元社畜追い込まれる
息を殺すとは中々難しいものだ。
リッシュは俺に引っ付いて角から通路の奥を覗いている。
視線の先にはうす暗い中、わずかにだが動く影がある。
恐らくホワイトファング。
「三匹か」
「いえ、四匹です」
三匹でも危なかったのに四匹なんか冗談ではない。
動かずに、物音を立てずに、ジッと去るのを待つしかない。
何分かあるいは十分以上か、物凄く長く感じた。
ようやく連中が去ると大きなため息が漏れた。
「行きましょう」
「そうだな。さっきの奴らが戻ってこないうちに行こう」
多分ここで戦うためには俺達はレベルが圧倒的に足りていない。
足音を立てずに静かに歩き出す。
慎重に歩いているとまた奥から唸り声が聞こえてきた。
しばらくは一直線のようだし、今更戻るわけにも行かない。
そして後ろからは何やらガシャンガシャンと重い音がする。
「鎧の音。なら探索者か」
「いえ、これは・・・」
リッシュが何か言おうとした時、正面にホワイトファングの影が見えた。
その数四。
そして影が見えた次の瞬間にはもう目の前だった。
呪文を唱えてる暇など全く無い。
「魔力散弾!」
つまりこの杖が無ければ絶対に間に合わなかった。
射程は短く広範囲に。
結果、連中は自分から弾幕に突っ込む形になり、三匹が即死で残り一匹ものた打ち回っている所をリッシュが叩き潰した。
リッシュがやっていると簡単に見えるが連中は硬い。
何せ口の中に剣を刺した時、弾かれた後に噛み砕かれたんだ。
そして息をつく暇も無く、後ろからの足音はもう見える所まで来ていた。
「探索者、か」
ガッチリとした全身を覆う金属の甲冑にフルフェイスの兜に大きな盾に大剣。
一目で全てが分厚い金属だと分かる、
普通あんなもの、鎧だけでも身に着けたら動けないだろう。
高レベルの探索者か。
なら事情を話せば助けてくれる可能性がある。
それが二人。
だがリッシュは構えを解かずに警戒していた。
「そこで止まってください」
リッシュが声をかけてみるが、連中はまるで聞こえないかのように近づいて来る。
これはアレだな。
「リビングアーマーです!」
やはり世の中は甘くなかった。
リビングアーマーとはその名の通りの動く鎧の魔物を指す。
見るからに分厚い装甲は並みの剣など受け付けないだろう。
多分、魔法も効果が薄い。
「弱点は」
ゲームなどに登場する奴は固くて攻撃力が高いが普通に倒せる。
だが現実ならどうか。
「ありません。ある程度のダメージを与えたら倒せるとしか」
リッシュは忌々しげに分厚い鎧を睨んでいた。
中身は多分無いため、純粋に破壊しなくてはならないと言う事か。
足は遅いようだし、逃げるのはどうだろう。
多分全力で走れば追いつかれないが、それは駄目だ。
「逃げますか」
「いや、逃げてる最中にホワイトファングとぶつかったら最悪だ。こいつらはでかい音を立てるから」
魔力は無駄に出来ない。
だが惜しんで何とかなるとは思えない。
故に最小限の力で仕留める。
「魔力散弾!」
どんな鎧だろうが盾だろうが関係ない。
当れば全て消し去る。
構えた盾を貫かれ、穴だらけになったリビングアーマーは、大きな結晶と一本の剣を残して消滅した。
同時に体が重く感じるようになった。
魔力が無くなって来ている。
エーテルの魔法は憶えたばかりの無属性魔法とは魔力の消費が桁違いだ。
しかもやはり散弾の方が消耗も大きい。
「大丈夫ですか」
リッシュが心配そうに声をかけてくる。
「正直に言って、魔力散弾は後二、三発が限界だ」
敵は単独では出て来ない。
武器の無い俺では物理攻撃でモンスターを倒す事は出来ないし、魔力が無くなったら歩く事さえ難しい。
もっとも武器があった所で俺には出来ないが。
「少しじっとしてください」
「構わないが、何かあるのか」
リッシュは俺の手をとって目を閉じた。
「その身に力を与えましょう。魔力分与」
リッシュの手から暖かい物が伝わって来る。
「これは・・・」
「私の魔力を貴方に」
魔力を相手に渡す魔法か。
「それは大丈夫なのか」
確かにありがたいが。
「私の攻撃魔法は必殺にはなりませんし、怪我さえしなければ回復魔法も必要にならないでしょう」
「それはそうだが、君だって魔道具を使うのに魔力がいるだろう」
見た感じリッシュは魔道具を使ってもホワイトファング複数相手には勝てない。
それでも俺のように手も足も出ない訳ではない。
だからほとんどの魔力を俺に譲るのは、自分の安全を完全に俺に預ける事だ。
「今はそうするべきです。それに少しずつは回復しますから」
確かにそうではあるが、迷い無く行動するとは。
暗い通路の後ろからガシャンガシャンと重い鎧の動く音がする。
「行きましょう。休める程私達には余裕がありません」




