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5)両親の行方



 まる3週間森に籠もっていた。


 精神的に参ったために食欲は今ひとつだった。

 おかげでパンを買いに行く必要がなかった。


 泉に行き沐浴する。

 もうすぐ暦は「春季終期」になる。「夏季」はあと少しだが外で沐浴するには早い。

 魔力を纏ったり火魔法を使い身体が冷えないように気をつけながら浴びる。

 泉に映る顔は幼児の顔だ。


 ――もうすぐ1歳8ヶ月か。

 まだ小さいな。

 私そう言えば少し母に似てるかも。


 母の姿はぼんやりとした思い出の中に仕舞ってある。

 まだ2歳なのでよく判らないが目鼻立ちが似ている気がした。


 ――父上はどんな顔かな。


 ふとリディアは思った。


 ――ちょっと待てよ。

 私母に似てるんだよね。


 リディアはいつも幻惑で10歳児くらいに成長した姿に化けている。


 ――若様は母を知っていたはず。

 ということは私のことディアナ王女に似てると思ってたんじゃないかな。

 顔でバレる?

 ……それはないよね。リディアは2歳児なんだから。

 おまけに生きてる可能性低いし。

 他人のそら似だと思ってるよね。

 もしかしたらそれで優しくしてくれたのかな。

 若様に両親のこと聞ければいいのにな。


 リディアはキルバニアの学校の授業を覗いてヴェルデス王国について詳しくなった。


 ヴェルデス王国はリディアの思っていたような国ではなかった。

 そもそも州の造りも違った。


 ヴェルデスでは町に周りにある幾つもの村が従属している。

 町という親分に村という子分が幾つも付いているようになっている。

 ヴェルデスで言う「町」は配下の村を含めての町だった。


 そういう「村を従えた町」が幾つも連なって州が作られている。

 それでひとつの州が小さな国くらいの大きさになっている。


 実際その昔はひとつひとつの州は独立した小国だった。

 隣の大国に対抗するために5つの州が同盟を結びヴェルデス州の州代表を国王と決めヴェルデス王国になった。


 キルバニアの町長はリディアが思う以上に偉いひとだった。


 ――そう知ってしまうと臆してしまうよね。

 両親のことは知りたいけど。

 お金貯めて5歳くらいになったらヴェルデス州に行こうかな。

 若様にさりげなく両親の話を聞こうか。

 ・・私にそんな誘導尋問みたいな高等な話術はないよね。



 この日は久しぶりにブラウを収穫して町長邸に行った。

 ジョゼが出てきてくれて薬草を渡していると

「あら、この子なに?」

 とふいに声をかけられた。

 焦げ茶色の滑らかな髪をふわりと肩に垂らし金茶色の目をした綺麗な若い女性だった。


 ジョゼが、

「薬草売りの子ですよミライア様」

 と答えてくれた。


「へぇ」

 とミライアはじろじろとリディアを見た。


 ジョゼがリディアに銀貨を払っていると

「そんな草にそんな銀貨を払うの」

 とミライアが嫌な顔をする。


「とても状態の良いブラウなので安いくらいです」


 ――おや安いくらいだったの?

 知らなかった。

 薬屋の爺はホントに性悪だったんだな。


 と、リディアが考えていると、

「ミライア私の客人に絡まないでくれ」

 いきなりリヌスの声がした。


「あらリヌス」

 ミライアが喜色満面となった。


「久しぶりだったねアニス」

 リヌスはミライアを無視してリディアに頬笑みかけた。


「久しぶりです若様」


「ハハ。

 若様はやめてくれ。

 リヌスでいいよ」


「ちょっとリヌス。

 そんな薄汚れた子を名前で呼ばせるの」


 ――薄汚れた・・? 変だな。

 ちゃんと洗濯してるのに。

 浄化魔法も使ってるし。

 買ってからそんなに経ってないし。

 綺麗だよね。


 リディアが自分の服を見下ろしていると

「汚れてないよ。

 可愛いよ」


 ――若様も女たらしだな。

 もしかしてうちの父上と女たらし友達とかじゃないよね。


 リディアは密かに不安になる。


「オバサン趣味だけじゃなくて幼女趣味もあったの?」

 ミライアが嫌みな言い方をした。


「そう言えばミライアなにか用かい」

 リヌスの口調がかなり冷たい。


「明日の王立劇場の観劇エスコートをお願い」

「断る」

「なんですって!」

「断る」

「お父様に言いつけるわよ」

「祖父に言いつける」

「まっ」


 リディアが怒りながら出て行くミライアの後ろ姿を眺めながら、

 ――仲いいな。

 喧嘩するほど仲がいいって奴かな。

 などと思っているとリヌスが、


「アニスちょっと話があるんだけどいいかな」

 リディアに声をかけた。


「はい」


 リディアは両親の情報を得るためにリヌスと親しくする積もりだったので躊躇無く答えた。


 リヌスはリディアを小さな居間に連れて行った。


「座って」

 リヌスに言われリディアはソファに行儀良く腰を下ろす。


「アニスの家はどこにあるの?」

 とリヌスがいきなり尋ねた。


「森のそば」

「森のどこ?」

「すぐそば」

「アニスの両親はなんてひと?」

「言わないと駄目なの?」

「どうして秘密にする?」

「どうして聞かれるのか判らないから」

「私はアニスを心配しているだけだよ。

 なにをやってるひと?」


 ――なにやってるのかな? 私もそれを知りたい。

 でもなにか答えなきゃだな。

 父は逃走中かな。それとも無事なら女たらしやってるのかな・・。

 母はたぶん働いてないよね。


「ニート・・と接客業・・」


 リヌスが困った顔で、

「ニートってなにかな?」

 と尋ねる。


「仕事しないでぼんやりしてるひと」


「・・そう。

 あのねアニス」

「はい」


「アニスはなに者?」

「10歳児」


 リヌスが額に手を当ててため息をついた。


「アニスは私の知っているひとにとてもよく似ているんだ。

 とてもね。

 ディアナ王女。

 知ってるかな」


「知ってます」

「どれくらい知ってるの?」

「ユギタリア王国の王女様」

「それから?」

「綺麗なひと」

「それから?」

「それだけ」

「ホントに?」


 リヌスが食い入るようにリディアを見つめる。


 ――どうしようかな。

 言っちゃおうかな。

 言わない方がいいかな?

 迷うな。


「言わない方がいいかな」


 つい口に出してしまった。


「言った方がいいと思うよ。

 私は味方だよ」


「ホントに?」


「アニスはユギタリア王国の子だね?」

「半分は・・」

「半分? もう半分は?」

「ヴェルデス王国」

「ヴェルデスの何州?」

「ヴェルデス州」

「ヴェルデス州か・・。

 アニスのご両親はキルバニアに居るんだね?」

「知らないの」


「じゃぁアニスは今誰と暮らしてるの?」

「言わない」


「言った方がいいと思うよ。

 言ってくれないとこの邸から出さない」


 ――リヌス本気なのかな?

 ・・あれ・・心読めない。魔力が邪魔で。

 そうか魔力の高いひとの心は読みにくいのか・・。


「意地悪するの?」


「意地悪じゃなくて保護するため」


「リヌスなにが言いたいの?」


「説明するよ。

 我が家はユギタリア王国の幼い子供を保護していた・・実際は保護出来ていなかったんだけどね。

 その子が行方不明になったとたん君が現れた。

 しかもユギタリアの幼子の母にとてもよく似ている。そっくりなんだ。

 偶然とは思えない。

 その上アニスは森で採ってきたと思われるブラウを持っていた。

 幼子は森で行方不明になった。

 でもその行方不明の子はどうやら見知らぬ誰かに保護された可能性が出てきた。

 その子は虐待されていて・・酷い目に遭っていた。

 生きているはずもないような目に。

 でも生きていた。

 誰かが死んでしまわないように世話をしていた可能性がある。

 その子は夜は一人きりだった。

 だから夜の間に世話をされていたのかもしれない。

 少なくとも死なない程度の世話を。

 アニスはもしかしたらその子を助けたひとの関係者じゃないのかい?」


「あ・・リヌス」

「なんだい?」

「当たらずとも遠からず」

「ホントに?」


 リディアはこくりと頷いた。


「アニスリディアはどこに居る?」

「言わない」

「アニス!」


 リディアはリヌスが手を伸ばして来たので思わずソファから飛び上がって逃げた。

 触れられたら幻惑であることがバレるからだ。


「待って!」


 リディアがドアに駆け寄るのをリヌスは先回りして封じた。


「乱暴はしないから頼むから逃げないで」


「お話まだあるの?」

 リディアが首をかしげると

「もう少し」

 とリヌスが縋るように言う。


「アニスリディアは保護されてるんだよね?」


「あのねリヌス」


「なんだい?」


「情報は情報と交換するもの」


「なにか情報が欲しいの?」


「うんそう。

 ディアナ王女とアドニス王子はどこに居るの?」


 リディアが尋ねるとリヌスは哀しげに顔を歪ませた。


「あもういいわ。

 哀しいところに居るのね」


「・・まだ判らない」

 リヌスは苦しげにそれだけ答えた。


「判ったら言って。

 そうしたら私も答える」


 リディアは部屋から出ようとしたがリヌスは立ち塞がったままだ。


「じゃぁアニス。

 ふたりの行方が判るまでここで暮らさないか?」


「ううん。

 帰る」

 リディアは首をふった。


「アニス。

 頼むから言うことを聞いてくれないかい?」


「帰る。

 どいてリヌス」


「どかない。

 アニスの家の場所は?」


「森のそば」


「アニス。

 どうしたら言うことを聞いてくれる?

 なんでも条件を飲むよ。

 言ってくれ」


「今日は帰る」


「そうしたらまた絶対に来てくれるかい?」


「うん」


 ――いつかはるか遠い未来に来るかもね。

 とリディアは胸のうちで呟く。


 リヌスの表情で両親の生存はほぼ絶望的と判った。

 国の裏切り者のアドニス王子は母とどこかで死んだのだろう。


 リディアが最も知りたかった情報――両親の行方――が判らないのなら危ない町長の居るこの邸に来る意味はなかった。


 ユギタリア王国が滅びようとしている情報なら大事件なのだから町長邸でなくともどこかで話を聴けるはずだ。


「いつ?」

 とリヌスが尋ねる。


「ブラウが摘めたら」


「3日後でいいかい?」


「ムリ」


「やっぱり邸から出せないな。

 アニスの家には私が遣いを出すから家の場所を教えて」


 リディアは風魔法で窓の鍵を操作。

 バタリと窓が開いた。


 リヌスが窓に顔を向けた隙に走り出す。

 リディアを追うリヌスの足下に風魔法を纏わせ動きを鈍らせる。


「言わない」

 リディアは答えてから窓を飛び出した。





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