元社畜キャンプを学ぶ
目的地の森はもう目と鼻の先。
目的地である王家の森には明日の朝に突入するため今日はその手前で休むことになった。
たき火の前で保存食で軽く夕食を済まして熱いお茶を飲んで一息つく。
「大分慣れてきましたね」
「おかげさまでね。そっちの知識は全くだったから」
俺は野外キャンプなどこの世界に来るまでした事が無いし、やりたいと思ったことも無い。
しかしこの世界では珍しい事ではないらしい。
街と街の間はただ道があるだけだ。
馬車や歩き旅の連中とすれ違う事があるが宿などあるわけもなく、日が暮れる前に野営の準備を始めて、食事をしたら魔物の襲撃に備えて交代で見張りをして寝る。
馬車の旅なら休む時は馬車で休んで交代で見張りをする。
それがこの世界の一般的な探索者の旅らしい。
硬い地面に横になって寝るので体が痛い。
最初はどこか楽しかったが比較的軽いとは言え剣や鎧を着けて1日歩くのはかなりつらい。
それは遺跡から出て街へ向かう途中での最初の夜。
日が少し傾きだした頃、ヒロ君はいつものように背負っているリュックサックのような、バックパックと言うらしい物から何やら色々取り出した。
「今日はこの辺で休みましょう」
「野宿か。やった事ないよ」
「俺も最初はそうでしたよ。とりあえずこの辺に落ちてる枝を拾ってください。薪にします」
「わかった。適当に拾っとくよ」
「俺はちょっと獲物を狩ってきます」
そう言って茂みへと消えて行く。
獲物と言ったか。
こう言った場合によくあるうさぎが思い浮かぶ。
仮に狩ってもさばいたり料理出来るのか。
そんな事を考えながらしばらく枝を拾っていると彼は帰って来たのだが、その手にはスーパーで売っているような加工された肉が握られていた。
「こいつで飯にしましょう」
「それやけに綺麗なんだけど」
「森の中にいた角の付いたうさぎをやればこうなります」
「どういう事かな」
「殺すとこういう状態になります。ゲームのドロップアイテムみたいな感じです。深く考えなくて良いですよ。迷宮は違いますが地上ではそうなります」
「ちょっと何言ってのか分からないな」
ゲームじゃあるまいし。
いくらファンタジーでもだ。
「ゲームみたいなものですよ」
「なら剥ぎ取りとかは」
俺は何を言っているんだ。
それこそゲームだろう。
「ありません。倒したらこうなります。この世界はそう言った事があります。地上の探索者はこうやって必要な物を集めます。でも必ずドロップするわけじゃないんで」
「まさか敵倒したら金を落としたりしないよね」
「それはありません。経済破綻しますよ。おっ、ちょうどいいのが来ましたね」
視線の先は俺の後ろ。
振り返るとサッカーボールくらいのうさぎがいた。
ただし額に小さい角が生えているが。
「やってみてください」
簡単に言ってくれる。
だが何時かはやらねばならない事だ。
やり方は何故か分かる。
掌をうさぎに向けてそこに意識を集中してつぶやく。
「全ての力の源よ。集い貫け。魔力弾」
体から何かが抜けた感覚と共に掌が一瞬熱くなり、ドムッと鈍い音と同時にウサギよりも大きな黒い玉が出た。
魔法だ。
魔法が出た。
しかし当たる寸前でウサギは軽く飛びのいた。
魔法とは言え飛び道具。
当然相手も避けれるなら避けるだろう。
そして避けたなら次の行動は向かってくるか逃げるかだが、まあ来るだろ。
俺は次の呪文を唱えた。
「全ての力の源よ。弾け貫け。魔力散弾」
再び掌に何か集まる感覚がして、バンッと何かが弾けた音と共に黒い針のような物が無数に飛び散った。
それは飛び掛ろうとしたうさぎだけを穴だらけにした。
なるほど。
これはショットガンだな。
ショットガンを至近距離から食らわしたら片付けには箒と塵取りが必要になると言うジョークが浮かんだ。
大量の血を流して動かなくなったうさぎは空気に溶けるように消えて行き、後には何も残らなかった。
「ドロップは無し。こいつは殆ど肉が出るんですけど運が悪いですね」
じっと自分の掌を見つめて見る。
魔法が出たが特に何か変わった所は無い。
体に疲れた感じも無い。
「この世界に来たばかりで何の問題もなく魔法を撃てる。やっぱりずるいな」
彼はそんな事を呟きながら俺の集めた枝の束に指を向けた。
「発火」
指先から小さな火花が飛び散り枝が燃え上がった。
火種の魔法か。
「こいつは発動のために呪文の類が必要ありません。無属性魔法だからカイさんなら使えるはずですよ」
「無属性だと。火じゃないのかい」
火花を飛ばすのに無属性とはこれいかに。
「はい。石をぶつけて火花を散らすような物です。やってみてください」
よし、やってみよう。
魔法の使い方は何となく分かるとしか言いようが無い。
ローさんからもらった三つの魔法も使えると確信があった。
指を枝に向けて何となく体の力をそこに集中して唱えてみた。
「発火」
指先からパチパチと火花が散った。
「おお・・・何か簡単すぎて何と言うか」
「そんな物かもしれませんね。俺は一から全部学びましたけど」
「一から全部かい」
「はい。俺は能力もらったりしてませんから。だから魔法も剣術も最初は手探りでした。後になって剣術とか教えてもらうようになってようやく形になったってとこです」
「それは大変だっただろう」
「ええ、あれはあれで楽しかったですよ。けど」
ヒロ君は顔を曇らせた。
「もっと強くなるために貪欲であるべきでした。こんな何でも切れるし先読みが出来る剣なんて持ってたせいで、探索者として困らなかったんですよ。けど考えるべきだったんです。同じ物を持った奴と敵対する可能性を」
何でも斬れるだけでも反則だろ。
それに加えて先読みだと。
「気になってたんだけど、その剣は特別な物なのか」
もしかして時間移動したのも剣の力なんだろうか。
「そうです。こいつは世界に七本ある聖剣の一本で二本で一対になる剣です、限度はありますが時間を操ります」
「それってある意味無敵じゃないのか」
戦いでも常に相手の先を読めるし失敗したら戻れば良い。
「そうですね。俺もそう考えてました」
いつの間にかすっかり日が落ちて辺りは暗く焚き火だけが明かりだった。
火の反対側に座っているヒロ君の顔は暗く疲れ果てて、かつて鏡で見た俺のようだった。
つまりひたすら後悔し続けていたる。
俺もそうだ。
あんな会社に就職したのが間違いだったんだ。
「もう良い頃合ですね。味付けは塩しかありませんけど」
ヒロ君は話しを断ち切って、勤めて明るい声で袋から塩を取り出した。
細い枝に一口サイズに切り分けられて突き刺したウサギの肉から油が落ちてパチパチと火花と良い匂いがする。
「どうぞ。熱いですよ」
差し出された肉の塊にかぶりつくと見た目焼き鳥だがうさぎの肉はとてもうまかった。
「貴方は亡くなったと聞きました。とある相手と戦って一人だけ生き残った仲間の人に」
「俺死ぬの? でも仲間って」
「そうです。貴方の魔法とかその人に聞きました」
「俺がそんな事まで話す仲間か。ちょっと想像出来ないな」
「あえて名は言いません。もしかしたら仲間にするかもしれないし、しないかもしれませんしね」
一人でやっていく予定なのに仲間がいたとか。
何か心境の変化があるのか、腕を無くしたらしいからそのせいで一人では厳しいと判断したのかは分からない。
それでも死ぬのか俺。
「負けイベントをぶち壊せる万能無属性魔法。それがあれば奴をやれます」
「無ければ」
「いくつか条件が必要なんです。未来ではそいつを満たす事が不可能でした。なにより貴方がいない」
「そいつ魔王配下って言ったよね。つまり人は負けたって事かい」
「多分。俺が時間移動した後世界がどうなったかは知りません」
「なら俺達がいた時間は。条件そろわないって事なのかい」
彼の出発した時間では無理だったんだろうが俺達が会った時間では駄目なのか。
なら今である理由は何か。
「そうですね・・・貴方が来るまで十日程で色々調べましたがあの時間では既に不可能でした。この時間を選んだのは出来る限り過去で倒しておきたかったからです。アレは存在が害悪です」
つまり時間を移動するのにも限度があると言う事か。
そして相手を倒さないと未来は無くてそれが出来るのは俺だけだと。
責任が重い。
責任となるとどどうしても思い出してしまう事がある。
あれはそう、その月、成績が出ていない課長代理と言う役職である柳さんに課長が言った。
「お前今月出て無いやんけ! どうなってんねん!」
「すみません」
「すみませんちゃうやろ! 気合あれば新規の一件くらいとれるわ!」
そんなもので取れてたまるか。
隣の浅野さんもまたかと言った顔をしている。
「騙してでも良いから取って来い! ケツくらい持ったるわ!」
浅野さんと目が会った。
あんな事を言ってはいるが課長が責任を持つとは思えないんだよな。
その目がそう言っていたので俺は黙って頷いた。
柳さんはその数日後に大口の契約を一件取って来た。
課長は偉そうに出来るなら最初からやれとか言っていたが相当無理したんだろう。
翌月になると柳さんにやたら同じ相手から電話がかかって来るようになった。
そのたびに大丈夫とか言っていたがどう見ても大丈夫ではない。
「柳さん何かあったんですかね」
「ああ、どうやら元本保証で契約したらしいぞ。しかもプラチナで」
「うわぁ・・・よりにもよってプラチナですか。確か今月に入ってから暴落してますよね。今日もストップ安じゃないですか」
つまりもし相場が逆に行って損失が出たらそれを保障するからやって欲しいと言って契約したが相場が逆に動いたせいで損失が発生した。
ただでさえ値動きの読めない貴金属。
この暴落でもう最初の金どころかその三倍以上の損失が出ているはずだ。
ストップ安とは一日でこれ以上は値段が下がらない限界を指す。
恐ろしいのはストップ状態になったら注文を入れる事が出来なくなる事だ。
つまり取り引きを終了するための注文すら入らなくなる事を意味する。
連日止める事も出来ずに増え続ける損失。
日に日に死にそうな顔になる柳さん。
ちなみにここで言うプラチナは工業用なので本来はそこまで大きな値動きもないはずだった。
この時何がどうなってそんな値動きをしたのか色々言われているが、はっきりとした原因は結局誰にもわからなかった。
だが値段は暴落し続けて柳さんは追い込まれ、課長は本当に騙すなと怒り支店長は知らん振り。
結局、客とどんな話になったのか知らないが柳さんは仕事を辞め、最後まで課長はお前が悪いとしか言わなかった。
俺の知っている責任のある奴らなどそんな連中だ。
当然だが元本保証は絶対にやってはいけない禁止事項である。
「カイさんカイさん」
「うん、どうかしたかい」
「いえ・・・死んだ魚みないな目で何かブツブツ言ってましたよ。大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫。うん大丈夫だ」
どうやらまた思考があっちへ行ってしまったらしい。
「ところで精神を落ち着かせる魔法ってのをかけてもらったんだけど、俺にも使えるかな」
「精神を落ちかせる魔法ですか。生憎俺はその魔法を知りません」
「知らないのか」
「はい。けど俺が使えたとなると・・・ふむ」
過去のヒロ君が使えた魔法を未来のヒロ君が使えないとはどういう事だ。
ヒロ君はしばらく考えていたが何か思いついたのかポンと手をついた。
「分かりました。元の時代に戻ったら教えられると思いますよ」
「そうなのかい」
「はい。それから少しの間だけど戦い方を教えましょうか。魔法はその、生憎攻撃魔法の類は得意ではないので剣になりますけど」
「それはありがたい。是非頼むよ」
さっき連続で魔法をぶっぱなしたが二発目を撃つ前に攻撃されていたらどうなったか分からない。
剣と盾を勧められたのは当然だった。
ここは言葉に甘えよう。
こうして毎晩少しづつ剣の稽古してもらうようになった。
出来たら剣術を役に立てる機会が無いようにしたいものだ。
「ところで前に行ってた中ボスって何だい。そろそろ教えて欲しいんだが」
「それはですね・・・」