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社畜の職場


 社蓄に残業は無い。


 夕方の五時が過ぎると支店長は帰り支度を始める。


 そして五時半になると鞄を持って出て行く。


「先出るわ」


 奴はいつもそう言って出て行く。

 

 何処に出ると言うのか。

 

 帰るだけだろ。

 

 そんな奴を無視して俺達は仕事を続ける。

 

 定時など存在しないので何時までやろうとも通常業務だ。

 

 故に残業は無い。

 

 会社紹介に残業無しと書かれていたのはこういう事だったと後になって知った。


「おい雄矢。コロッケ買って来てくれ」


 日も暮れて八時を回った頃、課長がそんな事を言って来た。


「お前今日はちゃんと行って来いよ」


 偉そうに言ってきたのでブチ切れそうになるのをこらえた。


 どう言う事かと言えば、昨日の朝の朝礼後すぐに同じ事を言われたので買いに行ったのだがいつも行くコンビニに揚げ物は無かった。


 よく考えればそこは昼前まで揚げ物を用意しない店だった。


 仕方なく戻ってその事を伝えたら課長は切れた。


「嘘つくな! 買いに行くのめんどくさかったから行って無いだけやろ!」


「いや、あそこのコンビニ朝は揚げ物無いんですよ」


「そんなわけあるか! もうええわ!」


 これである。

  


「雄矢、ついでにタバコ買って来てくれ」


 出て行こうとした俺に声をかけたのは同じ課の馬場野主任である。


 主任は四十過ぎのくたびれたおっさんで、課長より年上だがいつも課長とつるんで飲みに行ったりする所謂課長の腰巾着だ。

 

 ここ勝尾株式会社神戸支店は一番上に支店長がいてその下に二人の課長がいる。


 その下に課長代理がいて主任、その下は一般社員となっている。


 つまりその年でその程度という事だ。


「わかりました」


 俺はこの主任も嫌いだ。

 

「お前どうしてちゃんと行かねえんだよ。コンビニくらいめんどくさがらずに行って来いよ」


「いや、馬場野さんだって朝は揚げ物なんか売ってないの知ってますよね」 


 前に一緒に朝からコンビに行ったから知ってるはずだ。


「そんなわけねえだろ。お前何でそんな事言うんだよ」


 こいつはいつもこれだ。


 課長の言う事を肯定しかしない。


 死ねよクソが。

 

 心の中で呪詛を吐きながらコンビに行くと丁度揚げ物は売り切れていた。

 

 そこで俺は考えた。

 

 タバコを買って帰れば行って無いとか馬鹿な事は言わないだろうかと。

 

 だがそこで思いとどまった。


 会社ビルの近くにタバコの自販機があるからそこで買って来たとか言う可能性もある。


 いや、人を疑い自分が正しいとしか考えないあの課長なら言う。

 

 仕方ない。


「すいません、コロッケ揚げてもらえませんか」


「ちょっと時間かかりますけど」


「お願いします」


 雑誌を立ち読みして時間を潰し、店員に無理を言って揚げてもらったコロッケを買って会社に戻る。


 全くどうして俺がパシリなどしなければならない。 


「遅い! お前何してんじゃ!」


「いや、コロッケなかったので揚げてもらってました」


「それなら帰って来い! 時間の無駄やろが!」


 買ってこなかったら行ってないと言うくせにこれかよ。


 本当に死ねよ。

 

「はい、すいません」


 だが謝る。


 例え俺が悪くなくてもだ。


 悲しいがそれが社会人。

 



 社蓄は運が悪い。


 仕事が終わったのは日付が変わった頃だった。


 雨の中、傘を片手に自転車を走らせていた時、後ろから凄まじい衝撃が襲った。


 吹き飛ばされ雨の路上を転がる中、走り去っていく白い車を見た。


 つまりひき逃げされたのである。

 

 頭から血が流れ激痛に襲われる中、警察へ電話し救急車で病院へ行ったが、対応した医者はだるそうに軽く質問しただけでガーゼのような物を張られただけで帰らされた。


 スーツはボロボロで頭から出血しているのにろくな検査さえしないとは、俺の運ばれた病院の医者は最悪だったらしい。


 病院のホームページにこの事を書き込む事を決意し、住んでいるマンションに戻ったらもう午前三時を過ぎていた。


 全身が痛みそのままベッドに倒れるように横になると直ぐに意識が落ちた。

 

 そして目が覚めて時計を見ると五時を指していた。

 

 社蓄の朝は早い。

 

 体中が痛い。

 

 どんなに疲れていようとも、どんなに眠くても同じ時間に目が覚める。

 

 ボロボロのスーツを抜いでシャワーを浴びて栄養ドリンクを飲んで新しいスーツを着てネクタイを締める。


 いつもの朝だ。


 パソコンの電源を入れて運ばれた病院のホームページを探してすぐに書き込んだ。


 こんな事をして何かあったら責任取れるのかと。


 同時に全国医療機関情報システムのホームページにも書き込んだ。


 冷蔵庫から缶コーヒーを取り出して飲みながら新聞を広げ、記事に端から端まで目を通す。


 そんな事をしていると六時を過ぎた。


 ああ、会社に行かなくては。


 体中が痛いが会社に行かなくてはならない。

 

 行きたくないが行かなくては。

 

 そして俺は家を出る。


 全身が引きつるように痛むし特に頭に巻かれた包帯の辺りが痛く、いつもよりもさらに重い足を引きずっていつもの時間に会社に到着。

 

 伊達がいないために朝の準備をして一息ついた頃、ようやく課長と主任が現れた。


 俺は課長の下へと向かい、夕べの事を話した。

 

「課長。昨日の夜、帰る時に車に跳ねられてひき逃げされました」


「誰が」


 馬鹿かこいつ。


 怪我して頭に包帯まいている俺が言っているのに誰がだと。


 どうしてそんな当たり前の事が分からない。

  

「いや、俺がですが」


「ホンマかお前」


 大丈夫かとかないのか。

 

 最初に言う言葉がそれか。



 社蓄の夜は遅い。


 夜の十時を過ぎた頃に家に帰ってこれた。


 遅いわけでもないが早いわけでもない。

 

 コンビニで買ってきた弁当を温めてテレビを見るともなしに見ながら食べた。

 

 ふと部屋を見渡すと埃が積もっているゲーム機がある。


 学生の時はよく友達と熱中して色々とやっていたが就職してからは全く手を付けていない。

 

 軽く汗を流し、冷たいスポーツドリンクを一気に飲んだ。


 テレビでは暑いこの時期はビールがうまいとくだらない番組で言っているが俺は酒が嫌いだ。


 何より酔っ払いが嫌いだ。


 酒に酔って人に迷惑をかける奴だ大嫌いだ。


 だから俺も酒を飲まないし、無理に薦めたりしない。

 

 パソコンをつけてネットでニュースを見て海外の話題や株の値動きを見ていると時間は過ぎ、十二時を過ぎると眠くなってくるが寝たくない。


 寝ると気がつけば朝になり、朝になると会社に行かなくてはならない。

 

 だから寝たくない。 


 1分1秒でも家にいたい。


 しかしどんなに嫌でも寝なければならないので一時を過ぎた頃に仕方なくベッドで横になったらすぐに意識が落ちた。

 

 だが次の瞬間に何かの音で目が覚めた。


 枕元でうるさく音を立てていたのは買い換えたばかりの携帯で相手は課長だった。

 

 時計を見ると二時半。

 

 俺は仕方なく電話に出た。


「はい」


「おう俺だ」


 こんな時間にかけてくるとは余程の急用だろう。


 眠気が吹き飛び部屋の明かりをつけた。


「何でしょうか」


「今から言う番号に電話しろ」


「何処ですか」


「いいから電話しろ番号は・・・」


「誰ですかこれ」


「いいから電話しろ!」 


 課長はそれだけ言うと電話を切った。


 言われた番号は俺の知る誰でもなかった。


 何が何やらさっぱり分からないがとにかく電話してみる。

 

 本当に誰だろこれ。


 呼び出し音が鳴るが出ない。


 そのまま一分程鳴らし続けたが相手は出なかったので一度切ってもう一度かけてみるがやはり相手は出なかった。


仕方なく切るとその瞬間携帯がなった。


相手は課長だ。


「はい」


「おい電話したか」


「はい、でも出ませんでしたよ」


「嘘つくな! ずっと話し中だったろうが!」


「え?」


 呼び出し中だから繋がらないのは当たり前なのに何言ってんだこいつ。


 あまりのアホさに思わず笑いが出た。


「お前何わらってんねん! 俺はな、本気でむかついいてんねんぞ!」


「いやだから、呼び出ししてるから話し中になるでしょ」


「ああ! もういい!」

 

 そして切られた。


 しかしすぐにまたかかって来た。


 今度相手は馬場野主任だった。


「はい」


「おう俺だけど。山野何か言ってたか」


「はあ、山野さんですか」


「おう、山野と何話してたんだ」


「いや、だから誰も出ませんでしたよ」


「山野にそう言え言われたんか」 


「いや、何を言ってるんですか」


「そうか、じゃあいいわ」 


 それだけ言うと切ろうとしたのだろうが後ろから課長の声が聞こえた「何て」と。


 ここでようやく話の流れが見えて来た。


 山野さんとはとなりの二課の人で課長と割と仲が良い。

 

 電話の後ろの感じから何処かの飲み屋で飲んでいて山野さんを呼ぼうとして電話したけど出なかったから俺に電話させたと。


 ふつふつと怒りが込み上げて来た。


 ふざけんなよクソが。 

 

 怒りのあまり目が覚めてしまったが朝がつらいので無理やり眠る。


 明日、もう今日になるが今日は日曜日だが仕事はある。


 あると言うか仕事をしなければならない。

 

 そして気がついたら五時だった。

 

 ああ。会社行かないと。




 社蓄の朝は早い。





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