なら納得した。
だがそれまでもっと酷い攻撃を受けていたくせにイベントで銃弾一発撃たれただけで瀕死になって、仲間と最後を語り死んだ。
薄っぺらいお涙頂戴劇。
一気に冷めて二度と続きをプレイする事はなかった。
俺の中でクソゲー決定であった。
そんなクソゲーはともかく、現実ではどんな状況でも一撃でも当たり所によっては死ぬ。
だから慎重にレベルを上げるためにはかなりの安全マージンを取る必要があり俺も無理をすりつもりはないのだが。
「かなりのレベル上げが必要になりますか」
俺はRPGで経験値を稼いでレベルを上げる作業は苦にならない。
もちろん限度はあるが。
「結構必要になります」
レベル上げは強い敵を倒し続ければ、それだけ速くレベルを上げられるが当然危険が増す。
それはこの世界でも同じとつい先日実感したばかりだ。
だがローさんの話し方から察するに少し無理しないといけないかもしれない。
「善処します」
だからこう答えるしかないわけだ。




