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8)魔導師の張り込み



 ――町役場に手を回したのリヌスかな。

 ジェイが特待生になるまでブラウ売り続けたいのにな。ガルハさんもうすぐロバ買えるって言うし。

 ロバ銀貨20枚って安いな。そこら中で飼われてるとか言ってたけど。ほとんど犬猫の感覚? だから安いのか。ジェイとリサがもうすぐロバ来るって嬉しそうだし。



 最近リディアは悩んでいた。

 ガルハ家で町長の話を聞いたからだ。

 町長は町民に尊敬されていた――おそらくキルバニア州の皆からも尊敬されている。


 キルバニアではリドンが採れる。

 だが町長はリドンが採り尽くされたときのことを考えてリドンの採掘以外の産業をキルバニア州に興そうと力を入れていた。

 キルバニアの町長は代々キルバニア州を護るために尽力していた。


 州立学園に特待生制度を作ったのも今の町長だった。


 ――町長さん多忙そうだよね。

 キルバニアの運営は実態は県の規模だからね。


 ガルハ家での情報によるとキルバニアの町の実務は副町長である町長の子息が行っている。

 町長は「州代表」の仕事をしている。

 古来よりそういう形なのだという。


 ――放蕩王子の隠し子の世話なんかやってられないよね。

 私の養育の世話をしたのは町長じゃなくて秘書とか執事とかだよね。

 そう言えばリヌスとジュリアンさんたちがザイルズさんの家を調べてたとき話してたっけ。

 町長はザイルズさんの家があんな森の中の一軒家だと知らなかったって。

 あのジーコ夫妻を赤ん坊の養育係にした奴はどう考えても悪意があるけど。

 でも町長はそれを知らなかったのかな。

 イバが赤ん坊を虐待してたって知ったとき町長さん顔青ざめてたよね。

 赤ん坊が死んだって聞いたとき本気で落胆してたみたいに見えたし。

 ・・リヌスがあのときたしか執事のこと言ってた。

 執事を疑ってるみたいな言い方だった。

 話の途中からだからよく判らなかったけど。

 あのとき話を最初から聞けてたらな。

 でも町長邸の執事さん悪いひとに見えなかったのに。

 私がブラウ売りに行って執事さんが玄関開けてくれたときもにっこりしてくれたし。

 ・・そう言えばジョゼはたしかあの執事さんを「侍従長」って呼んでたっけ。

 執事の格好してたけど。

 でも「侍従長」って執事さん呼ばれてた。

 町長邸には侍従長みたいな執事と怪しい執事と二種類居るのかな。

 なにしろ「キルバニア州代表」の邸だし。

 執事がふたりくらい居てもおかしくない・・のかな。



◇◇◇◇◇



 「秋季中期1日」にキルバニアでは秋の収穫祭が行われる。

 来週の末が祭りの日だ。

 リサが楽しみにしている。

 ガルハ家は畑の収穫で忙しくしていたが秋祭りまでには一段落だよと言っていた。


 リディアは秋祭りまでにリサやジェイと手を繋げるようになろうと魔法の猛特訓をしていた。


 リディアは幻惑で10歳児に化けている。

 本当は1メートルを少々かけるくらいの身長しかないのにプラス30センチくらいは幻惑で大きく見せている。

 腕と手だけでも幻惑を実体化させてなんとか手を繋いで歩きたい。


 半年くらい前にリディアは新年の祭りを町に見に行きあまりの人混みに大人の付き添いのない幼児は通りを歩けず早々に隠れ家に帰った。

 今回もリサやジェイと手を繋げなければ同じことになりかねない。


 風魔法で物を運ぶことは出来る。

 濃密な魔力を込めた風に物を乗せるのだ。

 同じように魔力で作った幻惑の腕と手の部分だけ魔力密度を高め実体化させればなんとか出来そうに思えた。


 資料保存所での調べ物以外はキルバニア州立学園を覗いて勉強魔法の鍛錬と忙しい日が過ぎていた。



 キルバニアの町で服やパンを買った帰り。


 リディアはガルハ家の近くまで来たときに強い魔力波動を感知した。


 ――魔獣・・違う。魔導師。


 リディアは急ぎ結界で自分の魔力波動を覆う。

 視力を魔法で強める。


 木陰に潜むようにひとりの青年が佇んでいる。


 ――あれ、あのひと・・。

 リヌスとジュリアンさんと3人でザイルズ邸を調べていた魔導師のひと。


 ジュードはちらりとリディアの方に鋭い視線を投げ探るような様子をしていたが、しばらくして諦めたのかまた視線を戻した。

 リディアは納屋の影からジュードの様子をうかがう。


 ――本物の魔導師って目つき鋭いよね。

 ・・って私も魔導師の端くれに入るのかな。

 もしかして私のこと見張ってるの?

 困ったな。

 明日はガルハ家にブロウを卸に行く日なのに。


 リディアは毎週末ガルハ家でブロウを売りお昼をご馳走になり帰る。

 5ヶ月くらい続いている。

 ガルハは週末にリディアからブロウを買うと明くる日の週初めには町役場に売りに行っている。

 おそらく明日も誰かが見張りに付くだろう。


 ――どうして魔導師さんが見張りにかり出されているのかな?

 事情を知っているひとを増やしたくないからかな。

 どうしよう・・。

 もう町長さんは疑ってないけど。リヌスに捕まるのは困るんだよね。

 幻惑バレるし。

 困ったな。

 リディアの姿に戻ってリヌスに保護される・・として本当に町長邸が安全なのかな。

 怪しい執事はどうなったのかな。

 ディアナ王女の娘が生きていると判ったらどうなるのかな。

 シュールデル王国は手を出してこないのかな。

 ヴェルデス王家はディアナ王女をシュールデルに差し出そうとしてたのに。

 キルバニアはヴェルデス州と対立することにならないかな。


 リディアは急いで考えとりあえず今は捕まりたくないと結論する。

 だがガルハ家にはブロウを卸したい。


 リディアは買い物の入った袋を担ぎ直すと隠れ家に走った。


◇◇


 荷物を隠れ家に下ろすとブロウの群生地に走る。

 いつもと同じくらいのブロウを刈り取り束にして買い物に使っている袋に入れて担いだ。


 ――間に合うはず。

 ジェイの学校が終わる時間はまだだよね。


 リディアは学園のほど近くに着くとぐったりと壁に寄りかかった。


 ――はぁ限界だ・・。


 森の隠れ家から州立学園まで普通に歩けば2時間はかかる。

 魔法で身体強化し風魔法も使って身体を支えなんとか走り通した。

 魔力もだいぶ使った。


 ――日々過酷なおかげで否応なく魔法が上達するよね。幼児のくせに。

 大丈夫かアタシ。

 汗・・かいた・・。


 思わず浄化魔法を使ってから魔力が消耗していたことを思い出す。

 よけいにぐったりしてしまった。

 しばらくじっとしてから気力を振り絞って黒髪を隠しているスカーフを巻き直した。

 幻惑の魔法では黒髪を違う色に変えられなかった。

 透明化は出来るくせに自分の姿を成長させた幻惑しか出来なかった。

 2歳児の髪を染めるのは良くない気がして染髪も出来ずスカーフで覆うしかない。

 若草色のスカーフを巻いて後ろでリボンを結っている。


 壁に寄りかかり休んでいるうちにキルバニア州立学園は授業が終わったらしく学生たちが校門から溢れるように出てきた。

 学園の広い敷地はレンガを積み上げた壁に囲まれ学舎も赤煉瓦造りだった。

 3階建ての学舎は3棟建っている。

 それぞれ初等部と中等部と高等部の学舎だ。


 リディアは紺色の上着が中等部灰色の上着が高等部の学生だとジェイから聞いていた。

 初等部は制服がないのでみな私服だという。


 ――そうだ、ジェイのやつ私が贈った服着てるかな。


 リディアはジェイが格好いい服を着て学園に通えるように服をプレゼントした。

 「強いひと」が小さいころ着ていた服だからあげると言って何枚も渡した。

 ジェイは、

「こんな気取った服着られない」

 と渋っていた。


 リディアが校門の側で出てくる学生たちを眺めているとジェイが出てきた。

 ジェイはちゃんとリディアが選んだ服を着ていた。


「ジェイ!」

 リディアは思わず声をかけた。


「リディア。どうしたのこんなところで」


「お使い物で来たの。

 ちょっと用事があって」


「え、あそう・・」


「どうしたの?」


「いや別に」


 ジェイは興味津々でこちらを見ている周りの学生たちの目に潜にため息をついた。

 明日皆にからかわれる自分の姿が目に浮かぶ。


「あのね、それで私まだ用事が済んでないから行かなきゃいけないんだけど。

 明日ジェイの家に行けそうにないからこれ渡しておこうと思って。ブラウ」


「え、そうなの?

 来られないの?」


「うん。ごめんね。

 お金はいつか行けたときでいいってお父さんに言っておいて」


「そうか・・判った」

 ジェイは教科書の入った鞄を肩にかけブラウの袋も一緒に軽々と担いだ。


「荷物が増えちゃったね」


「このくらいなんでもないよ。

 でもアニスが来ないとリサががっかりするだろうな」


「よろしく言っておいて・・」


――私もがっかりだよ。

 エリお母さんのご飯食べられないし。

 せっかく手を実体化できたからベルジュのほっぺを触れると思ったのに。

 いつまで見張りが続くのかな・・。


「来週の祭りには行けるんだろ?」


「もちろん!

 あ、来週は町で待ち合わせしよう」


「家から一緒に行けないの?」


 ――来週も見張りが居るだろうなぁ・・。


「町で待ち合わせがいいの。

 大通りに入ってすぐのところくらいで」


「判った。じゃぁ大通りの一軒目の雑貨屋でいい?

 お昼丁度に。

 お昼は屋台で食べるんだよ」


「うん判った!」



◇◇◇◇◇



 ジュードはどっぷり日が暮れたのち町長邸に戻った。

 あてがわれている客間に落ち着いたころドアがノックされた。


「開いているよ」

 ジュードが応えるとリヌスが入ってきた。


「駄目だったようだね」

 リヌスはジュードがくつろいでいるソファの向かいに座りながら吐息混じりに声をかけた。


「ああ。

 ただ収穫があったけどね」


「収穫?」


「ガルハ家の会話を盗み聞きした」


「・・それで?」


「ジェイという少年が話していた。

 収穫祭にアニスという少女と待ち合わせをしたと」


「アニスと・・?」


「リヌスが言っていた少女だね」


「そうだ」


「少女と一家の楽しい秋祭りを台無しにしてもいいならとっ捕まえられるな」


「とっ捕まえるとかそういう言い方は止めて貰えないか。

 ただ逃げないように保護して話をしたいだけだ」


「ハハ。

 苦しい言い方だな」


「・・秋祭りは台無しにする気は無いよ。

 アニスが彼らと接触していることが確認出来たのだからそっと近寄らせてもらう」


「近寄るのは難しいだろうな。

 彼女はリヌスが思う以上に優れた魔導師だよ」


「なにかあったのか?」

 リヌスが眉間にしわを寄せた。


「張り込み中午後早い時刻に魔導師の魔力波動を感知した」


「アニスの?」


「多分ね。

 その途端、魔力波動が消えた」


「逃げたのか」


「あるいは隠したのか」


「隠せるのか?」


「瞬時に結界を張る能力があればね。可能だ。

 その後ジェイ少年が帰宅してアニスと待ち合わせをしたと報告した」


「・・つまりアニスはジュードに感づいて一家の家に近付くのを止めジェイとどこかで会い、待ち合わせの相談をした?」


「そう推測するのが妥当だな。

 さて触れずに窓の鍵を開けリヌスの足下に風魔法を施せる魔導師をどうやって逃げないように保護するのかい?

 ジェイ少年を人質に取るとか?」


「町民に無体なことはしない。

 彼らにアニスへの伝言を届けて貰ってもいい」


「君が穏やかな方法を思い付いてくれて嬉しいよ」


「アニスはザイルズ邸の剣や本を盗んだかもしれないんだが?」


「リヌス。

 アーディン家はもしもアニスがリディアを保護してくれたのなら剣も本も礼に贈るだろうよ。

 あの家をそのまま贈っても足りない。

 イバという女がただの鉱山送りになったことを我々がなんとも思ってないとでも?」


「ジュード。

 イバは今頃縛り首になった方が楽だったと思っているだろうよ。

 バーゼルムの鉱山は生き地獄だ。

 あの女の鉱山を選んだのは祖父だ」


「へぇ。

 それで? 執事は?」


「監視している」


「監視の結果は?」


「熱心に仕事をしている。

 見張りを付けているが怪しい者との接触は今のところない。

 執事の過去の交友関係と我が家の仕事で疑わしい者と関わったことがないか調べ直している」


「調べ直し?」


「念入りに調べたのだがなにも見つからなかったので再度調べ直している。

 動機が見当たらない」


「アドニス王子は王女をシュールデルに差し出さなかった件で『国を裏切った』と思われていたんじゃないのか」


「そんなことを思っているのはよほど無学な連中とヴェルデス州の者だけだ。

 執事は無学では務まらない。

 キルバニアではヴェルデス州とヴェルデス王家の評判は良くない。

 ヴェルデスがシュールデルの言いなりになって王女を差し出せと言い出したことは守銭奴のヴェルデスらしいとしか思ってない。

 ユギタリアが侵略される前の統計ではキルバニア町民の8割がヴェルデス王国からの独立支持だ。

 シュールデルの国境がヴェルデスに近付いてしまったので今は王国の安定支持だろうけどね」


「なるほどね。

 動機がない?」


「執事は祖父に激怒されて青くなっていた。

 アドニス王子の隠し子の世話の手配はあれで良いと思い込んでいたと言い訳していた。

 言い訳が酷すぎる。

 祖父はリドン採掘場の監督の仕事をさせる者が他に見繕えたらおそらく執事をどうにかするんじゃないかな」


「どうにかとは?」


「さぁ?

 祖父が執事に関しては私になにも言ってくれないので放置かと思っていたが執事の後釜を探していた。

 あれ以降やたらな人間は採掘場や邸に入れない。

 身元が完璧に信頼できる人間だった執事が、あの手ひどい不始末をしでかしたのだからね。

 それに祖父は私の知らない間にあの件にさらに調べを入れていた」


「他にもまだ情報があったのか」


「祖父に聞いて教えて貰った。

 あの養育係の女は窓を閉じきった部屋で赤ん坊の世話をしていたのではっきりとは判らないのだがね。

 1歳半で行方が判らなくなるまで女はリディアの髪の手入れなど全くしていなかった。

 リディアの髪は伸び黒っぽい色をしていたらしい」


「・・ヴェルデスには黒髪は居なかったな」


「ああ。

 祖父はザイルズ邸を調べさせて細い黒髪も見つけていた。

 ザイルズ将軍は黒髪だろうしユギタリアから嫁いでこられているジュリアンの姉上も黒髪だ。姉上には子も生まれている。

 だからリディアの髪か判らないがね」


「なぜリヌスに町長殿は言わなかったのかな?」


「特に理由はない。

 秘密にする積もりもなかった。

 孫などにわざわざ報せる情報でもないだろう。

 私がアニスを追っていることを祖父に報せていないのと同じだ。

 ただこれらのことを考え合わせるとリディアはディアナ王女の子である可能性が高くなる。

 もしもそれを祖父がもっと前に知っていたのなら。

 それに赤ん坊が元気だったら。

 色々と違っていた」


「どう違っていたというのだ?」


「おそらくユギタリアの王子王女は死なずに済んだんじゃないかな。

 キルバニアにユギタリア王家の血筋の娘が居るのにシュールデルが捕らえている王子王女を皆殺しにするのは良くないとあの能なしのシュールデルもさすがに思っただろうよ」


「・・そうだな。

 言い伝えでは『ユギタリア王族にしかユヴィニは採掘が出来ない』だからな。

 ユギタリアの採掘場限定ではない。

 だがそんな交渉をしたらキルバニアが関係のない戦争に首を突っ込むことになるだろう?」


「もちろん覚悟は要るな。

 祖父の一存で決められることでもない。

 だがディアナの娘が居る可能性をほのめかすだけでも状況は変わっていた。

 セイレスがシュールデルに軍事侵攻されることを祖父は危惧していたのでね。

 まぁこれは単なる私の推測だ。

 たとえ、そういうことがなくても一国の王子に頼まれ祖父は引き受けた。

 赤ん坊ひとり保護するだけだ。

 それを無残な結果に終わらせたんだ。

 だが私としては執事の動機が見つかるまでは口がきける状態にしておいて欲しいんだ。

 どうしても気になるのでね」


「判った。

 それでは魔導師に頼んだらどうだ?」


「君以外に?」


「心奥を覗ける魔導師がいるんだ。

 少々面倒なところに居るのだけどね」


「どこだ?」


「治癒院だ。

 彼女は動けないのでね。

 ジギタスの治癒院に居る。

 侵略のあと親族の手でユギタリアから避難している」




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― 新着の感想 ―
[一言] ジェイがリディアと呼んでいますが、その後はアニスと呼んでいます。 伏線でなければ誤りかと思います。
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