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社畜の仕事


 社蓄に週休二日など夢物語である。



 月の最初の日曜日の朝、俺は寝ていた。


 先月成績を出したし何より月の最初の日曜だけは休みと暗黙の了解があったのだがけたたましい携帯の呼び出し音で目が覚めた。


 基本的に俺のスマホではなく仕事用に渡されている携帯が鳴る時はろくな事がない。


 画面を見ると馬場野の文字があり、時計は八時を指していた。


 嫌で嫌で仕方が無いが出た。


「お前何してんだよ。早く来いよ」


「えっ、休みじゃないんですか」


「そんなわけねえだろ。お前が会社の鍵持ってんだから入れないんだよ。だから早く来いよ」


 会社のカードキーは一番早く出社する社員が持っている。

 

 課の誰よりも早くに出社して掃除や資料を用意しなければならい。


 一番下の人間、つまり一課なら俺だ。 


「すぐ行きます」

 

 休みじゃないと言ったか。


 先月は月の初めの日曜日以外全ての土日祝日出勤した。


 なのに今月はそれすら無いと言うのか。


 俺は急いで着換えて浅野さんに連絡して寮を飛び出した。


 会社に着いたのはそれから1時間程してからで入り口で馬場野主任が待っていた。


「何やってんだよお前。休みなんてあるわけねえだろ」


「いや浅野さんも休みと思って家で寝てましたよ」


 俺だけではなく浅野さんも休みと思っていた。


 そもそも入れないと言う事は二課の人間も来ていないと言う事だ。


「俺は先月坊主だったから新規出さねえとやばいんだよ」


 坊主とは一件も新規契約を取れなかったと言う意味である。


 そもそもこいつは何を言っているんだろうか。


「お前とか浅野は成績出たから良いけどこっちは出てねえんだ。だったらやるしかないだろ」


「えっ、いや・・・」


 成績が出る出ないは運もあるが自己責任だ。


 同じ課ではあるが馬場野主任がどうなろうがこっちの知った事ではない。


 なのにどうして俺が悪いみたいに言われてるんだろうか。

 

 とにかく会社の鍵を開けて中に入って改めて思う。


 やっぱり俺別に関係ないじゃん。


「お前まさか帰る気か。川田さんに言われただろ。自分さえ良かったらそれでええんかって。お前そう言うとこあるからな」


 こいつは一体何を言っているんだろう。


 自分が成績悪いから休みに仕事する。


 だからお前も付き合えと。

 

 自分さえ良かったら良いのかってお前等が言うな。

 

 ちなみに川田とは俺のいる営業一課の課長で、俺がこの会社で1番嫌いな人間だ。


 そして休みについてだが俺の勤めている勝尾株式会社神戸支店営業一課は土日祝日等が休みというルールは存在しない。

 

 それは行かないと課長が怒るからだ、


 休んでいる余裕があるのかと。

 

 先日日曜日に出勤した時の事だ。


 俺と浅野さんが仕事をしていると昼過ぎに課長が現れた。


 今頃来るとか良い身分だと思った。

 

 だが現れた課長はパソコンの前に座ってネット麻雀を始めた。


 こいつ何しに来たんだよ。

 

「勘違いするなよ。俺は遊びに来たんやない。お前らが真面目にやってるか監視に来ただけや」


 俺のゴミを見るかのような視線に気づいたのか課長は言い訳がましい事を言った。


 自分の家にパソコンがなくスマホでは画面が小さいからわざわざ会社に来てネット麻雀をやるのである。


 だがこいつのこういった行動のせいで俺達に休みが無くなるのだ。 


「お前等いやいや出てるのかもしれんが馬場野さんも出てるんやぞ。馬場野さんはこの道二十年のベテランやぞ。そんな人が日曜日にまで頑張ってるのに何も思わんのか」


 思うとも。

 

 この道二十年だと。


 成績はゴミだし役職も一般の一つ上でしかない。


 二十年も何やってきたんだよ。


 いつも課長に引っ付いてる太鼓持ちじゃねえか。


 俺がそんな事を思い出して理不尽に耐えていると浅野さんが現れた。

 

「馬場野さん今日休みじゃないんですか」


「お前等先月はたまたま新規出ただけだろ。出ない月だってあるんだから働けよ」


 全部お前の都合だろうが。


 死ねよクソが。 




 社蓄の業は深い。


 珍しく八時過ぎに仕事が終わった。


 いや終わったと言うよりも課長が主任を連れて飲みに行っただけだ。


 それで久しぶりに早く終わった俺は家と言うか会社の寮に帰るべく電車を待っていた。

 

 何をするべくでもなくただぼけっとしていた。


 思えば学生の頃は電車に乗る時はいつも本を読んでいた。


 この仕事を始めてから一切本を読まなくなったな。

 

 帰ったら風呂に入って飯食って、それから、それから、何も思いつかなかった。


「雄矢」


 その声に振り向くと懐かしい顔があった。


「辻沢」


「おお、久しぶり。奇遇やな」


 そこに居たのは大学時代の友人辻沢で、後になって思うとこの時の再会は奇跡としか言い様が無かった。


 辻沢も仕事の帰りらしく再会を祝い二人で近くの居酒屋へと入り近況を話し合った。


「本当に久しぶりやな。お前こっちに就職したんか」


「ああ、お前はこっちが地元だったな」


 俺達の大学は関東だったが辻沢達、友人の数人は大阪や京都などの関西出身がいた。


 大学を出て五年以上になるが皆元気にしているだろうか。


「俺は会社でゲームのプログラム作ってるけど、お前は確かお前文系だったな」


 そうか辻沢はプログラマーになると言っていたがなれたのか。


「俺は・・・営業やってるよ」


「お前が、営業だと。回転寿司のバイトを客と言う名の家畜に餌を与える仕事とか

言いながらやってたお前が」


「そんな事もあったな」


 学生時代は回転寿司のバイトをしていて食え家畜共とか思いながら寿司を握っていた。


「何の営業や。お前の事やからろくなもんじゃないやろ。流石雄矢さん鬼ですねとか後輩連中に散々言われとったからな。井戸の奴の叫びは今でも忘れられんぞ」


「そんな事もあったな」


 井戸とは俺達共通の友人だ。


 ある時奴は親からの仕送りで高いデジカメを買ったのがばれて仕送りを減らされて昼飯を食えない状態になっていた。


 それを見た俺が昼飯を食堂でご馳走した時の話だ。

 

「ほんまにええんか」


「ああ友達だろ。バイト代入ったし気にすんなよ」


 俺はそう言って販券機で天津飯の食券を買うと井戸に渡した。


「これって六百円もするぞ」


 大学の食堂では俺がよく食ううどんとかやくご飯のセットが三百五十円。


 辻沢がよく食うカレーが三百円の事を考えると天津飯は非常に高い。


「今日まだ食ってないんだろ。遠慮すんな」


「ありがとう!」


 井戸は嬉しそうにカウンターに向かいしばらくすると天津飯を持って俺達のテーブルに戻って来た。

 

「井戸、お前ここの天津飯食ったこと無いんか」


「おう、初めて食う」


「そうか・・・ここの天津飯とラーメンは」


「一回は食った方が良い。値段を考えるとちょっと躊躇うけどな」 


 俺は辻沢が余計なことを言いそうだったので遮った。


 それで俺の意図を悟ったのだろう辻沢は哀れみを浮かべた。


「いただきます」


「おう、残さず食えよ」


 井戸は嬉しそうに天津飯を一口食べて固まった。


「残さず食えよ」


「お、お前・・・これ・・・」


 俺達の通っていた大学の学食には頼んではいけないメニューが二つあった。


 一つは泥の味がすると言われるラーメン。


 そしてもう一つが天津飯だ。


 こいつは白ご飯に卵焼きを乗せて何を思ったのか酢豚のタレをかけた物である。

 

 とろみが強く甘酸っぱく純粋に不味く俺も初めて頼んだ時は三分の一も食べきれなかった。


 ちなみにラーメンを頼んだ時は一口食べてそのまま食器を返却する場所に叩き付けるように返した。

 

 井戸は空腹と不味さとを天秤に掛け、ソースをドバドバかけて味をごまかして食べていたが半分程で泣きを入れた。


「もう無理」


「いいか、無理って言うのはな、卑怯者の言葉なんだ。無理と言って途中でやめてしまうから無理になるのであって、最後まで出来れば無理にならない。そもそも腹が減ってると言う友達のためにご馳走したのに残すとか。友情を踏みにじる行為だと思う」


「俺としては半分食った事に驚きやけどな」


 確かに余程腹が減っていたのだろう。


「犬の餌以下のものを食わせやがってこのド外道が!!」


「流石雄矢さん鬼ですね」


 外道ではなくド外道と来た。


 井戸の叫びを俺は一生忘れないだろう。


「それで何の営業や。年寄り連中に絶対いらんだろうコピー機とか売ってんのか」


 そいつはひどい。


 だがもっとひどい。


「いや商品取引だ」

「マジかよ・・・最悪じゃねえか。お前株屋に行ったって聞いたような気がするけど」

 

 辻沢の問いに俺は深いため息をついた。

 

「それが株屋のはずだったんだけど何故かそうなった。商品取引の内容は知ってるみたいだな」


「先物やろ」


「その通り。商品先物取引の個人向けの奴さ。素人が手を出したら絶対負けるし下手したら首をくくる事になる。実際俺の客も・・・」


「やっちゃったか」


そう、やっちゃったのだ。


死んではいないが、幸せな新婚家庭は壊れた。


「あの客も最初は勝ってたんだよ。俺の進めた商品を買って結構な利益が出ていた。だがそれが課長の目に留まった。そしたら馬鹿の一つ覚えみたいに言うんだよコーン買わせコーン買わせってな」


「コーンってトウモロコシか」


「そうだ。で会社は客の売り買いで発生する手数料で稼ぐ。夏場のコーン相場は荒れる。そこで馬鹿みたいに売り買いさせて手数料を稼ごうとするんだ。少しでも利益が出たら売らせてまた買わせる。損が出たらそれを取り戻すために追加で金を入れるように言うんだ。挙句に売りと買いを両方させて値段の動きを見るとか言うんだ。そんな事したら絶対に負ける。だから新規で客が出来ても最初に損をしたらそこまでだし、利益が出たら課長にコーン買わされて結局金を失うのさ。『客は潰れるもんだ』って言うんだぜ」


 商品を薦めながら思うのだ。


 やったら絶対に負けて金を失う事になる。


 それが分かっているのに薦めなくてはならない。


 それが仕事だから。


「いまいちよく分からん。買って値段が上がれば儲かるんだろ」


「うん、まあそうなんだけど」


 当然だが詳しい内容は余り知られていないか。


「簡単に言うとな。例えば金を千円で買ったとしてしばらくして千百円になって売ったらそこで取引は終了する。後には利益だけが残る。これに対して売りからも入ることが出来る。先に千円で売っておいて九百円に下がった時に買い戻したらどうなる」


「百円の得だけど、何を売るんだよ。トウモロコシか」


「実際にトウモロコシを売り買いするんじゃない。権利を売り買いする。だから百万の資金が短期間で倍になったりするし逆に行けば最初の金を失うどころかさらに百万失う事にもなる。さっきの話に戻ると同じ商品の売り買いを両方持たせて損を防ぐとか言うんだぜ。馬鹿だろ。その時点で絶対に勝てなくなってるってのに」


「ならなんでそこまでやるんだよ」


もっともな質問だ。

 

やらない人間には理解できないだろう。


「素人だからだ。相場の世界なんて知らない素人が言葉巧みに金が儲かると乗せられて始めて引くに引けなくるんだ」


損が出たからそれを取り戻しましょうと言われてさらにむしられる。


「単純に考えれば値段が上がるか下がるかは二分の一だから勝つ時は勝つ。けど少し勝ったらすぐに売り買いさせるから利益は少ない。そして繰り返せば必ず損が出る時が来るが、その時は値段が戻るかもしれないと様子を見るから損害が大きくなって収支がマイナスになる。それに最初に勝っても止めさせない。何だかんだ言って出金させないし、取引を続けさせようとする。だからまず勝てない」


「うわぁ・・・」


「人の金が欲しいって弱い心を突くんだ」


 誰でも思うだろう。

 

 金が欲しいと。


 そこを突っつくんだ。


「詐欺よりたちが悪いんじゃねえか」


 商品詐欺物取引などと言われる所以である。


 しかし詐欺ではないのだ。


 そしてそれが俺の仕事なのだ。

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