元社畜巻き込まれる
「今日からしばらくは迷宮には行かない」
俺の言葉にリッシュのフォークが止まった。
朝飯らしい物をこの世界にくるまでは食べてこなかったが、ゆっくり食べる朝食と言うのは良いものだ。
「理由を聞いても良いですか」
リッシュにはある程度は話すと決めていた。
だから必要な事を話して知恵を借りるとしよう。
「昨日女神から仕事の依頼があった」
リッシュは一瞬止まると、ナイフとフォークをテーブルに置いて、コップの水を一気に飲んで空になったコップに水を注ぎ始めたが手元が震えて上手くいかない。
「落ち着け」
見てて気の毒だが面白い。
そのままダバダバと零しながらも一気に水を煽った。
「お、落ち着いてますよ! ええ! 私は落ち着いてます!」
どう見ても落ち着いていないが話すとしよう。
「目的は聖女の女神の盾を一時的でも何とかする事だ」
「アレをですか」
「方法は任せるって言われた。何か知らないか」
「ええ・・・そうですね」
考え込み出したリッシュを他所に卵焼きにナイフを入れる。
この世界にもあった目玉焼き。
そして当然のように醤油が存在していたのでそれをかける。
俺は醤油派だ。
ソースは邪道。
「加護や異能を封じるとなるとそれ以上の力を込めた契約か加護ですね」
再起動したリッシュは塩を手に取った。
塩派か。
「契約ってのは」
俺にとっては嫌な言葉だ。
「カーナ様に正式に何かを誓う事です。カーナ様に誓って女神の盾を使わないと誓わせれば、それを破ってしまえば力を失うでしょう」
「そいつは難しいな」
この国の権力者の側にいる相手にそんな要求が通せるとは思えない。
「ならそれ以上の加護ですね」
やっぱりそうなるか。
「そうなると使徒を頼るしかないけど、そんな事が出来る使徒がいるかどうか」
いるかもしれないが誰かは分からない。
リッシュに聞いた範囲で想像するが該当は無し。
異世界の手引きによれば主人公の力を封じる事が出来るのは、ボスキャラか主人公に悪意を持っているキャラだ。
主人公の欄を見てみれば、男主人公は、最強!チート!成り上がり!ハーレム!のどれか、あるいは複数の属性を持っている。
だが女主人公の場合は最初に恋愛!である。
ほぼ100%恋愛がからむらしい。
女主人公恋愛は絶対のパターンだと書いてあった。
つまり聖女が男関係で敵をつくっていて、その相手が何らかの手段を得ている可能性が考えられる事になる。
そして必ず失敗するらしい。
聖女の話を聞くに女性に敵が沢山いるだろう。
だがそれに期待するのはちょっと無理がある。
「あの。カイさんがこっちに来て出会った使徒様はどなたですか」
そういえば言ってなかったな。
「ヒロ君だよ。ヒロ・ミヤマ」
「その方は信用できますか」
「出来るよ」
多分この世界でローさんの次に信頼している。
「ならヒロ様に助言を求めてはいかがでしょう」
「ヒロ君に、なあ」
実はこれを一番最初に考えた。
「何か問題が」
俺に金を貸してくれたヒロ君は俺の事をよく知らない。
俺に仕事を頼んだヒロ君なら問題ないんだろうが、そっちの行方は分からない。
偽名を使ってる可能性が高いし、あの魔道具があるから見つけるのは不可能に近い。
なら金を貸してくれた方に話してみるか。
「いや、頼んでみようか」
彼なら力になってくれるだろう。
世話になりっぱなしと言うのも悪い気がするが、そのうち何か返そう。
「なら手紙ですね。ギルド経由の物なら直ぐに届くでしょう。手紙を出して、その後迷宮へ行きましょう」
確かに手紙を書くだけなら時間もかからない。
「そうだな。ならそうしようか」
今日も迷宮に行くとしよう。
7階層
「魔法炸裂弾!」
俺の魔法が正面の三匹のコボルトを爆発に飲み込んだ。
拾った結晶はまた少し大きくなった。
この程度なら一撃で片付けられる。
見つけたら即魔法をぶっぱなす。
サーチアンドデストロイである。
敵の攻撃の届かない場所から一方的に攻撃するのが一番良い。
ただし魔力が持つ事が条件だ。
「どうですか」
「少しだるくなって来たな」
時間は昼過ぎ。
朝からずっと俺の魔法でコボルトを倒してきた。
撃った魔法炸裂弾十五回に魔法弾十回。
「そろそろ辛くなって来たならここまでにしましょう」
「まだ行けそうだが」
まだ後十発くらいなら撃てる感覚がある。
「いえ、少し辛く感じたら控えた方が良いかと。魔力を使い切るとへたしら死にます」
「えっ死ぬの?」
魔法を使うとだるくなるから使い切ったら気絶くらいかと思っていた。
「ですからその感覚を憶えておいてください。そうならないように気をつけて」
「分かったよ」
ゲームのように数字で分からない以上は感覚で憶えるしかない。
今日はそのために魔法を使い続けて来たわけだ。
魔力は使わなければ自然に回復していくのでこれからは物理攻撃になる。
「魔法は使えば使うほど威力や精度を高める事が出来ます。ですから魔法使いは得意とする魔法を決めて、それを主にします」
つまりゲームで言うならそれぞれの魔法のレベルか。
「君は確か神聖魔法をかなり使えると言っていたが」
出会ってから使った魔法は矢反射だけだ。
「今の所出番がありませんけど、回復魔法はかなりのものと自負しております」
「使って無いけど大丈夫なのか」
出会ってから全く使っていない。
使う機会が無い方が良いのだがそれがどの程度なのかわからない。
「大丈夫です。夜休む前にナイフで軽く腕を斬って、回復魔法を使ってます、後は軽い毒キノコから取った毒を飲んで解毒も使ってますから」
何だその苦行。
「それは、毎日」
「毎日ですね。欠かさぬ日々の修練によって救われる命があるのです。練度が上がればそれだけ大きな怪我を癒す事が出来るようになりますからね」
熟練度稼ぎのために自傷と回復を繰り返しているのか。
回復魔法を強くするために。
「それって普通やるものなのか」
「どうでしょう? 元々聖女になるためにやっていたんですが、もう習慣になっていますね」
簡単に言っているが痛いし辛いだろう。
だが聖女になるため。
目的のために。
リッシュは毎日積み上げ続けた。
それに比べて俺はどうだろう。
ただ毎日を嫌々繰り返していただけ。
何の目的も無く時間をすりつぶして、無理やり客を作って人を不幸にした。
こんな女の子が何年もずっと頑張って来て、目的が達成出来なくても腐らずに次の方法のために頑張っている。
「リッシュ」
「何でしょう」
未来で俺が組んでいたのが誰かは分からない。
これから出会うのかもしれないし、出会っても仲間にならないかもしれない。
「怪我したら頼むよ。勝てない敵はあんまりいないと思うけど怪我はするからさ」
だがそんな事関係なくこの子の目的を果たしてやりたい。
「お任せください! 生きているなら治して見せます!」
リッシュは嬉しそうに笑った。
多分これが良くなかったんだと思う。
所謂フラグと言う奴だ。
8階層への階段を見つけて地上への転移陣に入って1階層に戻った。
ここまでは良かったんだ。
転移陣から一歩踏み出した所で正面から走ってきた男とぶつかった。
鎧どころか剣も身に着けていない、赤い髪の若い男だった。
「あっ」
「え?」
そのまま後ろにいたリッシュと一緒に転移陣に押し込まれた。
そこは出口用の大きな魔法陣で普通ならそれだけの話だが、何故か発動した。
一瞬の浮遊感と共に光に包まれた。
その時は何か違った。
光が収まった時、8階層に跳ばされたと思ったが最後に見た場所と違う。
少し薄暗く、何か薄気味悪い気配がする。
振り向くとリッシュは血の気を無くしたような青い顔をしていた。
そばにあの男の姿はない。
「どうしたリッシュ」
「あの、先程の方ですが」
「知り合いか」
装備も無しで迷宮に突っ込むとかまさか使徒なのか。
「あの方は、カイナゼルナ様。王家の森にて封印を守られてる聖獣様です」
「うん?」
何処かで聞いた話だ。
「いや、それってレッドドラゴンじゃないのか」
あの人の話を聞かないでヒロ君にズバッと斬られて逃げた。
「ご存知でしたか。よく人の身に姿を変えてセイナ様に会いに行かれていると」
「封印の守りは?」
一応聞いておく。
「もう必要無いとの事です」
うん。そうだろうね。
「問題は馬鹿の癖に知識があるって事です。迷宮の魔法陣とかも理解していて、裏道みたいな使い方が出来ると自慢していました」、
教会が敬べき聖獣を馬鹿呼ばわりとか何気に酷い事を言う。
そして凄く嫌な予感がしてきた。
「恐らく巻き込まれました。ここが何階層なのかは分かりませんが、浅くは無いと思います」




