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3)ザイルズ邸再調査



 ヴェルデス王国。


 キルバニア州の州都であるキルバニア町にほど近いイーラント樹海。


 樹海の奥には魔素と瘴気濃度の高い危険地帯がある。

 「瘴気の森」から魔獣がはぐれ出てくるため町民は近付かない。



 リディアが森に逃げ込んでから3週間経った。


 ガルハ家の情報によるともうすぐ「春季前期1日」で新年だという。

 麦を蒔く春がここでの新年になる。

 リディアの前世で言えば4月1日くらいか。


 1年は364日、約30日ずつ12ヶ月に分かれており前世での1年とほぼ同じだ。


 リディアが逃げたのが「冬季終期1日」。

 おおよそ前世なら3月1日くらい。


 ――どうりで寒かったわけだ・・。

 もう少し暖かくなってから逃げ出すべきだったな。


 幸い森の奥は瘴気と魔素の関係でじゃっかん気温が暖かかった。

 隠れ家の樹の枝葉に護られザイルズ邸で見つけた分厚い外套に包まっていたおかげで風邪をひかずに過ごせた。

 だんだん暖かくなっているので無事に春を迎えられそうだ。



 森に沿うように流れる川には魚がいる。

 俊敏で動きが速い。

 リディアは川に雷魔法をかまして気絶した魚を掬い取る。

 木の枝の串に刺し火魔法で焼いた。

 川の水が綺麗だからかこんがり焼けた皮も柔らかい身も美味しい。


 ――醤油少し垂らしたらもっと美味しいのにな。

 幼児だから塩分は控えめでいいけど。

 1歳半だから少しは塩要るよね。

 塩と服ももう少し欲しいな。

 また盗むしかないのかな・・。


 隠れ家に戻るとキルバニア町の様子を見るために風魔法を飛ばす。


 ――町に孤児院があったら入れて貰えないかな。

 でも悲惨な孤児院だったら困るよね。

 それに孤児院も探される可能性あるか・・。


 キルバニア町の端にあるガルハ家の家族は変わらない様子。

 リディアはあれからもガルハ家に風を飛ばして子供たちの勉強を見ていた。

 おかげでキルバニア町がキルバニア州の州都であることを知った。

 キルバニア州には14の町が含まれ規模は大きい。

 キルバニア町長は『州代表』として国の会議にも列席する。

 町長邸は『州代表』邸でもあった。


 ――たしかに町長邸は立派だよね。


 町の中心に行くと大通りには2階建てや3階建ての瀟洒な建物が建ち並び人通りも多く賑わっている。

 町長の邸からほど近い町の中央広場では市場が開かれていた。

 出店がたくさん出ている。


 ――この広場で出店を出してなにか売ればお塩と洋服が買えるかな。

 タロイモ売れるかな。河で獲った魚とか。

 イバが熱心に探して摘んでいた薬草。

 あれとか売れるんじゃないかな。

 問題は私がまだ幼児という点だ。


 そこで魔法を使って化けることを考えた。


 身体強化魔法で筋肉に魔力を纏わせることは出来る。

 それを応用して身体から少し離れたところに魔力を纏わせた。

 纏わせた魔力で幻影を作りだす。

 幻影はリディアが成長した姿にした――というかようやく出来たのはそれだけだった。

 元の身体から大きく逸脱するのは難しかったので10歳くらいになった。

 それでも1歳半よりはマシだ。


 イバがいつも摘んでいた薬草はよく覚えている。

 イバは必死に探していたがザイルズ邸の周りはとっくに採り尽くしていた感じだ。


 リディアは森の中を歩き回っているので薬草の群生は何カ所も見つけていた。

 いくらでも採れるけれど薬草の群生はどれもかなり森の奥なので採取の難しい薬草と思われる。たくさん持っていくと目立つだろう。

 ほどほどにしておく。


 ――これで準備は万端かな・・?

 いや駄目じゃん。

 私薬草の名前すら知らないし。

 薬草の値段いくらにする?


 イバはこの薬草をかなり必死に探して摘んでいた。

 安い薬草じゃないはずだ。


 ――市場で同じ薬草が売ってたらそれと同じ値段にすればいいか。


 リディアはイバがいつも一日がかりで摘んでいた薬草の優に8倍位は分量のある薬草を眺める。


 ――これで服が買えるかな。

 ところで私喋れるかな。

 なにしろ一度も喋ったことがない。

 話し相手がいなかったから。

 エリお母さんの家族のおかげで話し言葉は毎日聞いていたけど。


 意を決して今生で初めて声帯を使ってみた。


「喋れる・・かな。

 あ喋れた」


 ――なんかアホな第一声になってしまった。



 明くる日。


 意気揚々とキルバニア町に向かう。

 ガルハ家族が住む家の前を通りさらに40分くらいも歩き中央広場へ。

 リディアはここまでですでに2時間以上は歩いていた。

 身体強化魔法のおかげでなんとか歩けている。

 初めての町に興奮状態だったため疲れを忘れていた。


 ――うわぁ初めてきたぞキルバニア。

 通行人に見られている気がするけど気のせいだよね。

 黒髪が珍しいのかな。

 でも黒髪のひとも少しは町に居るみたいだし。

 薬草を束ねて担いでるからかな。

 袋に入れてくれば良かったか。


 リディアは色々不安になりながらも中央広場に着いた。

 ・・ところが。

 広場には出店がひとつもなかった


 ――・・市場やってない・・。

 もしかして週末しかやってないのかな。

 ショック・・。


 リディアは広場の真ん中でしばし迷いどこかの薬屋で売ってみようと思い立った。


 ――それとも八百屋さんで売れるかな。

 薬草だと思い込んでいたけど。

 ハーブティの原料かもしれないよね。

 そうしたらお茶屋かな。


 心中ぶつぶつ言いながら薬屋を探す。

 広場に沿う大通りを歩き回っているうちにリディアは見知ったひとを見つけた。

 通りの向こうから歩いて来る。

 すらりとした若い男性。亜麻色の髪に茶色い目をしている。


 ――お。若様じゃん。

 本物は男前だね。


 前に見たときは風魔法越しなのであまり容姿を鑑賞した気がしなかった。


 ――魔力を介した情報って目で見た情報と少し違うよね。

 若様は魔力がそこそこあるような気がしたけど目で見た感じだとそういう情報は感じにくいっていうか。

 ・・あ薬屋さん発見。


 リヌスを観察していたおかげで気付かず通り過ぎるところだった。

 リディアは薬臭い匂いのする「薬屋」と看板が出ている店に入った。


 頭髪薄めの男性が店に居た。


 リディアは「なんて言おう・・」と迷いながら肩に担いだ薬草を手に持ち替えた。


「ほうブラウを持ってきたのか」

 と薬屋の主。


 ――そうかこれブラウというのか。

 ひとつ収穫だ。名前がわかったぞ。


 リディアがなにも言わないうちに

「売りに来たんだろ」

 と店主が問う。


「はいそうです」


 ――よしよしマトモに喋れてる。

 じゃっかん幼児っぽい口調になってるけど。


 店主はリディアの薬草の束を見て

「そうだな。銀貨2枚出してやろう」

 と値を付けてきた。


 ――さてこれは良い値なのか値切られたのか。


 リディアは薬草の束に視線を落とすフリをして店主の表情を風魔法で伺う。

 店主の心中を読んでみる。


『見慣れぬガキだ。服も粗末だ。

 2枚で十分だ』


 ――あこいつ駄目な奴だ。


 リディアは薬草の束を担ぎ直し、

「やっぱ他の店行きます」

 とそそくさと出ようとした。

 すると店主は思いのほか素早い動作で戸口の前に立ち塞がった。


「もう商談は成立したんだよお嬢ちゃん」


 店主が薬草の束に手を伸ばしてきた。

 リディアは軽めの雷をその手にかまして遣った。


「うっ」

 店主がひるんだ隙に戸口をすり抜けるようにして店を出た。


 ――なんだよこの世界。

 酷いオトナばかりじゃん。

 人間不信になりそうだな。


 リディアは足早に歩きながらどうしようもなく落ち込み始めた。


 ――もしかして私この世界では人間関係運最悪なのかな。


 リディアがどん底に落ち込みかけていると、

「お嬢さん」

 と声をかけられた。

 振り返って身構えるとリヌスがいた。


「その・・薬草はどうしたんだい?」

「摘んできたの」

 リディアは警戒しながら答えた。

「売るの? それともどこかに運んでる?」


 リディアはしばし返答に迷い、

「売ろうと思って辞めたところ」

 と答えた。


「あの店に?」

 リヌスがリディアが先ほど出てきた店を指さした。

 薬屋の主が店から出て辺りを見回しリディアを見つけたらしいがリヌスがそばに居るので躊躇している様子。


「うんそう。

 売るのを断って店を出ようとしたら捕まりそうになった」


「なるほど。

 では私に代わりに売って貰えないかな。

 銀貨5枚でどうだろう?」


 ――薬屋の爺の言い値の倍以上だ。


「売ります」


 リディアは思わず即答してしまった。



◇◇◇◇◇



 リヌスは「金を払うから」とリディアを町長邸まで連れてきた。


 リディアは若様のくせに銀貨5枚持ってないのかなと不思議だったがお坊ちゃまは案外現金を持ち歩かないものなのかもしれないと思い直した。


 リヌスは表玄関からリディアを招き入れ、

「お茶でも飲んでいくかい?」

 と優しく言ってくれた。


 ――若様なかなかやるな。モテるだろきっと。


 リディアはしょうもないことを思いながら、

「遅くなるから。帰ります」

 と答えた。


「家まで送ってあげるよ」

「歩けるから。大丈夫」

「この薬草は危ないところで採ってるんじゃないよね?」

「自分で行けるところ」

「そうか。気をつけるんだよ」


「はい」

「それでねまた採れたらここまで売りに来てくれないかな」

「同じくらいの束?」

「無理なら少しでもいいよ。

 ブラウは今品薄になってるから。

 少しでも助かるな」


「品薄なの?」

「ブラウは寒い時期は少ないからね」


 ――そうなんだ。森の奥にはわんさか生えてるから知らなかった。


「また持ってきます」


「そうしたら私が邸に居るときがいいな。

 昼休憩の時間には居られるから」


「判りました」


 ――昼休憩には居られる?

 昼休憩以外は仕事? 学校かな。

 たしか若様は学生だったよね。


「もしも私が居られないときがあったら・・」

 リヌスはしばし考え、

「少し待っててくれ。

 ここで動かないで」

 と言い「ジョゼ、ジョゼ」と廊下で名を呼ぶと、


「リヌス様お呼びですか」

 金茶色の癖毛の年若い侍女が奥から小走りでやってきた。


「この子がブラウを売りに来たら買ってやってくれ。

 この束で銀貨5枚で売ってくれる」

 とブラウの束をジョゼに見せた。


「まぁたくさんですね」

 ジョゼが頬笑む。


「昼の時間に来てくれるからね」

 とリヌスはジョゼに教えてから

「君の名前は?」

 とリディアに尋ねた。


「アニス」


 リディアは用意しておいた名前を告げた。

 もしも名前を聞かれるようなことがあったら答えようと考えておいた名だ。

 父の名前アドニスからアニス。

 母の名前は知らないので父の名を使った。


「アニス可愛い名前だね」

 リヌスは優しく頬笑んだ。



◇◇◇◇◇



 リディアは銀貨を5枚持ってジョゼに聞いた洋服屋に行った。

 服や下着を何枚も買った。

 銀貨はけっこう使いでがあった。

 靴や靴下髪をしばるリボンや塩とパンも買った。


 ――やった今生で初めてのパン。

 めっちゃにこにこしてしまった。


 そのせいか小さなパンを一個おまけしてくれた。


 ――このパン屋さんまた来よう。


 果物も買った。

 肉の匂いに釣られそうになったが1歳半には屋台の焼き肉は早いかもしれないので辞めておいた。


 ――一人暮らしで看病してくれる人が居ないのにお腹壊したら悲惨だからね。



◇◇◇◇◇



 町長邸に薬草を売りに行くようになりひと月が過ぎた。


 リディアは週に一度か二度薬草を運んだ。

 おかげで金に不自由しなくなった。


 ジョゼとも親しくなり薬草を売るついでにお喋りをした。


 リヌスは最近シューデンブロウという町の学園を卒業し家業――つまりキルバニア町の運営の仕事を手伝っているという。

 リディアが逃走した1週間後くらいに卒業したらしい。


 ブラウを売りに行くとなぜ喜ばれるのかも判った。

 この地域にはキルバニア南部病という風土病がある。

 外の地域で採れた未精製の穀類や豆類を摂取しないと身体がだるくなる病になる。

 それほど重いものではないが仕事に差し支える。

 とくに妊婦には辛いという。

 ブラウを陽に干した茶を飲むと改善される。

 ブラウは畑の栽培には適さず森や山で品質の良いものが採れる。

 昨年は雨が少なく乾燥に弱いブラウの収穫が減った。

 そのためブラウは高値で取引されていた。


 キルバニアで学校も見つけた。

 リディアはザイルズ邸の本を読むために授業を見学させてもらっている。

 学費タダで学校を利用しているとも言える。


◇◇


 今日はタロイモ畑の柵造りをした。


 リディアのタロイモ畑は森の奥にある。


 森の奥へ行くと野犬や狼や猪は見なくなる。

 その代わりたまにやたらデカい蛇や目の赤い真っ黒い熊や毒液を吐いてくる猿などが居る。

 ちなみにブラウの群生はその辺りに多くある。

 物騒な連中は魔力波動で近付いてくるのが判る。炎撃や雷撃よりもレーザーカッターが効くと判ってからは斃すのが簡単になった。魔力を持った獣は胸の辺りを裂くと綺麗な石が採れるので取っておいてある。


 ところでここいらの猪はタロイモが好きらしく大きく育った旨そうな芋を猪が食べてしまう。

 そこでリディアはタロイモの苗を掘り取って物騒な魔獣がうろつく猪の居ない日当たりの良いところに植えてみた。

 魔獣どもはどれも肉食な感じなので芋なんぞ食べないだろう。

 タロイモ畑の柵を作るのにカマイタチで丸太切りをやった。レーザー混じりのカマイタチ魔法も開発してみた。

 タロイモ畑の作業を終えた帰り魔力波動を感知した。


 ――なんだろ。


 風魔法を飛ばす。

 騎馬の一行がザイルズ邸に向かっていた。

 リヌスも中にいた。


 ――また調べるのかな。

 もうあれから2ヶ月近く経ってるのに。


 間もなく彼らは到着した。ザイルズ邸の庭先に馬たちを繋げると戸の鍵を開け中に入っていく。

 3名の男性。リヌスと腰に剣を差した体格の良い若者と黒いローブの魔導師。


 黒いローブを羽織った男性が血の跡が黒々とついた床を見回し、

「なるほど」と呟きしばし後、

「・・兎の血だ」

 と答えた。


「兎の血・・?

 人間の赤ん坊の血は?」

 リヌスが戸惑う。


「感知できる限りでは含まれていない・・。

 む・・?」


 魔導師が風魔法で様子を見ているリディアの方を向いた。


 ――マズい。


 リディアは慌てて風魔法を断ち切った。


 ――くっそぉ、情報が手に入らない。


 リディアは急いで考えた。

 彼らがなにを判ったかぜったいに知りたい。

 だが風魔法は使えない。

 近付けば魔力波動を感知されるだろう。


 ――魔力を封じ込めるような感じで身体全体を覆えばいい。

 いつも幻惑をかけるときは相手に幻影を見せるように魔力で身体を覆う。

 でも見せるのではなくただ覆えばいいんだからもっと簡単にできるはず。

 雨が降ったときに雨水をはじく結界を作るけどあれでいいか。


 リディアは魔力で結界を張るとザイルズ邸に向かって走り出した。





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