2 策士
宰相であるルーナの父親、ヴァルガンと国王は乳兄弟であり、両家は親しい関係にあった。
その子らが年の近い男児と女児であることから、ルーナが生まれてまもなく、二人を婚約者にしようとする動きがあった。
国王夫妻は信頼している乳兄弟の子と愛する息子を婚約させることにすぐに賛同したが、宰相はなかなかに渋った。
ルーナの4歳上の兄、デルフィオは後に宰相として仕えることが決まっており、レオンとともに城で過ごすことが多かったため宰相は我が子を取られたとかなりいじけていたのだ。
そのため彼はルーナを王家の人間に会わせないよういろんな人間に箝口令を敷いた。
「王子にルーナの話をしてはいけない」とデルフィオに真剣に命ずるほど徹底ぶりである。
その後のらりくらりとヴァルガンに子供たちの婚約を躱され続けた国王はルーナが4歳、レオンが6歳になっていた頃、宰相の妻、リシアナが次女を産んだとき、ついに本格的に行動に移した。
大変大人気ないと分かっていたが、8歳になったデルフィオがレオンとともにいる時を狙って声をかけたのだ。
「やあ、デルフィオ。君のとこには二人目の妹が生まれたらしいね。喜ばしいことだ。名はセレナといったかな。」
「はい、陛下。まだ僕も会ってはいないのですが、父上と同じ紫の目をしたかわいらしい女の子だそうです。」
デルフィオは何の躊躇もなくセレナについて嬉しそうにしていたので、まだヴァルガンからの箝口令は出ていないようだ、と王は内心ほくそ笑んだ。
レオンはあまり興味のないようで己の亜麻色の髪が風でそよそよと揺れているところを見ていた。
注意力散漫なレオンに嘆息しつつ、デルフィオと二人目の妹について話に花を咲かせていく。
普段、妹、ルーナの話を他人にすることを禁じられているデルフィオはここぞとばかりに妹愛を語っていた。
―彼女は本当にかわいいのです。兄さま、と駆け寄ってくる姿は本当にかわいらしい。
(ルーナのことか)
その言葉を聞いたとき、王は後々ヴァルガンにこっぴどく叱られるであろうデルフィオの姿を想像し心苦しくなったが、もう十分待ったか、と思い直した。
「ほう、それは一人目の妹のことか。今年で4つになったのだったな。」
あえてルーナの名は出さずに、セレナのことを語る熱量そのままに、まだ見ぬ息子の婚約者について語ってくれるよう促した。
そのとき、レオンがこちらの話をじっと聞いていることに気づいた。
やはり彼も、王からその存在については聞いていたものの詳しく質問することは禁じられていた、一人目の妹には興味があったのだろう。
「ええ。ルーナは、それは、とても、かわいいのです。髪の色は僕と同じ銀色なのですが、彼女の髪はもっと美しいのです。月明かりの下に立つとまるで月の女神のようなのですよ。それに瞳の色は父上よりも薄い、美しいオーキッドの紫で、肌は陶器のように白く、ほほえみを浮かべるとー」
そこでデルフィオは自分の口が4年間秘密にしていた、愛する妹の容姿をとくとくと話していることに気づき、一瞬で血の気の引いた顔でレオンの方をばっと見た。
今のは、遠くの親戚の話で…とかなんとかレオンに言い訳している。
あなたに合う身分の子ではありませんので、と。
―どうやらこいつもルーナを王家に渡したくないと思っている。
親が親なら子も子だな、と苦笑しながら我が子を見るとレオンはまっすぐに国王を見ていた。
「父上、僕はそのご令嬢にもう会ってもよいと言うことでしょうか。」
―こいつ今までわざと興味ないふりをしていたな
レオンの真剣なまなざしを見てそう思う。
しかるべきタイミングまで備えていた息子に少し感心し、わずかにほほえんでやった。
「そうだな、ルーナについて箝口令が敷かれていたデルが話してくれたのだ。我が愚かな乳兄弟のお許しが出たのではないか?」
いいえ、いえいえいえ、そういうわけでは全くもってないのです…!
父上はまだまだと…!
どんどん青ざめていく顔でレオンと王の顔を交互に見るデルフィオは次にレオンが口にする言葉が分かっているのだろう。やめてくれ、と美しい顔をゆがめている。
「父上、宰相殿にルーナ嬢に会いに行くとお伝えしてもらってもよいですか。」
決定事項じゃないですか…!と嘆くデルフィオを横目に、少し姑息すぎた手段に反省の念を抱き、王は、すぐに伝えようと政務室に向かった。
そこには後で用があるから控えていてくれと伝えておいた宰相がいるはずだ。
国王の去った部屋には顔面蒼白な未来の宰相と、それを慰める王子が残された。
悪いな、といいつつ王子の目はわずかに笑っていた。
未来の宰相踊らされまくる…。