フーレン伯爵家のお嬢様
メーネさんが馬車の中から去った後、俺はずっと横になっていた。
否。横になっているしか無かった無かったと言うべきだろう。
一度起き上がろうとしてみたのだが、目ざとくメーネさんに見つかってしまったのだ。
その時は威圧感溢れる笑みで強制的に寝かされていたのだけど·········
「退屈だ·········。俺はここでこんな風に寝てて迷惑じゃないのかな·········」
いくら助けて貰えたとはいえここでずっと寝ているのは気が引けるのだ。
でも多少治まったとはいえまだ足が痛いのも事実だ。
だからずっといろいろなことを考えて過ごしていた。
例えば、何故言葉が通じているのかや、ここはなんという国なのか、とかだ。
「·········言葉が通じることはメーネさんとの会話で分かったけど、文字とかはよめるのかな·········?」
実際俺が会話したのはメーネさんだけだからまだなんとも言えない。
さすがにメーネさん以外と会話が出来ないなんてことは無いと思うけど·········
「今更だけど俺、まだ名前すら名乗ってないのにな·········」
メーネさんの質問を受けていたから名乗るタイミングが無かったのも確かだけど。メーネさん自身も最後に名乗ったし。
「ただ忘れてたってことはない気がするけどな〜。
あの人真面目そうだったし」
俺は今ここの人達にどう思われているのかが分からない。
さっきのメーネさんの話だと一時的にどっかの国のスパイだと、疑われていたらしいが·········
俺がそんなことに悩んでいるとキィと音を立てて俺の居る馬車の扉が開けられた。
「目が覚めましたか?」
それが馬車に入ってきた人が最初に言った言葉だった。
「·········あの、失礼ですがあなたは?」
俺は扉からそーっと入ってきた女性にそう言った。
「よかった。もう大丈夫みたいですね」
その少女……いや、幼女は俺がしっかりと話しているからもう大丈夫だと判断したらしい。
まだ足は痛むし、起き上がろうとすると怒られるから俺としては万全とは言えないのだけど·········
「申し遅れました。私はフーレン伯爵家長女のルルフィリア=フーレンと申します。以後お見知りおきを」
俺が対応に困っているとその少女は丁寧に自己紹介をしてくれた。
これはこれはご丁寧に·········
って、今この人伯爵家長女って言ってなかったか!?
さっき聞こえたお嬢様ってこの人なのか?
「あ、あの俺、いえ私の名前はヤマト、と言います。申し訳ありません。無礼を働いたこと、お、お詫び申し上げます」
俺は元の世界で読んだラノベ知識で得た貴族に対する挨拶というのを実践させられた。
パニクったせいで噛んでしまったが。
ラノベの主人公が言っていたようなことをそっくりそのまま言っただけだが·········
いくら助けて貰ったとはいえ相手は貴族だ。そう思うと体中が汗が吹き出て来る。
起き上がりたくともいきなり来た緊張のせいで起きあがれない。
いくら日本に貴族とかいなくても地位とかはわかる。
変な対応をすれば確実に面倒なことになる。それくらいはわかった。
「えっと、ヤマトさん·········でしたね。実はメーネからあなたの事情は聞きました。
別に私は貴方について詮索はしません。ただ、メーネによると貴方と私は同い年らしいので·········少しお話させて貰っても良いですか?」
ルルフィリアと名乗る少女は俺にそう言ってきた。
怪しいはずの俺に対しても丁寧に接してくれ、しかも所々難しい言葉を使っていることからこの少女が良い育ちなんだと実感させられる。
俺が5歳の子供に言葉遣いで負けを感じていた間、ルルフィリア様はいろいろと話してくれていた。
もちろんちゃんと聞いていたぜ。
人の話はちゃんと聞かないとな。
「────それで、これから向かっているのは私の故郷であってお父様の領地の中心地であるフーレニアという街なんです!周りを森や山などに囲まれていてとってもきれいなんです!」
このルルフィリア様は話を聞く限り、自然が大好きらしい。
普段からお付の人一人連れて山によく行っているらしくて、山の木の実とかが大好きなのだという。
俺はお嬢様が結構なアクティブ少女だったことに面食らったが。
そうしている間もルルフィリア様の話は続いていた。
いつの間にか彼女の特技の話になっていたが話を聞いているととても興味深いことが聞けた。
ちなみに、メーネさんから料理を習うのが最近の趣味なのだという。
ルルフィリア様曰く、この世界には魔法が存在している。
そして腕を磨いて王宮に上がるのが夢なのだという。
異世界転生といったらやはり魔法だと思ってはいたが、やはりあって安心した。
それからもお嬢様といろいろと話をし、途中から俺も何とか起き上がって話すことが出来た。
この会話で俺はこの世界のことや人々のことなどいろいろなことを聞けた。
この国の名前や大陸の名前とかもだ。
とにかく俺は色んなことをルルフィリア様に聞いた。
その全てに優しく答えてくれたその姿は自分と同じ5歳とは思えないものだった。
俺は内心、この出会いに感謝していた。
この世界のことに関しては全くの知識を持っていない俺に知識を与えてくれたのだから。
俺は感謝の念を抱きながらこのあと、彼女の父親が現れるまでルルフィリア様の話を聞き続けたのだった。
そして、これが世界を変える物語の始まりの出会いだとはまだ誰も知らなかった··················