元社畜と異世界でお約束のポーション
何となくだが、最初に見たときよりもホワイトファングの動きが少し見えるようになった。
つまりレベルアップしている。
だからと言って戦いが楽にはならなかった。
度重なる戦いで魔力は限界。
時計の針は日付をまたいで一時を指していて、体力も限界。
「魔力弾!」
放った魔法がリビングアーマーの胸に拳大の穴を開けた。
だがそれで限界だった。
足に力が入らずに床に膝をついた。
「カイさん! このっ!」
まだ動くリビングアーマーにリッシュが電撃を纏ったメイスを叩き付けた。
だが大きな盾で防がれる。
それでもリッシュは何度も何度も叩き続けた。
「カーナ様どうかお力を!」
リッシュの手甲が輝いているが光は薄くぼんやりしている。
魔力がもう限界らしい。
動きも遅く、本体に当ってもひるます事も出来ていない。、
しかも相手にしているリビングアーマーの後ろから新手のリビングアーマーが現れた。
これは駄目だな。
最後の手段しかないようだ。
「リッシュ、俺の後ろに」
「カイさん。しかし」
「速く!」
「は、はい!」
俺の方に駆けて来るリッシュ。
ただでさえ動きの遅いリビングアーマーはさらに遅くなっていため、疲れているリッシュでも振り切れた。
「俺に後ろから抱きつくんだ! 絶対に離すな! 俺の前に出るな!」
「はい!」
無理やり立ち上がった俺にリッシュが後ろからしっかりと抱き着いたのを確認し、ずっとズボンのポケットに入れていたビンを取り出した。
目薬程の赤い液体の入った小さなビン。
これは使いたくなかったけど、仕方ない。
ヒロ君に報酬として貰った物の一つ。
蓋を開けると何とも言えない、酸っぱい臭いがした。
まだ俺のレベルでは迷宮内で使ってはいけないと念を押された危険物。
それを軽く一口で飲み干した。
「お」
無味無臭。
水よりも何の味も臭いもしなかった。
だが効果は絶大。
体の奥が熱くなり、凄まじい魔力が噴き出してくる。
こっちに向かって来るリビングアーマーに杖を向けて全力で魔法を放った。
「魔力集束砲!」
ドムッと腹の底に響く音を立てて放たれた黒い魔法は、俺の身長の二倍程の大きさ。
凄まじい速さでリビングアーマーを飲み込み、そのままこちらに近づいていた後ろの奴もを消し飛ばした。
明らかに以前よりも遥かに威力が上がっていた。
何はともあれこれでとりあえずの危機は去った。
だが体から魔力があふれ出るのが止まらない。
これはまずい。
おそらく最大の魔法を最大で放たないと間に合わない。
「魔力集束砲! 魔力集束砲!」
「ちょっ、カイさん!」
「魔力集束砲! 魔力集束砲!」
後ろのリッシュが驚いているがそれどころではなかった。
体が燃えるように熱くなり、視界が赤く染まっていく。
頭が割れるように痛み、酷い吐き気がする。
分かる。
魔力が余り過ぎてるんだ。
とにかく魔力を放出しなければ。
最初は正面に連続で撃ったいたのだが、平衡感覚がおかしくなって自分がどっちに向いているのか分からなくなった。
ただただ撃ちまくる。
不幸にも魔法の先にいたであろう魔物は全て消え去った。
倒したのは何となく手ごたえと言うか感覚で分かった。
意識が落ちそうになるが懸命にこらえる。
気を失ったら終わりが。
何も考えずにただひたるら撃ちまくった。
「・・・カイさん! カイさん!」
そのまま一体何発撃ったのか。
体の熱が引いて目が見えるようになり、リッシュの必死な呼び声が聞こえた。
最悪の気分だった。
体の感覚が無茶苦茶で、リッシュの声もぼんやりと聞こえる。
酷い二日酔いの様に視界が回っている。
だがもう動くものは何もなかった。
「何とかなった、か」
「いえ、はい、多分」
俺の前は扇状に何も無くなっていた。
今ならショートカットし放題だ。
迷宮探索にあるまじき移動が可能。
「あの、一体」
リッシュの疑問も当然だろう。
視線は俺の手の蓋を閉じた空っぽのビン。
俺はふらつきながらリッシュに支えられて、何とか倒れずにその場に座りこんだ。
「こいつはヒロ君から貰った魔力回復薬だ」
この世界にはマジックポーションと呼ばれる魔力回復薬がある。
ショップエチゴなどにも売っていて値段はピンキリだが基本高い。
最低の物でも十万カナはするし、高い物なら百万以上も余裕でするの物もある。
「そんな物を持ってるんなら言ってくださいよ」
非難がましく言われた。
あるなら使えよ。
そう思うだろう。
「こいつはヒロ君をして特別だから最後の手段にしろって言われててね」
「これは異世界でお約束のポーションです」
「確かに薬草とかの回復薬はお約束だね」
RPGでは必ず存在する回復アイテム。
特に序盤ではお世話になるものだ。
「そうですね。それは別に良いんですよ」
ヒロ君は何とも言えない嫌そうな顔をした。
「ですがこの世界に来た連中の中には、そういった薬を作る能力を女神にもらった奴もいました」
「金稼ぎが楽かもしれんが注意が必要だな」
カーナさんに貰った力なら薬草どころかエリクサーとか作れるんだろうな。
だから利権に気を付けないと面倒が起こるだろう。
「その通り!」
ずいっと寄って来た。
大きく頷いて、何やら思い出しているようだ。
「こいつを使ったのもその馬鹿です」
鮮やかな赤青黄色の液体の入った三本のビン。
「効果は絶大で、この世界のどの薬より効果が高い。もちろん最初からこんな物が作れたわけではありませんが、それでも最初から高品質の薬を作れたんです」
何となくオチが見えた。
「そして何にも考えずにそれらを売りまくったんですよ。それまでのより高品質の物を少し高い程度の値段で」
「馬鹿じゃないのか」
「ええ、馬鹿なガキです」
少し考えたら分かる事が何故分からないのか。
あるいは考える事さえ出来ないのか。
「あげくに『え? このポーションって普通じゃないんですか?(きょとん)』とかわざとらしいんじゃ! 私凄いんですアピールしてんじゃねえよ死ね!」
余程腹に据えかねたのか叫んでいた。
「どうして自分の物がどの程度か正確に調べもしないで商売しようと思うんだよ! お前はその力を女神から貰ったんだから、普通なんてありえないってそんな程度考える頭もねえのかよ! いや違うか。あれは分かってんだよ。自分は凄いけど、どれだけ凄いか分かってないんです。だからどれだけ凄いか周りから言って下さいアピールだ」
「うわぁ・・・」
そんなのがこの世界にいるのか。
まるで中二病真っ盛りの中学生か、あるいはこじらせた高校生の考える最強の主人公だ。
あれ、最強の主人公とな。
ああ、なるほど。
カーナさんの世界の主人公は最強でないといけない。
つまり最強の主人公とはカーナさんがそういう人にそういう力を与えたと。
ゲームとか漫画ならともかく命の軽い現実なら碌な結果にはならないだろうが。
「あああああ! ・・・・話がそれました。とにかく、そんな馬鹿の残したポーションですから非常に強力です。赤のマジックポーションはどっかの馬鹿が魔力の塊であるドラゴンの傷を治すために莫大な魔力が必要だかで特注したんです。俺はその材料採取の依頼を受けて報酬として赤以外にもこいつらを二本ずつ貰ったんです」
「へえ、ドラゴンの傷って。それって、まさか」
まさかヒロ君がバッサリやったあれか。
「ええ、あいつです」
最悪じゃないか。
「とにかく強力です。赤をカイさんが飲んだら魔力の回復が強引に発生して、許容量を超えてしまうでしょう」
「超えたらどうなるんだい」
ヒロ君はフッと笑って、握った手をパッと開いた。
「爆発するの」
「爆発します。純粋な魔力爆発。もちろん死にます」
それ飲んで特攻する敵とか出てこないだろうな。
「危なくなったら魔法を全力で撃つ事です。ですがもしそんな状況なら制御なんて出来ません。そしてカイさんは迷宮にもぐる探索者。迷宮でカイさんが万能無属性魔法を全力で何度もぶっぱなしたら、壁の向こうとかか上下の階層とかにいる人達を巻き込む事になるでしょう」
「それはまずいね」
無差別殺人なんかしたくないし、巻き込まれたくないだろう。
「地上なら寝っ転がって空に撃てば問題ありませんが、迷宮で使うのは最後の手段です」
「気を付けるよ」
そうならないように慎重に探索すれば問題無い、はず。
「ちなみに俺はゲームではもったいなくてクリアまでエリクサーの類はを使えません」
「奇遇だね。俺もだ」
「なるほど、確かにこれは」
酷い有様だ。
モンスターだけじゃなくて人も巻き込んだだろうな。
「魔力集束砲。初めて見ましたが確かにこれはそうそう使える魔法ではありませんね」
「そうだね」
これはまさしく問答無用の魔法だ。
こいつを使ったのは月のジャンを倒した時以来だし今まで使う必要もなかった。
魔力の消費が激しいし。
だが今回は他の魔法では絶対に間に合わなかった。
「とにかく地上に戻りましょう。マジックポーションはもう無いんですよね」
「ああ、今の所魔力は十全だが、使い切ったら今度こそ終わりだ」
あれだけ魔法を使ったのに体から魔力が溢れている。
だが階段を見つけない限りジリ貧だ。




