元社畜黒字を目指す
4階層はさらに人が増えていた。
それに対して出てくる魔物はやはりネズミだが群れになって襲って来る。
しかし群れといってもせいぜい2,3匹程度だが数は力である。
「魔力炸裂弾!」
左手から放たれた5発の黒い弾がネズミ達に直撃すると悲鳴を残してまとめて3匹のネズミが消えた。
使い方は魔力散弾に似ているが撃ちだされる弾が大きくて数が圧倒的に少ない。
何度か試したが1度に撃てる弾数は精々10発が限界だった。
込める魔力を上げると威力も上がる。
そして何かに当たるとそこで小さな爆発起こしてダメージを与える。
魔力炸裂弾も同じだった。
「確かにこれは見た目は似てる。けど威力がいまいちだな」
「そうですね。無属性魔法が人気がないのはそれが理由です」
火属性なら燃え移るし火傷する。水なら氷らせる。風なら切り裂く。地なら砂とか石の塊とかぶつけられる。
ヒロ君は言っていた。ちんたら呪文を唱えてる間に近づいて斬った方が良い。
確かにあんな動きが出来るのならそっちの方が良いだろう。
ならばと出てきたネズミを今度は剣で攻撃してみるが中々うまく出来ない。
俺が素人と言うのもあるが他にも理由はある。
まず下が石の床だから剣をぶつけたら剣の方が負ける。
だからぶつけるわけにはいかないのだがネズミは足元にいるわけで、力いっぱい振り下ろすとネズミを斬った後、床に剣が当たって手が痛いし剣が悪くなる。
ならば突くか斬り上げるしかない。
しかし思った所を正確に突くのが難しいのだ。
何度か試したが最終的には諦めて魔法を使って倒した。
カーナさんの使徒連中はどうしてるんだろう。
何の苦労もなく剣の達人になってるとかだろうか。
ありそうで嫌だな。
「これで10個ですので300カナですね」
「探索者は五階層より下に行かなければ生活出来ないってか。この調子なら五階層はもっと人が多いんじゃないのか」
「そうですね。六階層からネズミではなくなりますから五階層が一番多い人が多いと思います」
「面倒だな。ところでリッシュ。探索者はどうやって剣の腕を上げるんだ」
レベルが上がれば身体能力が上がる。
棍棒とかを振り回すなら問題は無いかもしれないが剣はそうもいかないと思う。
「クランでは強い人が教えるらしいですよ」
「個人では」
「難しいですね。街には剣を教える場所がありますが、一朝一夕で身に着くものではありませんから探索者でも通う人はまれですね」
「少ない・・・。そうかそんな事に金と時間を費やす必要は無いか」
人は何でも何度も繰り返していけば慣れる。
剣も繰り返し使っていればある程度上手くなり、魔物と戦えばレベルも上がり強くなる。
なら時間と金を使ってまで剣術を習わなくても問題は無い。
「到着です。帰って晩御飯食べて寝ましょう」
下層への階段に到着した俺達は地上に帰るとこの世界にもある銭湯に行き、何時ものように晩飯を食って宿に戻った。
一晩1000カナなので今日も赤字だ。
だが充実感がある。
自分がしている事に意味がある。
それだけで明日も頑張ろうと気になる。
こっちに来てからずっとだが今日も気持ちよく眠れそうだ。
「では今日も頑張りましょう」
探索者の朝は早い。
それでも社蓄時代よりも遅いのでゆっくり出来る。
リッシュは俺の泊まっている宿に移って来たので今は同じ宿だ。
朝は食堂で落ち合って朝食をとって準備をして二人で迷宮へ出かけるようになった。
「君は朝から元気だな」
「今日の頑張りが明日へ繋がります。それが私の夢へと繋がりますからね」
「夢のために頑張るか。そいつは良い事だな」
これが若さだろうか。
俺は染み付いた習慣でこっちに来ても同じ時間に起きてしまう。
だがこっちに来てからは夜寝るのが早くなった。
睡眠時間は増えているがやはり朝は眠いのだがリッシュは元気だ。
「そうですよ。カイさんの夢は何ですか」
「夢? 無くしたなそんな物」
学生の頃はあった。
就職してそんな事を言っている場合でなくなった。
「何か見つかると良いですね」
純粋な笑顔が眩しかった。
「そうだな」
「元気ないですね。嫌なことでもあったんですか」
心配そうな様子にたじろぎそうになる。
人に心配されるなんて無かったし、逆に心配する事も無かった。
純粋な善意が眩しい。
だからかろうかつい言ってしまった。
「俺が契約した人にもきっと夢があっただろう。そんな人の夢を踏みにじって来たんだってね」
リッシュの手が止まった。
俺を覗き込むような瞳に何か曇りが見えた。
「お金に関する仕事と仰いましたが、人を騙してお金を取ってたんですか」
「いや違う。詐欺じゃない」
仕事でやって来た事は決して詐欺ではない。
話すべき事は話した。
だが損をするのは予想していた。
「詐欺ってのは一方的な物だ。相手を騙して金を巻き上げて姿をくらます。そうだろ」
「そうですね」
「俺の仕事は簡単に言えば投資の斡旋だった。まあ・・・俺の客は全て損をしたけどな」
「投資ならそんな事も珍しくないと思います」
リッシュの瞳の曇りが消えた。
詐欺に嫌な思い出でもあるのだろうか。
そしてリッシュは1つ思い違いをしている。
「俺の好きな言葉にこんな物がある。それはそれ。これはこれ」
「え?」
俺の甘言に惑わされたとしても結局はそいつの責任だ。本当に稼ごうと思えば自分で調べる事が出来たんだ。
それを怠った。
だからああなった。
流石に本当に詐欺だったら仕事としてやらなかった。
リッシュは俺が自分のした事を後悔して負い目に感じていると思っているようだがそれは違う。
客だった連中に恨まれてるとは思うがそれだけだ。
「だから気にしないのさ。俺の事よりもリッシュの夢が叶うと良いな」
「え? は、はい、そうですね?」
何とも言えない空気のまま朝食を終えた俺達は今日も迷宮に行く。
やはり五階層は人が多い。
そして今までもそうだが俺のようにしっかりとした装備の人間は少ない。
刃こぼれした剣だけだったり、棍棒1本とかそんなものだ。
そんな連中を尻目に俺達は下層への階段を目指して歩いていた。
現れるネズミはさらに一回り大きく噛まれたらただではすまないだろう。
けどそれだけだ。
むしろ大きくなった分剣が当てやすくなった。
拾える結晶も気持ち大きくなっている。
「一つで30カナ。けど人が多いので一日狩り続けれて運がよければ20個くらいです」
「ソロなら何とか日銭くらいにはなるか」
最低ランクの宿に泊まれば残りでその日の飯と酒代くらいにはなる。
けどそれだけだ。
「揉め事も多いらしいです。さっさと行きましょう」
世の中にはどうしようもない馬鹿がいる。
人が多ければ必ずその中に馬鹿がいる。
すぐ横道からも怒鳴り声が聞こえてきた。
自分が先に攻撃した。
いや自分が先だと。
30カナ。150円の取り合い。
「底辺」
隣からボソッと呟きが聞こえた。
辛辣だ。
俺の視線に気付いたのかリッシュは気まずそうな顔をした。
「さあ行きましょう!」
「そうだな」
午後4時くらいに下層への階段に到着。
ギルドで清算すると420カナ。
一人210カナ。
赤字である。
そしてようやく六階層である。
あれだけ居た人が一気に減った。
俺達は変わらずに下層への階段を目指していた。
周りを警戒しながら三十分程歩いていると奥の方からほんの僅かだが足音が聞こえた。
「来ますね。これは三人でしょうか」
軽い足音と共に通路の先から現れたのは二足歩行の犬っぽい魔物。
背丈は1メートルくらいだが手には錆びた剣を持っている。
ギルドで売っていたマニュアルに記載されていた最初に注意すべき魔物コボルトである。
それが三匹。
「行きます!」
リッシュがこちらに走って来るコボルトにメイスを構えて走り出すと俺も少し遅れて呪文を唱えながら走り出す。
俺から見ても技術など皆無のコボルトの攻撃だが、剣を使ってくる以上は当たるわけにはいかない。
リッシュは三匹の左側を通り抜けざまに一匹の顔面にメイスを叩き付けた、
同時に俺も魔法を放つ。
「魔力弾!」
それはリッシュが攻撃したのと反対側にいた奴に突き刺さった。
それぞれ一撃でコボルトは霧散し、最後の一匹もリッシュがそのまま叩き潰した。
あらかじめ決めておいた手はず通りに片付いた。
落ちていた結晶を拾って見ると一つ一つが五階層の物よりも小さかった。
「ギルドの買取りは一つ二十カナです。それなのに危険度は段違いです」
「確かに武器を持った敵が群れで襲ってくる。そのくせ一匹あたりは安いとくれば避けるか」
数は力だ。
ゲームでは主人公が有象無象をなぎ倒す無双ゲームなんてものがある。
だが現実はそんな甘くない。
囲まれたらまず勝てない。
こちら側が余程戦いに長けているか強力な武器でもないと負ける。
この階層ではコボルトが錆びて切れ味は悪そうだが刃物を持って三、四匹で襲ってくる。
つまりこの階層から明確に命の危険があるのだ。
だから探索者にとって五階層が一つの目安。
最低限の生活をするなら五階層で十分。
五階層なら一日頑張って運がよければ1000カナ以上稼げる。
群れで来るといっても殆どはネズミ一匹だし例え二、三匹でも負けることは無いし逆においしい。
六階層より下ならそれ以上稼げるが命の危機が出てくるしソロではきつい。
パーディーを組めば危険は減るが取り分も減る。
「目下の目標は十階層ですね。そこまで行けば一人前だそうです」
「稼ぎもな」
人が少ないせいか今までよりも多く魔物と遭遇するが全てを倒して進んで行く。
ただ真っ直ぐ下層への階段へ向かって行くだけだが、夕方には40個程の結晶が集まっていた。
もう少しと言う所だった。
今までの戦いで油断があった。
武器を持っていてもたいした事は無いと。
「カイさん!」
「え?」
通路の先から何かが飛んで来たのだ。
顔に向かって飛来したの。
それは矢だった。
あっと気付いたの時にはすぐ目の前で何も考えられずに左腕が勝手に動いた。
飛んできた物に対するとっさの行動だった。
本来ならその腕に矢が突き刺さっただろう。
だがそこには盾があった。
盾は硬い音を立てて矢を弾き返した。
目を凝らすと通路の奥には弓を構えた一匹と剣を持った二匹のコボルトがいつの間にかこちらを伺っていた。
「行きます!」
リッシュは迷わず突っ込み俺も走り出した。
遠距離攻撃があるならまずそちらを潰すのは基本だ。
リッシュが迫ると弓を持ったコボルトをかばう様に剣を持った二匹が前に出た。
しかしリッシュは剣を持ったコボルトの横をフェイントをかけて走りぬけて、もたもたと矢を番えようとするコボルトにメイスを振り下ろした。
離れていても聞こえるグチャッと嫌な音を立ててコボルトの頭が胴体にめり込んだ。
「魔力弾!」
リッシュに注意を向けた一匹に魔法を放つとそれは見事に命中しその場で結晶を残して消滅した。
続けて呪文を唱えようとするが残りの一匹はリッシュにより頭を潰された。
「怪我はありませんか?」
「大丈夫だ」
迷宮に来て初めての危機だった。
今頃になって冷や汗が出てきた。
ヒロ君が盾は持っておいた方が良いと言った理由が良く分かった
「コボルトが弓を使ってくるなんてそんな話聞いた事ありません」
今更だがリッシュは強いな。
。
それに比べて俺はリッシュの注意が無ければ避けれたかどうか。
「私がもっと注意していれば。カイさんはまだ戦いになれていないのに」
リッシュはそう言っているが今回に関しては完全に俺のミスだ。
「違う。考えておくべきだったんだ」
足元には結晶とわりと新しい弓と数本の矢。
魔物は倒すと結晶の他に稀に使っている武器を落とす事がある。
所謂レアドロップと言う奴だ。
だがコボルトはさびた剣を落とすだけ。
「殺した探索者から弓を奪ったか拾ったってとこだろうな。たまに割と綺麗な武器を持ったコボルトがいるって話を聞いた事がある」
そんな話は聞いていたんだ。
なら何故弓矢に考えが至らなかった。
自分が魔法と言う飛び道具があるのに飛び道具の恐ろしさを理解仕切れていなかった。
反省しよう。
「結構離れていたけどリッシュは目が良いのか」
俺もぼんやりとだが人影が見えていたなら警戒くらいしていた。
「コボルトが何かしているのは見えましたよ。あと連中がこっちを見て襲ってこないので何かおかしいと思いました」
「こっちに気付いたら走ってくるよなアイツ等」
コボルトは最初から殺意むき出しで襲って来る。
殺された探索者は連中の餌になる。
しかし魔物を倒しても連中の食った物は残らない。
そして一定時間が経過すると食い残しは消える。
よくあるパターンでは迷宮に吸収されるのだがその辺は分からない。
「これからは矢も気をつけて行こう」
「はい。矢反射の魔法をかけて置きます」
「一応聞くけどどんな魔法」
「聖属性の中級魔法です。飛んでくる石や矢などを跳ね返します。飛び道具に対する見えない壁のような物と思ってください」
「効果時間は? それとも回数か?」
「時間制限はありまえん。しかし重ねがけは出来ませんし一発防げはお仕舞いです。今回のような不意打ち対策ですね。王都の迷宮に矢を使ってくる魔物はいないと聞いていたので使う事は無いと思っていました。魔法には効果はありませんし」
「そうか、そんなもんか」
俺の考えていたのと違う。
名前から文字通り相手に跳ね返すと思った。
「女神の盾でもあれば良かったんですが生憎と」
「それは?」
名前から凄そうなんだが。
「完全防御の見えない盾。しかも本人には自動発動します」
「そんな便利な魔法があるのか」
あるのなら是非欲しい。
「魔法ではありません。聖女の固有能力の一つです。セイナ様が使われるのを見た事があります」
「そいつは便利だな。あるなら欲しいが、そんなものがあったら頼っちまうな」
「そうですね。セイナ様は探索者をなさってますが教会の守護者も不要と言われてソロで活動されています。あんな物があれば敵なしでしょうけど」
絶対防御でしかも自動発動で無敵とか、ゲームでボスキャラが持ってそうな能力だ。
イベントをこなしてそれを無効化しないといけないの代表みたいな奴。
「教会の守護者ってのは」
「我らカーナ様を祭る正道教会が誇る騎士隊です。街を守る騎士や兵士とは違いますが、カーナ様に誓いを立てて人々のために戦う方達です。皆さん強いですよ。聖女とて人である以上、一人では危険な場面もあるでしょう。ですから教会は探索者をされるなら、せめて一人でも側に置いて欲しかった訳です。もちろん女性ですよ」
高レベルのお助けキャラだな。
リッシュが言うなら強いのだろ。
「聖堂教会か。聖女ってのは立場的にどうなんだ。上の方なのか、それとも特別枠なのか」
こう言っては何だが聖堂教会という名もよくある気がするし、聖女がトップってのもよくある気がする。
「そうですね。正道教会の頂点は教主様ですが、聖女はそれ以上に敬われます」
「なるほど。だから誰も強く言えないと」
「そうです。我ら正道教会は人々が正しい道を進めるように手助けをするのが役割だというのにその頂点辺りにいる聖女があんなですよ」
そんな事を話しながらも出会ったコボルトは全て倒して進む。
結局、あれ以後に弓を持ったコボルトに出会う事は無かった。
「そこを右に曲がれば下への階段だ。思ったより近かったな」
時計は3時を指していた。
階層が下に行く程迷宮は広くなるが、広いからと言って下への階段が遠いとは限らない。
「集まった結晶は50個ですから1000カナくらいですね」
「少しづつ金額が上がってきたな。黒字までもう少しだな」
「はい。後で弓の事ギルドに報告しておきましょう」




