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社畜と杖の魔道具


 獣の唸り声が聞こえた。


 それもわりと近くで。

 

「聞こえたか」


「ええ、犬の唸り声のような」


 コボルトじゃないよな。


 あんな低い声じゃなかった。 


「魔力は大丈夫ですか」


「半分くらい回復してる気がする」


 気がするだけで実際は分からない。


 今日は結構魔法を撃って来たから分かるのだが、今はそれがまずい。


 状況は非常に良くない。


 腰に差した剣を抜いて盾の重さを確かめた。


「カイさん」


 リッシュが通路の奥を見ているので目を凝らすと犬のような三つの影が見えた。


 かなりの距離があるのだがどうやらこちらを見つけたらしく、凄まじい速さでこっちに向かって来る。

 

「行きます!」


 リッシュが何時ものようにメイスを持って迎撃しようと走り出したが間に合わなかった。


 何時もならこっちが先制するんだが、向こうが距離を詰めてくるのに迎え撃つ形になる。

  

「速い!」


 それ程相手の足が速かった。


 飛び掛ってきたのは大きな犬だった。


 白い毛並みで鋭い牙の大型犬


 剣が間に合わずとっさに盾を前に突き出して払いのけようとした。


 それこそ反射的な行動で相手の動きなど速すぎてほとんど見えなかった。


 だが偶然でも何でも盾に当たった。 


 そう思った瞬間、吹き飛ばされた。


 以前に車にはねられた時を思い出す。


「カイさん!」


 床を転がって痛みを堪えて立ち上がろうとするが、すでに目の前には次の犬が迫っていた。


 真っ直ぐに突っ込んできた二匹目の犬が大きく口を開けていたので、そこに剣を突き出した。


 これもとっさの行動だが、カウンターになったはずだ。

 

 だが噛み砕かれた。

 

 金属のそこそこ分厚い剣を噛み砕かれたんだ。

 

 ありえない。

 

 そして噛まれるのは防げたが、勢いは殺せずにそのまま後ろに吹き飛ばされた。

 

 速さも力も違いすぎる。

 

 三度向かってきた犬に向けて、ようやく唱え終わった魔法を放った。 


魔力散弾エーテルショト!」


 リッシュには当たらないように。


 ただそれだけを考えて撃つと、一撃で二匹は蜂の巣になり結晶が転がった。


 急いで立ち上がるとリッシュも苦戦していた。


 いつもは振り下ろせば相手を潰すメイスが空を切る。


 なんとか噛み付こうとする犬を避けているがこのままではまずい。


 急いで狙いを込めて魔法を放つ。

 

魔力弾エーテルシュート!」


 何となくだが魔法弾マジックシュートでは駄目だと感じて放った。

 

 それは死角からの攻撃なのに飛びのいて避けられた。

 

 だが完全には避けられず足を一本抉り取った。

 

 普通ならそれで終わりだが、それでも犬はリッシュに向かって行く。

 

 だが動きは格段に遅くなり、その隙にリッシュが攻勢に出た。


「カーナ様どうかお力を! 祝福ブレス!」


 何らかの魔法を使いながら持っているメイスの先端を床にマッチのようにこすると、バチッと音を立てて先端が青い電撃に包まれ、ごつい両手のグローブのような籠手がうっすらと輝いた。

 

 そしてフルスイング。

 

 動きの鈍い犬はそれでも避けようとした。

 

 だがその一撃は今まで見た中で圧倒的に速かった。

 

 頭に直撃を受けた犬は物凄い音と共に壁に叩き付けられた。

 

 もはや原型を留めていない犬は結晶へと姿を変えた。

 

 辺りは気持ち悪いくらいの静寂がつつみ、とりあえずの危険を退けたらしい。

 

 足から力が抜けてへたり込み、今になって激痛が襲って来た。


「酷い怪我。治療しますからじっとしてください」


 かけ寄って来たリッシュが呪文を唱え始めた。

 

 改めて自分の体を見ると確かに酷い。

 

 剣は根元から無くなって、盾はひしゃげてもう使えそうに無い。

 

 そして盾を着けていた左腕が曲がってはいけない所から曲がっている。

 

「大いなる癒しの力を今ここに。大回復グレートヒール


 リッシュの手から白い光が溢れ、少しずつ痛みが引いていく。


 一分とたたずに折れていた腕は元に戻っていた。


「凄いな。助かったよ」


 腕を動かしても痛みも無い。

 

 これが神聖属性の回復魔法か。


「いえ。それよりもさっき襲って来た魔物ですけど、おそらくホワイトファングです」


 聞いた事が無い名だ。


 俺が調べた十階層まででその名は無い。

 

 つまり今いる場所はそれより下だ。


「そいつらは何階層に出るんだ」


 ここの迷宮の最下層は五十階層とされている。


「ホワイトファングは四十一階層から出現します」


 聞きたくなかったよ。


 せめてもう少し浅かったら良かった。

 

「そうか・・・。リッシュ、転移結晶持ってるか」


「いいえ。あれは高いので」


 転移結晶は使い捨ての魔道具だ。

 

 魔力を込めればその場所を記録して1階層に戻れる。


 そしてその転移結晶を本人が持って1階層の転移陣に入れば元の場に転移する事が出来る。

 

 非常に便利だが一つ20万カナと高い。

 

 だがこうなると無理してでも持っておくべきだったか。 


「この階層って人は多いのか」


 人がいるなら助けてもらえる可能性がある。


「いいえ。40階層以降にはほとんど人がいないと聞きます。割りに合わないんです。敵は強いのに何故か結晶は30階層の方が大きいので」


「そっか、なら自力で行くしかないか」

 

 仕方なく荷物の中からヒロ君に貰ってからいつも入れていた魔道具を取り出した。 


「それは?」


 一見すれば大きめのビー玉のような黒い宝石。


「こいつはヒロ君から貰った物だよ」

 

 魔力を込めると長めの杖に姿を変えた。

 

「杖の魔道具ですか。どんな力が」


 リッシュは興味津々の様子。


「こいつは一つだけ魔法の呪文を設定しておけるんだ。今なら魔力散弾エーテルショットを呪文無しで撃てる」  


「それ凄いです!」


 呪文を唱えなければ魔法は発動しない。


 さっきも攻撃を受けながら必死で呪文を唱え続けた。


 魔法使いにとって大事なのは魔力と同様に呪文を唱える時間だ。


 それを考えればこの杖は凄い代物だ。

 


 

 これを貰ったときの話だ。


「魔法の発動には呪文が絶対に必要ですが、主人公が魔法を使う場合にはそれを無視する事が多々あります」


 黒い杖をクルクルと回しながヒロ君はそんな事を言った。


「ファンタジー世界に転生した都合の良い主人公なら、呪文無しで魔法を使います。それで凄い凄いと言われたり、無詠唱だと! とか驚かれたりするんでしょうけど、世の中そんなに甘くありません」


 ヒロ君は忌々しげにそう吐き捨てた。


「ですがそれをやってしまうのが主人公で、多分この世界にもそんなのがいるでしょう」


「しかしどうやって。加護は一つだけのはずだろ。詠唱をなしにするなら魔法は自力になるけどその組み合わせはありえない」


 魔法を貰わずに詠唱なしを選ぶとかありえないし。


「そうなんですよ。だから何かインチキがあるはずです。ローはともかくカーナはアホですから。会ったことありませんけど多分間違いないです」


 言い切った。


 確かにローさんの話を聞くにカーナさんはいい加減っぽいが。


「とにかく現状いるかどうかは分かりませんがいると仮定した方が良いです。そうですね・・・タイトルはさしずめ『転生したら最強の魔法使いでした』とか、『裏切られたら目覚めた無詠唱スキルで成り上がって最強に』とかですね」


「何そのタイトル。どっちにしろ最強なの?」


「とにかく主人公は最強ですよ。最強。最強!チート!成り上がり!です」


 皮肉げにローさんと似たような事を言った。


 どうやらヒロ君も最強と言う言葉が嫌いらしい。

 

 いや、おそらくそういった主人公が周りに凄い凄いと言われるのが嫌いなんだろう。


 しかしやはりカルト教団だな。

 

 最強教。

 

 ローさんもそんな事を言ってたが改めて言われると色々酷いな」。


「女神に呪文無しで魔法を使えるようになるとかの力を貰わないと本来は無理です。けどそれが限定的に出来てしまうのがこいつです」


 それが本当なら魔法使いなら絶対に欲しがるだろう。


「基本的に杖ってのは持って魔法を使えば魔法の威力が上がります。けどこいつは何より呪文を1つですが設定しておけます。後はそれに魔力を流せば撃てます」


 なら高いだろう。


「値段ですか? そうですね・・・捨て値で一億カナくらいですね」


 凄まじい値段だが、そんな物を貰って良いのか。


「俺は攻撃魔法が苦手です。戦いで使った事なんて殆どありませんよ。精々強化や回復とかしか使いません。道具は使ってこそ華です」


 ならありがたく使わせてもらう。


「そうしてください。けど頼りすぎないように気をつけてくださいね」


 そうしよう。


 道具に頼り過ぎると無くし時に困るしな。




「リッシュのメイスも魔道具だったのか」 


 店売りの普通のメイスじゃないとは思っていた。


「これは天秤の針と呼ばれている教会の武器です」


 天秤の針。


 確かギルドでそんな名前を聞いた気がする。


「上手く使えば人間相手なら半殺しで捕らえる事が可能です」


 殴ると同時にスタンガンの効果と言うわけか。

 

 半殺しには程遠いが。

 

 電撃もパッと見て分かるくらいの高電圧だし、殴る威力も骨が砕けるとかのレベルではない。


「その手甲も?」


「これは・・・教会は関係なくて。その、私の物です。魔力を込めると力が強くなります」


 華奢なリッシュがあんな戦いが出来るのは魔道具の力か。  

 

 ヒロ君にも言われたが道具に頼り過ぎるのは良くないと思う。

 

 だがその考えを人に押し付ける気は無いし、そんな事を言っている場合ではない。

 

「今の感じなら戦いは何とか出来ない事もないけど、なるべく避けて行こう」


 こちらの攻撃が当たれば倒せるのがせめてもの救いだが、あれほど速い相手に当てる技術がないから苦戦は必至。


 食料と水はもしものために余分に持っているが、四十階層ともなればどれくらいで階段に到達出来るか分からない。


 これは、死ぬかもしれないな。 

 

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