23)本当の犯人
フィーナが幻惑で身を隠しながら村で食べ物をくすねて来た帰り、草原を駆け抜けるリオンを見つけた。
リオンはフィーナが幾つかカマイタチなどの攻撃魔法を教えただけで兎を狩れるようになっていた。身のこなしから目つきからすっかり狩人の少年だ。
「王妃なのに泥棒するの?」
リオンが無邪気に尋ねた。嫌味だろうとフィーナは苦笑する。
「側室だよ元側室」
「僕も元王子」
リオンが頬笑む。
――子供は強いねぇ。
笑えるんだから。
フィーナもおかげで笑えるようになった。
夜には風避けの岩陰にテントを張り、落ち葉を敷いて潜り込みふたりで話しながら過ごした。テントは蔦で編んだ布にリオンが錬金術で樹液を皮膜状に覆わせ防水布に仕立てて作った。
フィーナはリオンにユギタリアでなにがあったのかを残らず話している。
最初のうちリオンはシュールデルへの憎しみと復讐で心がいっぱいだったがフィーナが時間をかけてひとつひとつ全てを話して聞かせたところ
「もしかしたらお祖父様が駄目だったのかな」
としょんぼりと言い始めた。
「シュールデルを許す気にはなれないけどね。
とはいえあの国の上層部は戦争反対派もだいぶ居たはずなんだよね。
諸悪の根源がどこかに居る。
そいつを見極めたいんだよ。
闇雲に復讐しても謎が解けないだけじゃなくお門違いのことを遣りかねない。
私は本当の犯人が知りたくてね」
「うん。僕も知りたい」
「国王はねたしかに途方も無い脳足りんだったけどね、少なくとも性悪ではなかった。
有能な側近らが脇を固めれば善政を敷くことも出来ただろう。
だがシュールデルの間者がそれを壊していった。
あの大量の間者たちを寄こしたのはシュールデルのどいつだったんだろうね。
あの間者たちをユギタリアの王宮に受け入れたのは第二王妃だけじゃない。
宰相も悪だった。
まぁ宰相はシュールデルに殺された可能性があるけどね」
「そうなの?」
リオンが目を見開く。
「風魔法で様子をうかがっていたからね。
宰相はなぜかある時期からシュールデルの軍人らに疎まれるようになっていた。
宰相への軍人たちの態度があからさまに酷くなっていた。
宰相の顔色もどんどん悪くなっていた。
ユヴィニの採掘が上手くいかなかったのと関係があるんじゃないかな」
「どういう関係?」
「デマを流した奴とデマに騙された奴という関係だよ。
シュールデルの連中はユヴィニ採掘に関する情報はほとんど知らなかったんだろうね。
シュールデルは第二王妃の王子王女らがユヴィニを採掘できると思っていた。
誰かがシュールデルにデマを流したんじゃないかな。
シダルタしか採掘できないことをシュールデルは最後まで気付かなかったんだね。
つまりだからユギタリアの王室管理局はシュールデルとは関わっていなかった。
王室管理局にはシュールデルの内通者は入り込んでいなかった」
「王室管理局はシダルタ叔父上しかユヴィニ採掘できないこと知ってたの?
お祖父様はユヴィニ採掘に関しては王族しか知らないって言ってたのに」
「王室管理局は王族のその他の情報は残らず知ってるからねぇ。
前国王が体調を悪くして王太子が政務で会議漬けだったときもユヴィニは採掘できてただろ。
シュールデル出身の第二王妃は自分の産んだ王子王女に魔導師の訓練なんかひとつもしなかった。おかげで採掘場の洞窟入り口が海面に出たときしか行けない。
リオンの父上は学園で学んでた。
第二王女は病弱だ。
さて? 誰がユヴィニの採掘をしてたんだろね?」
「そうか・・王室管理局にはバレてたんだ・・」
「そういうこと。
それからユギタリアの軍部はユギタリア国王を嫌っていた。
国王が主導して軍部にシュールデルの間者を入れたから。
だから軍部がシュールデルの間者に食い荒らされたのは国王のせいだね。
軍部には元々はシュールデルの間者は入っていなかった。
ここまで見ていくとユギタリアを内部から荒らしたのは王宮と宰相に見える。
第二王妃をシュールデルの女に決めたのは誰だったのかな。
私は当時王太子だった国王と王妃が決めたと聞いているけれどね。
そもそも王妃たちにシュールデルの女を紹介した者は誰かな。
あの辺りからユギタリアが傾き始めたんだよね」
「第二王妃をシュールデル出身の女に決めたのは宰相だってお祖母様は言っていたよ」
「あぁやはり宰相なんだねぇ。
宰相はシュールデルとどういう繋がりだったのかな。
宰相の妻はシュールデル人ではなかったし・・どこの国の女だったっけ。
カウストラスだったか・・」
「ヴェルデス王国だよ」
「おやまぁよく知ってる。
それは初耳だ・・」
「お祖母様が言ってたからね。
宰相はヴェルデスから高価な土産をたんまり貰ってるって。
お祖母様は侍女に小遣いを握らせて情報を仕入れたんだ」
「なんとまぁ・・。
なんでまた王妃はそんなことを?
宰相が怪しいからかい?」
「宰相の妻がやけに高価で異国風なドレスや宝飾品を身に付けてるから。
それに髪が金茶色で目立ってたから。
侍女に探らせたんだ」
「・・そういう理由ね。
その情報を国のために使って欲しかったわ・・」
「お祖母様は侍女から色々聞いてたよ。
宰相の妻はヴェルデス州からカウストラスに養女に行ってそれから宰相の妻になったってさ。
僕が勉強で側に居られないときもクラウスはそういう話を聞いて僕に教えてくれた。
クラウスはお祖母様の話をオウムみたいに繰り返し僕に話すのが好きだったから」
リオンは弟のことを思い出したのか声が寂しげになった。
「つまり宰相の妻はヴェルデスからカウストラスの家に養女に出され出自を擬装された上で宰相と結婚したわけね。
出自を隠したのは後ろ暗いところがあったからだろ。
ヴェルデスとくっついていたのか・・」
「なにか悪いの?
ヴェルデス王国はシュールデルと違うよね。侵略国家じゃない。
ヴェルデス王国にディアナ叔母様が嫁いで暮らしてたよね」
「ヴェルデスのあの王子はアレなりにディアナを大事にしていたようなんだよ。
だからディアナと結婚したあとはヴェルデス州にはけっして行かなかった」
「ヴェルデス州は駄目なの?」
「リオンはまだ学んでいないんだね。
ヴェルデス王国のヴェルデス州はならず者なんだよ。
ヴェルデス王国は『王国』と名が付いているけれどね。
実質は連邦国なんだ。
ヴェルデス、ターレ、ニルス、シューデンブロウ、キルバニアという5つの小国の寄せ集めだ。
ヴェルデス王国が建国された当時は周辺国が荒れていてね。
やむなく大国に見せかけた。
それでキルバニアとターレはヴェルデス代表を王にするのは本音では嫌がっていた。
でもヴェルデスとニルスとシューデンブロウがヴェルデスを推すから、どうしてもヴェルデスが王になる。
ヴェルデス王国はリドンの採掘量や価格や販売先を州代表で集まって決めてたんだけどね。
ところがヴェルデス州は他の4つの州から集めたリドンを勝手にシュールデルには多く売りセイレスやジギタスには少なく売っていた。
それでキルバニアとターレが猛抗議した。
でもヴェルデスは仲間のシューデンブロウとニルスにしか違約金を払わなかった。
おまけにヴェルデスが州境の盗賊や海賊から金をせしめて捕まえずに見逃していると判ってから軍事同盟も見直された。
ヴェルデスは信用されていない。
キルバニアとターレはそれらの経緯をけっこうあからさまに喋ってるからね。みんな知ってる話だよ」
「そうか・・。
それでヴェルデス州はシュールデルと癒着していたということ?」
「そうだね」
「そのヴェルデス州と宰相はくっついていた?」
「そういうこと」
「じゃぁ・・ヴェルデスがユギタリアを駄目にしたの?」
「戦争を呼び込んだ」
「どうして?」
「戦争の結果ユギタリアの王族は消えユヴィニは採掘できなくなった」
「うん」
「おかげでユヴィニに次いで魔法陣用インクとして優秀なヴェルデスのリドンが求められるようになる。
きっと高く売れることだろう」
「・・それで・・? それだけのことで?」
「ヴェルデス州はそういうことを遣りかねない」
「くっそぅ!」
「リオン。
まだ熱くなるんじゃないよ。
まだ確認できたわけじゃないんだから。
急いては事をし損じるってね。
それに復讐は簡単にできるんだから」
「どうやって?」
「生きてセイレスに行き着けばいいんだよ。
それでセイレスの青藍銅でユヴィニ生成をするんだ。
ユヴィニが出来たらヴェルデス州には売らない。
未来永劫売らない。
シュールデルにも。
それであの二カ国は国力を地の底まで落とすことだろうよ」
「ずいぶん優しいやり方だね」
リオンは不満そうに顔をしかめた。
「私は案外血生臭いことは好きな方だけどね。
でも負ける喧嘩はしない主義なんだ。
もう味方が血に染まるのは見たくないからね。
叩き潰すにしても十二分に相手を弱らせてからだ」
「僕も負ける喧嘩はしない」
「賢い子だね」
フィーナは頬笑んだ。
「・・でも僕にユヴィニ生成出来るかな・・」
リオンは首に下げているユヴィニを手に取った。
シダルタがリングの形に成形しフィーナに渡していたものだ。
リオンとクラウスの手本にするために。
フィーナは革紐を付けてリオンに与えた。
「大丈夫。
ちゃんと指導してあげるから」
「フィーナお祖母様が?」
「任せなさい。
安心してセイレスに行こう」
「うん!」
フィーナには考えがあった。
ユギタリアの魔導師は物質の根源についてと根源が発する魔力波動を感知するやり方を学ぶ。
青藍銅はユヴィニと魔力波動が似ている。
おそらくほんの少し根源を変えればユヴィニになるくらいに。
ユギタリア王家にはユヴィニと青藍銅の根源がどう似ていてどう違うのかその知識が代々伝えられているのだろう。
リオンに魔力波動を感知する訓練をさせ青藍銅の根源をわずかに変えてみなさいと指導しよう。
根源を変えるのはそうとうに難しいだろう。
シダルタは「最初は失敗した」と言っていた。
何度も失敗するうちにユヴィニ生成に成功したときは、その感触を覚えておくように、リオンに注意しておくのだ。
苦労するだろう。
失敗ばかりで嫌になることもあるかもしれない。
でも命があれば未来がある。
――なんとかなるさ。
◇◇◇
ふたりはバレムからセイレスへ向けて旅を続けたがそこからが難路だった。
セイレスへは道が整備されていなかった。
西へ向かう馬車が走れる道がない。
金のないふたりは狩った兎肉を駄賃に荷馬車に乗せてもらうこともあったがセイレスに向かう道中ではそれが出来ない。
歩いたり野宿しながら進んだ。
バレムは閉鎖的で村によそ者が近付くと村人は鎌を振り上げて追い出す。
自給自足で成り立つ小さい村ばかりだ。
フィーナは風魔法で辺りの地形を調べあるいは村人の会話から今居る場所を探り旅を続けた。
危険なキースレアへは戻りたくないがバレムはあまりにも秘境めいた土地だった。
そうして進んだり立ち止まっているうちに夏が過ぎ秋となった。
ふたりはしばらく定住することにした。
冬の間は森に居た方がいいだろうと旅を休んだ。
今居る森は食べ物を見つけやすかったのだ。




