元社畜と一流の探索者
俺達は魔力集束砲で空いた穴の方へと進むことにした。
そっちの魔物は間違いなく消し飛んだからだ。
それでも足音を殺して慎重に進んでいると、この階層で初めて魔物ではなく人に遭遇した
かなり距離があるが向こうもこっちに気づいたらしくゆっくりと近づいてきた。
「おう、あんた達無事か」
三人組だ。
リーダーと思わしき三十くらいの男は全身金属の鎧を身に着けて大きな盾と槍を持っていた。
リビングアーマー程ではないがかなりの重装甲。
挨拶は軽いがこちらを警戒しているのがわかる。
当然こちらも同じだ。
「おや、貴方様はもしやガイアス様でしょうか」
「おっ俺を知ってるのかお嬢さん」
リッシュにガイアスと呼ばれた重装甲の男が嬉しそうに答えた。
「当然でございます。去年の闘技大会決勝戦にて武器が折れたため優勝を逃されました。しかし素晴らしい戦いでした」
「おお見てくれてたのか。そうなんだよ。まさかあそこで折れるとは思わなかったよ」
後ろには腰にショートソードを下げて弓を持ち皮製の鎧を身に着けた男と短い杖を持った魔法使いっぽい男。
おそらく三人とも同い年くらいだろう。
その魔法使いらしき男がリッシュを見て目を見開いた。
「待てガイアス、その子の持ってるやつに見覚えがある。天秤の針だ!」
その瞬間三人はは俺達から飛びのいて武器を構えた。
「聖火隊か!」
また聖火隊か。
だがリッシュは一歩前に出て、軽く一礼した。
「いいえ、私は聖火隊ではありません。守護者側です。この天秤の針はお世話になった方より頂いた者です」
「馬鹿な事を。聖火隊の武器を誰が譲るものか!」
「いいえ、これは私が教会を出る時に餞別として頂いた物です。カーナ様に誓いましょう。私は教会の針ではなく探索者であると」
リッシュの体が薄く僅かに青く光った。
この世界において女神カーナに誓う事は、それすなわち絶対を意味する。
リッシュがやったのは魔法ではないが高位の神聖魔法の使い手が己の潔白を示す時に使う技。
女神カーナの色である青は真実を意味するらしい。
つまりリッシュが嘘をついていない事の絶対の証明だ。
それを見て三人は構えを解いた。
「おっと、すまんなお嬢さん。聖火隊じゃないのか。だが高司祭だったか」
「いいえ、仕方のない事かと」
聖火隊は本当に恐れられているらしい。
「それで、だ。さっき、その凄い、なんだろうなアレ。壁とかぶち抜いて行った奴。何か知らねえか」
俺がやりましたとは絶対に言えん。
そっと気づかれないようにリッシュに合図を送った。
俺に任せろと。
するとリッシュは小さくうなずいて俺の手を握った。
「まだ名乗っていませんでしたね。私はカイ。こっちはリッシュ。私達は七階から転移陣で一階に帰って転移陣から出た所に赤い髪の男が突っ込んで来ましてね。で、突き飛ばされて気が付いたらこの階層にいました」
「七階層、って事はあんたらまだ探索者に成ったばかりなのか」
「そうです。正直さっきのアレがなかったら死んでましたよ」
リッシュが薄っすらと青く光った。
「青眼か。お嬢さんどうして、いや、そう言うのを尋ねるのはルール違反だな。俺はザイン。見ての通り魔法使いさ」
「これはご丁寧に」
ザインと名乗った男の言ったのはリッシュ自身が目の魔道具と同じ効果となり手を繋いだ相手の真実を示す神聖魔法。
そもそも魔法使いそのものがそれほど多くなく探索者になる者はさらに少ない。
まして神聖魔法の使い手は基本的に教会所属である。
他の魔法と違い神聖魔法に絶対必要なのは女神への信仰心だ。
そこから魔法の才能やら努力やらで使えるようになった魔法の種類に応じて役職の名がついた階級が与えられる。
リッシュの使う魔法はギルドでも言われていたが高司祭と呼ばれる、かなり高い階級の者が扱えるレベルの物。
それ程の使い手は探索者にはまずいない。
だからそんな人間が探索者をやっているなら当然理由がある。
それはリッシュに限った事ではなく探索者になる者には訳アリの人間も多い。
だから探索者には過去を聞かないのが暗黙のルールなのだ。
「俺達が後ろに吹っ飛ばされた時誰かにぶつかったみたいなんですが、貴方達か」
「ああ、それ俺達だな。前からいきなり吹っ飛んできたから驚いたぞ。俺はドラン。だがとっさによけれなかったのは俺達がまだまだって事さ」
弓を持った男が軽く言った。
巻き込まれたのは同じだが彼らはこっちが巻き込んだ。
けどこっちを責めない辺り人間が出来ている。
「それで、その赤い髪の男なんですけどね。リッシュが以前会ったことがあるらしくて。やんごとなき立場の奴で下手に騒ぐとまずいんです」
リッシュが青く光った。
「そいつは・・・一応教えてくれ」
「おいガイアス。やめとけ」
「いや、ここは聞いておいた方が良いだろ。場合によっては逃げなきゃならん」
それは正しい。
しかし正しいからと言って選ぶと後悔することもある。
「あの男の名はジェード。王家の森の霊廟で封印を守っている聖獣、らしいですよ」
リッシュは青く光り、ガイアス達も青くなった。
「ほら言わんこっちゃない。聞くんじゃなかった」
ザインが心底嫌そうな顔をした。
「マジかよ。聖獣様かよ。なんでそんなモンが迷宮に入ってくんだよ。しかも帰還用の魔法陣に」
まったくもってその通り。
「リッシュは何か知ってるか」
リッシュは少し考えるそぶりを見せると嫌そうな顔をした。
「そうですね。あの御方は迷宮や魔道具などについて人など遥かに及ばない知識をお持ちと自慢しておりました。ですから転移陣に何かするなど容易いかと」
マジかよ。システムそのものをいじるなんて許されるのか。
そんな事が出来る聖獣が聖女なのに聖女じゃないと主張している、かまってちゃん聖女に夢中とか大問題ではなかろうか。
だから色ボケトカゲ。
ヒロ君が嫌うわけだ。
「とりあえず私達は戻ったら聖獣のせいで死にかけたってギルドには報告するつもりです。で、言いにくいんですが帰還用の魔法陣の所まで連れて行ってもらえませんか。私達では厳しいんで」
一応お願いしてみた。
「いいぞ。後輩を助けるのは先輩の役目だ。戻ったら一杯おごってくれたらいい」
ガイアスは当然のように答えた。
あっさりと引き受け貰えて拍子抜けした.
探索者は自己責任。
だから二人で何とか帰り道を探す事になる可能性も考えていたし、最悪襲って来る可能性も考えていた。
法外な金の要求などもだ。
しかしリッシュが何も言わない。
つまり彼は善意で言ってくれている。
かっこいい。
後ろの二人もうなずいているからそういう人達なんだろう。
この世界に来てから良識ある人との出会いが多い。
あの会社は上司はクソ、その上司もクソ、さらにその上司もクソだった。
一杯奢ると言う言葉だけで思い出しまう。
飲み会という名の苦行を。
人間酔うと本性が出ると言う。
だが俺に言わせれば本性も何もクソな連中はクソでさらにうざくなるだけだ。
いつも行きたくもない飲み会に参加させられ飲まされて、出来上がって来た頃に奴は言う。
「おい雄矢。なんかおもろい事しろ」
毎回のようにクソ課長は言う。
ビール瓶でこいつの頭をぶん殴れたらどれだけ幸せを味わえるだろうか。
何度この言葉を言われたか憶えていない。
後輩は入ってはすぐに辞めるから営業一課で春以外いつも俺が一番下なのだ。
毎回ネタなんかねえよ。
「早くしろ。課長待たせんなよ」
主任の馬場野はいつだって課長の味方。
うるせえよ腰巾着が。
「やったらあ!」
いつだったか憶えていないが俺も酔っていたからブチ切れた時があった。
まず自分のジョッキを一気すると浅野さんのグラスを奪って一気しクソ主任のグラスを奪って一気し最後に課長のグラスを奪って一気した。
急性アル中にならなかったのは幸いだった。
「おお、やるやんけ」
死ねよクソが。
その後の記憶がほとんどなかった。
俺にとって飲み会など仕事でしかなく苦痛なだけだ。
楽しいのは上司だけ。
「ああああ! あのクソ共が!」
「カイさんしっかり。ああ、いつもの発作ですね。鎮静」
ガイアス達は強かった。
ドランの弓から放たれた矢がホワイトファングを貫く。
あの速さに対応して当てるとかどうなってるんだ。
ガイアスはリビングアーマーの重い一撃を盾で受け止めた。
そしてザインの風の魔法があの固い鎧を切り裂く。
さすがファンタジーの世界。
強い人間は本当に強い。
しかしローさんが言うには誰も世界のシステムの不条理には逆らえないらしい。
しばらく後ろをついて歩くと下への階段が見つかり転移陣も見つかった。
問題はこれを使っても大丈夫かどうかなわけだが。
「ザイン。今更だけど大丈夫なのかこれ」
「ああ、そっちのお嬢ちゃんの話から察するに転移陣の一部を書き換えたって言うか無理やり割り込んだんだろ。だったら大丈夫だ」
「なら戻れるな。聞いたなお二人さん」
ガイアスがニヤリと嬉しそうに笑った。
一時はどうなるかと思ったがやっと帰れる。
「本当にありがとうございました。今度是非一杯奢らせください」
「おう、今度の闘技大会は俺に賭けると儲かるぜ。そいつでうまい酒でもご馳走してくれ」
ガイアスは陽気に笑った。
実にかっこいい。
そして何はともかく色ボケトカゲは許さん。




