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2)プロローグ その2



 居間のテラス窓を開ける。


 居間の窓は8日前の大風の日にすでに壊してあった。

 庭木の枝を風魔法で折って動かし風で開いた窓に当たったように見せかけて壊した。

 不自然でないように大風の日を選んで作業した。

 イバは窓が壊れててもなにも気にしなかった。

 壊れたままひしゃげた窓を閉め椅子を窓の前に置いてとりあえず開かないようにしていた。

 防犯的には無施錠状態だ。

 外から少し押したら簡単に椅子が倒れて窓が開く。

 ちょっとした強風が吹いても開く。

 実際この8日間何度も開いてる。

 それでもイバはなんら措置しようとはしなかった。


 ――そりゃそうだよね。家に居る赤ん坊が死んでもいいって思ってたんだから。


 風魔法で兎を3羽捕らえてから毛が落ちないようにレーザーカッターやカマイタチの魔法を駆使し皮を綺麗にむしり取る。

 かなり難易度の高い作業だった。

 首を刎ねてから血の匂いで野犬を誘き寄せた。

 幼児がやるにしてはなかなか残酷だ。

 でも中身は幼児じゃないからけっこう平気だ。


 風魔法で血まみれの兎を動かして子供部屋まで野犬を誘導。


 そこいら中を血まみれにしながら身体に撒いていたシーツを裂いて血溜まりに落とす。

 野犬が上手い具合に踏みにじっていく。

 野犬たちが兎を食いちぎりながら部屋や廊下や階段に血の足跡をつけ演出の仕上げをしてくれた。


 その間、居間の棚の上で様子を見ていた。

 兎の残骸が残ってるとマズいので風魔法で遠く外に飛ばし綺麗に片付ける。

 野犬が棚の上の幼児を見て唸っているが雷撃を何発か撃ってやったら怯んだ。


 しつこく唸ってくる野犬を雷撃で追い払いながら逃走。


 ――イバめ。

 明日家の惨状を見て腰を抜かすなよ。



◇◇◇◇◇



 明くる朝。


 樹上の手作りの床に座り家の様子を風魔法でうかがっていた。


 イバはリディアが3歳になるまでに死んだら殺されると旦那に言われた。

 ゆえに子供が野犬に襲われ死んだことを絶対に隠そうとするだろう。


 おそらく血の跡を消したりして何食わぬ顔で今まで通り赤ん坊の世話をしているフリをするはずだ。

 今までだって赤ん坊の世話なんかほとんどしていなかった。

 それが本当に世話をしなくて済むようになるのだから丁度良いだろう。


 イバが、リディアが3歳になるまであと1年半黙っていてくれたら、1年半追っ手に追われないで済む。

 我ながら良い筋書だと思う。

 ついにんまりしてしまう。


 ・・と考えながら「でも逃げたと判ったら町長は追ってくるかな?」とふと思った。

 ジーコの話によると3年間は「死なせない」はずだった。

 でもイバは契約のことを知らなかった。


 イバに契約のことを話さなかったのはジーコではなく町長かもしれない。

 イバを契約で縛っておきながら無学なイバにそのことを報せなかった。

 契約書があれば町長は「保護しようとしたのにイバが死なせた」と言い訳できる。


 どちらにしろたとえ死ななかったとしてもあのイバなら死なない程度の虐待くらいする。

 ろくな夫婦じゃないことは一目でわかる。

 見るからにチンピラなんだから。

 あんな奴らに任せたところからして「赤ん坊はどうなってもいい」と思ってたはずだ。

 そもそもあんな野犬だらけの森の一軒家に夜赤ん坊をひとりきりで置いておくという育児条件が間違ってる。


 ジーコは「1年近く働かなくて暮らせた」と言っていた。

 つまりイバが世話係をやるようになったのは覚醒したころからだ。

 10ヶ月から11ヶ月くらい前。

 それまでは母がそばに居たんだと思う。


 イバは「アドニス王子は国を裏切った」と言っていた。

 だから父と母はどこかに逃げなければならなかったのかもしれない。

 赤ん坊を連れて行けるようなところじゃなかったんだろう。


 子供が3歳までに死んだらどうなるんだろう。


 そんな考えても答えの出ない問いを頭に浮かべているうちにイバがやってきた。

 いつものように鍵を開ける。

 鍵を開けなくても居間の大きい窓が全開なのに、と思いながら様子をうかがう。


 それからイバのすさまじい悲鳴が森に響き渡った。


 ――おぉ驚いたか、ハハ。

 ざまぁ。

 上手くいったかな。

 腰抜かしたかな。


 イバが叫びながら山羊の乳の瓶を蹴り転がしながら家から走り出てきた。


 ――あ山羊乳もったいないなぁ。

 ま、飲む人居ないしいいか。


 イバはどんどん走って行く。

 凄い勢いだ。


 ――大丈夫かオバサン。


 さすがに心配になる。

 イバはキルバニア町まで走って行った。


 ――・・スタミナあるなぁ。


 家に駆け込みジーコの名を呼ぶ。


 ――え・・ジーコにバラすの?

 ジーコにも秘密にしとけばいいのに。

 怒られるぞきっと。


 ジーコは家に居なかった。

 イバはジーコの名を呼びながら酒場まで探しに行く。

 みんなぎょっとした目でイバを見る。

 イバは血だらけの部屋で転んだのかスカートとエプロンが血まみれだった。

 おまけに目を血走らせて口角泡飛ばしてジーコの名を呼びそうとう目立っている。


 店の誰かがジーコは町長さんとこに行ったぞと教えイバは町長宅へ走る。


 ――まさか暴露しないよね。

 いやまさか。


 なすすべも無く様子を見続けた。


 イバは血まみれのまま町長宅の門扉を掴み

「ジーコぉ」と叫び続け警備の者だけでなく執事や従者や侍女まで邸から出てきた。


 町長邸にイバの給料を貰いに来ていたジーコもやってきた。


「お前なにしてるっ」

 ジーコが怒鳴ると

「赤ん坊が死んじまった」

 とイバは思い切り叫んだ。


 ――あぁ~言っちゃった・・。

 そんな馬鹿な・・。

 私の1年半の余裕が・・。

 嘘やろ。

 オバサン取り乱し過ぎだよ・・。


 イバは呆然としたジーコの襟首を掴み

「死んじまった死んじまった」

 と叫び続けた。


 それから半狂乱状態で取り乱しているイバと茫然自失状態のジーコは邸の中に連れて行かれた。

 風魔法を操作して後を付ける。


 部屋にはあのひげ面の町長爺さんが居た。

 町長とジーコとイバ執事の4人を残して他の者は部屋を出された。


 イバはさすがに半狂乱疲れか幾らか大人しくなっている。

 ジーコは青ざめた顔で俯いていた。


「赤ん坊が死んだと言ったな」

 町長がなかなか迫力のある低音で尋ねた。


 イバは今頃になってマズいと気付いたのか

「いえあのそのもしかしたら死んだかも・・」

 と狼狽えながら答えた。


「その血はなんだ?」

 町長が睨む。


「朝赤ん坊の家に行ったら少し血が垂れてて」


「それが少しか?」


 イバは目を泳がせて口を開けたり閉じたりしている。


「ギダン。その女とジーコを閉じ込めておけ。

 それからリディアの家を知っているな。

 様子を見に行け」


「はい」


 執事はふたりを引き立てていった。


 その後執事と従者が護衛を連れて森の家を検分に行き、窓が壊れ赤ん坊は野犬に襲われたらしいという報告が町長になされた。



 町長はひとりになったのち眉間に指を当てしばらく想い悩む様子をしていたが、

「報せないわけにはいかないだろう」

 と独り言を呟き立ち上がると部屋を出た。


 邸を歩き2階の部屋に入っていくと重厚な作りの執務机の前に座る。

 引き出しから黒い手のひらサイズの道具を取り出し魔力を流す。


 しばらくして若い男性の声が道具から聞こえてきた。

『リヌスです』


「儂だ」


『お祖父様。なにかあったんですか』


「アドニス王子の隠し子の養育を頼まれていただろう」


『はい。リディアがなにか?』


「死んだという報告を受けた」


『すぐに行きます』


「学校を休むのは許さん」


『行きます』


 道具から声が途絶えたのち町長は物憂げな吐息を付いた。



 3日後。

 町長宅の庭先には一群れの男たちが集結していた。

 執事と従者が1名ジーコと護衛が2名。

 それに良い身なりの背の高い若者。


 総勢6名が馬や馬車に乗り込んだ。

 ジーコは馬車に乗せられている。


 イバの足で30分程度の距離なので馬車を走らせれば近かった。

 家はイバが最後に飛び出した状態で玄関には山羊の乳の瓶が転がっていた。

 執事が家の鍵を開け一行は家に入っていく。

 家の床は血まみれのままだった。

 乾いて新鮮な血の色ではなかったが禍々しい凄惨な様子だ。

 赤黒い血の付いたシーツの残骸は居間に引き摺られて来ていた。

 一行は一様に顔をしかめている。


 しかめ面のまま部屋を物色し他の部屋も見て回る。

 台所は殺風景なままだった。

 書斎は本を持ち出したので棚が空だ。

 物置も覗いた。

 相変わらず薄汚れたガラクタが転がっている。

 二階はベビーベッドが置いてある兎の血で汚れた部屋と大きなベッドのある寝室と空き部屋がふたつある。


 それらの有様を検分して階下に下りる。

 壊れた窓を再度確認。

 折れた枝とその太い枝がぶつかった様子のひしゃげた窓。


 執事が、

「枝が折れて窓が壊れ野犬が入り込んだということでしょうか」

 と若者に話しかけている。


「そう見えるね」

 と若者。なにやら思考している様子。


「若様なにか気になる点でも?」


「赤ん坊の遺体の一部も残っていないからね」


「咥えて持って行ったのでは・・。

 小さい赤ん坊ですから」


 若様は執事の言葉には応えずジーコを振り返ると、

「ジーコ。

 この家には赤ん坊の世話をするような品物がまるでないようだが、どうなっているんだ?」

 と尋ねた。


「イバは毎日通っていましたので・・」

 ジーコが苦しい言い訳をする。


「通っていた? 住み込みという契約ではなかったのか」


「いえ、それは自由で良いと言われました」


「夜間赤ん坊はひとりだったのか?」


「・・それでも良いと・・」


「通いだとしても赤ん坊を沐浴させるタライも毎日持って通っていたのか?」


「いえ、あのそれは・・」


「壊れた窓にぶち当たった枝は何日も前に折れた様子だ。

 折れた部分が乾いていた。

 なぜそれを放っておいた?」


「き、気付かなかったのでは?」


「ひしゃげた窓をそのままにしてたんだな?」


「それは、なにか工夫を・・」


「もう良い。

 イバを取り調べる必要がありそうだな」


 ジーコは唇を震わせて黙り込んだ。



◇◇◇◇◇



 イバは取り調べられ、子供の世話はまるきりしていなかったことがバレた。

 それがまた問題になった。


 世話をしていなかった赤ん坊が生きられるのか?

 普通は生きられない。


 イバは、

「赤ん坊のおむつは一切替えなかった」

「食べ物は山羊の乳を一日3回与えるだけだった」

「冷えた山羊の乳を暖めたことはなかった」

「赤ん坊の部屋の暖炉を焚いたことはなかった」

「赤ん坊は泣いたことはなかった」

「赤ん坊の着るものを替えてやったことはなかった」

「赤ん坊を風呂に入れたことはなかった」

「赤ん坊は気がついたら新生児の服を脱いでシーツにくるまっていた」

「夕方には帰宅したので、夜赤ん坊は家にひとりきりだった」

 などと証言した。

 証言が真実であることは魔道具と呼ばれる装置で確かめられた。


 イバの証言があまりにも赤ん坊の養育としては酷かったために町長や若様らは顔色を変えた。

 ジーコも立ち会わせていたが顔が青ざめていた。

 なにしろ妻がこれだけのことをしていた――あるいはしていなかったのに1年近くもの間気付かなかったのだから。


 イバに赤ん坊の世話を依頼した時点でこうなることは予想できたと思う。

 そんなことより「なのになぜ赤ん坊が生きていたのか」と誰かが疑問に思うだろうことを怖れた。


 だが、イバはさらに続けた。


「あの赤ん坊は痩せこけて何も喋らず不気味だった」

「1歳半になってもほとんど動かずベッドに寝ていた」


 みんなの脳裏に骸骨のように痩せて喋ることも動くことも出来なくなった赤ん坊の姿が思い浮かんだことと思う。


 実際は山羊の乳を飲みエリお母さんの料理を毎日くすねて食べたおかげで痩せてはいたがそこそこ普通に育った赤ん坊だったのだが。

 イバはベッドに寝た赤ん坊に山羊の乳を飲ませるだけで抱き上げることもしなかったので知らないのだ。

 おまけに窓を閉め切った薄暗い部屋で「不気味」と思い込んでいる赤ん坊の様子など観察していない。

 シーツに包まっていたので体型も知らないのだろう。


 結局、赤ん坊が生きてることになったのか死んだことになったのか。この日の取り調べでは誰もはっきりと結論を述べなかった――というか、みな通夜のように押し黙っていた。


 その後、森のザイルズさんの家はさらに念入りに調べられ家の周囲も捜索された。

 調べが終わると窓は直され閂がかけられドアも閉じられた。


 もっと森の奥へ移動した。

 森が物騒になるギリギリのところに丁度良い樹を見つけた。

 樹上のアジト作りは二度目だったので以前よりも速やかに出来た。


 キルバニア町のエリお母さんの料理が手に入り難くなったが、森で魚の居る川と猪が掘って食べていたタロイモらしきものを見つけた。


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― 新着の感想 ―
[一言] タロ芋などはしっかりと火を通さないと、毒が消えませんからな。気をつけて
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