18)呪われた記憶の物語
国王は国を案じながら亡くなられた。
国王の死因の鑑定は鑑定士が不運な事故で身体が不自由となり行われなかった。
ユヴィニの「採掘」が出来るのはシダルタとディアナふたりだけになった。
シダルタとディアナは並外れた魔導師に育っていた。
ことにシダルタには才能があった。血筋だけでは説明の付かない魔導師としての勘の良さが幼いころより優れていた。
フィーナはふたりが採掘場から上がると、家庭教師に疎かになりがちな勉強を教授してもらいシダルタには剣術の訓練も受けさせた。
王族の生活を管理している王室管理局は幼い頃からシダルタとディアナが採掘場に下りていることを察していた。
おそらく王室管理局はシダルタとディアナしかユヴィニ採掘が出来ないこともおおよそ感づいていた。
前王が亡くなって10年が過ぎたころ「ディアナを嫁に出そう」と言い出したのは兄シダルタだった。
シダルタは25歳。ディアナは21歳のときだった。
王宮はディアナの婚姻を渋った。
ディアナとシダルタしかユヴィニ採掘が出来ないことを王宮は知らないはずだった。だがそれでもディアナが抜ければユヴィニの採掘量が減ることは予想できたのだろう。
シダルタは「ディアナのユヴィニ採掘量は大したことは無い。抜けても大丈夫だ」と言い張った。
シダルタはディアナを結婚させようと思い付いた時から徐々にユヴィニ「採掘量」を減らしていた。
ディアナが抜け自分だけがユヴィニを生成するようになったときのことを考えてだった。
もっと前から調整しておけば良かったとシダルタは後悔した。
ただ幸い王宮はユヴィニの採掘について王室管理局ほど事情をわかっていなかった。
王宮は最後には了解した。
フィーナとシダルタは喜んだ。
ディアナは兄だけに負担を押しつけるのは気が進まない様子だったがこの機会を逃したら一生採掘場で人生の大半を過ごすことになるという予感があった。
ユギタリアのユヴィニ「採掘量」の3割ほどはディアナが生成していた。
ディアナは体力で劣るためにユヴィニ生成がきつかった。
歳を取る毎にきつさは増していくだろう。
その上女のディアナは子供を身籠もり産むとなれば1年くらいはユヴィニの「採掘」は出来ない。
王宮がユヴィニ採掘の3分の1はディアナが引き受けている事実を知ってしまったらディアナを閉じ込めるだろう。
そんなことはフィーナもシダルタも望んでいなかった。
願わくば良い伴侶を選びたい。
フィーナとシダルタはヴェルデス王国ターレ州州代表の子息を考えた。
年齢も丁度良く人柄も良く優秀な子息だという。
王宮にターレ州の子息で話を進めるようにと念押しし楽しみにしていたところなぜか国王がしゃしゃり出てきてヴェルデス州の「性犯罪者」と有名なアドニス王子を呼んでしまった。
アドニス王子はこともあろうに歓迎の宴で庭にディアナを連れ出した隙にディアナを乱暴した。
ディアナは魔導師なのでアドニス王子を瞬殺することも出来たが、あまりのことに狼狽し隣国の王子を傷つけることを躊躇っているうちに穢されてしまった。
アドニス王子は狼藉を働いた上に「ディアナ姫と結婚する」と言いだした。
――この王子は頭がおかしかったのか・・。
ディアナはショックのあまり食事もせずに自室で廃人のように座り込んでいた。
フィーナは大事に育てた娘をこんな有様にされたことに愕然とした。
アドニス王子はしつこく通い詰めてディアナに言い寄り国王と王宮はふたりの結婚を決めた。
シダルタが「あいつをそれと判らないように殺してやろう」と言うも、
「彼は彼なりに私を愛してくれているようなのです。
ぜったいに一生添い遂げると言うのです。
それに父上に『他の者との結婚は許さん』と言われました」
ディアナは少し困ったように応えた。
フィーナはこのときから国王を許せなくなった。
愚かにもほどがある。
国王は「ユーレシアの花」のような娘たちを惨殺する趣味はなかったかもしれない。
だがあまりにも愚かな選択ばかりをしていた。
◇◇
ディアナがアドニス王子と結婚しセイレスへ観光のために旅立ったころ。
ユギタリアとシュールデルは安全保障条約を結び同盟国となった。
国王は大国との同盟に有頂天になっているが不平等でいびつな条約だった。
ユギタリアの識者たちは誰もが不安になった。
なぜそれが知られているかというと国王が暴露したからだ。
条約締結記念式典の後識者たちとの歓談で秘密のはずの条約内容を開示してしまい、のちに激怒したシュールデルに国王は抗議を受けた。
一連の出来事により周辺国はユギタリアがシュールデルに狙われていることを知った。
それでもまだユギタリアが滅亡するとは決まったわけではない――と思いたかった。
フィーナはシュールデルの上層部は大半が戦争よりも国内を安定させることを望んでいるという情報を聞いていた。
戦争を望んでいる者たちは別に居た。
――軍人か・・? 戦争になれば軍人は活躍できる。
だが大半の聡明な軍人はただ国を護りたいだけだろうに。
平和な大国でただ国防に力を注げばよい立場だというのに戦争を選ぶのか。
シュールデルは周りの小国を討ち滅ぼし大きくなった。
僻地の地域は村民が逃げ出した廃村だらけで盗賊のねぐらになっているという。
治安が悪くテロの多いシュールデルではさぞかし軍人は忙しいだろう。
一方、戦争のおかげで肥えた輩も居る。
侵略し土地や物資を奪い取り、物資は大商人らがシュールデル国内の販路や交易で商われ敗戦国の民は過酷に働かされた。
大商人はさらに拡大し力を持ち大商会と繋がる貴族や軍部の備品を管理する上層部らは肥え太った。
シュールデルは戦争を求めるような国になってしまっていた。
「兵器の商人」たちの力が強い。
あるいは兵器を商うような大商会と連なる貴族らの勢力が強い国だった。
その年、形ばかりの同盟国となったユギタリアにシュールデルの王子が訪れた。
第二王子キアヌ殿下は優れた人物だった。
シダルタによると、
「キアヌ殿下はシュールデルの内政を作り替えようと構想を練っていた」
と言う。
フィーナは殿下は自分の国を侵略国家ではなくそうとしているのだろうと察した。
キアヌは遠い土地から新鮮な産物を運ぶための魔道具や輸送手段などを楽しく話し、
「あまり隣国が愚かだと侵略したくなる輩が居ますからね。
なにとぞ賢く強いユギタリアで居て下さいね」
と告げた。
「半分冗談めかして半分本気の口調だった」
とシダルタはフィーナに伝えた。
――財布を出しっぱなしにして腹出して寝ているような状態だとならず者気質の輩を抑えられなくなりますよと言いたいんですね。
判るわ・・。
キアヌはせっかく内政に力を入れようとしている。
シュールデルの周辺各国はそれぞれにシュールデルが侵略できない理由を持っている。それでようやくバランスを取って戦争をしたがる国内勢力を抑えている。
ユギタリアがあんまり愚かでいかにも「侵略していいですよ」みたいな有様だと戦争に傾く。
「どうか気をつけてくれ」とキアヌは言いたかったのだ。
あの呪われた記憶の物語「ユーレシアの花」の運命はユギタリアのすぐそばにあった。