17)亡国の採掘場
数年後。
壮健だった国王が徐々に弱り始めていた。
国王はシュールデルにユギタリアの秘密が漏れないよう王太子の第二妃の王子王女らに強力な契約魔法を施した。
王子王女が初めて採掘場に下りたときに行われたらしい。
しじゅう採掘場に行っているシダルタは気付いていた。
「国王が王子王女に契約魔法を使うのはユギタリア王家の歴史上初めてじゃないか」
とシダルタは言う。
フィーナは「シュールデルの妃が来る前に王太子も契約魔法で縛られてたわよ」とシダルタに教えてやった。
◇◇◇
ユギタリアのユヴィニ採掘場は海に近い洞窟の底にある。
採掘場の洞窟に向かうにはまず王宮の地下に下りる。
地下入り口はひとが滅多に入らない宝物庫近くの廊下にあり隠し扉になっている。
地下に下りるとそこは広く薄暗く古ぼけた石造りの迷路だった。
ところどころに人骨が落ちている。
ディアナは幼いころただの人骨型の置物だと思っていたらしい。
おかげで怖がらずに通えた。
迷路にはユギタリア王族の者は弾かれ入れない横道が至る所にある。
ユギタリア王族の者であれば強制的に正しい経路を行ける。
ユギタリア王族でない者は正しくない経路に踏み込み防犯の魔道具の餌食になる。
人骨の置物があるのはそのためだ。
迷路を抜けるとトロッコ乗り場がある。
魔力を流すと走り出す魔道具のトロッコだ。
ディアナは「お兄様とお祖父様は怖いくらい速く走らせるから嫌」
と言う。
シダルタはこのトロッコをかなり気に入っている。
魔力を流せば流すほど速く走り採掘場の洞窟入り口まで10分もあれば着く。
採掘場の洞窟入り口は月のうち20日ほどは海の底に沈んでいる。
入り口が海面から現れるのは月に平均して約10日。最も低く潮が引いたときだけだ。
ただし水避けの結界を張り暗闇の水底を探知しながら進める魔導師は、潮の干満に関係なく採掘場に行ける。
実際シダルタとディアナは満ち引きなどお構いなしに採掘場へ通っていた。
採掘場の坑道は洞窟入り口から採掘現場に至るまで『魔道具無効化の魔道具』が埋められている。
採掘現場近くは地熱を動力源として半永久的に稼働する『ユギタリア王族の魔力波動を持たない者をはじく結界の魔道具』が設置されている。
最近はシダルタが国王に頼まれて作った『青藍銅をはじく結界の魔道具』も埋め込まれ青藍銅は結界の外に持ち出せない。
ユヴィニの原料は「青藍銅」だった。
ユギタリア王家の掟により原料の秘密を守るため「青藍銅は採掘場から持ち出さない」「掘り出した青藍銅はその場で加工する」と決められている。
だがシュールデルの妃の王子王女たちや王太子を信用していない国王は青藍銅持ち出し防止のための魔道具をシダルタに作らせた。
ユヴィニの生成は錬金術で行うがその前に原料となる青藍銅をまず掘り出す。
青藍銅とユヴィニは見た目は似ても似つかない。
だが魔力波動を比べると非常に良く似ている。
魔力波動を生み出す物質の根元の部分が青藍銅はユヴィニに似ている。
物質を根源から変えるのは至難だがユギタリア王家に伝わる錬金術スキルと膨大な魔力量、魔導師の訓練がそれを可能にする。
炎撃ひとつ撃てない王太子はまず水中の採掘場へ行く――という段階でつまずいた。
王太子の正妃の子である第一王子も同様だった。
第二王女は生まれつき心臓が悪く身体が弱いので採掘場へ行くことすら出来ない。
王太子の第二妃の王子王女は言うに及ばず。
彼らは月に10日採掘場の入り口が海面から現れる日だけを選んで下りていた。
採掘場への坑道は細く低い。
最低限の大きさしかない。
坑道は固い岩盤のあるところは避けて掘られているために蛇行している。
固い岩盤に挟まれ酷く細い坑の場所もあった。
◇◇◇
ある日シダルタは国王から、
「シュールデルの妃の子たちはトロッコも動かせなかったぞ」
とこっそり言われた。
「魔力を流せばいいだけなのにですか?」
「わけがわからん」
国王は肩をすくめて首をふった。
「それでトロッコがときどき戻されてなかったのかな」
「だろうなぁ・・」
国王は遠い目をした。
トロッコ乗り場から採掘場の洞窟入り口へはゆるい下り坂になっている。
トロッコのレールは滑りが良くブレーキを外すと何もしなくても採掘場の入り口に転がっていく。
坂がゆるいので速度は上がらないがとりあえず歩かなくても採掘場へ着く。
終点にはトロッコを安全に止める制動装置が付いている。
帰りはトロッコを動かさないと歩いて帰ることになる。
ちなみに歩くと2時間くらいかかる。
トロッコがトロッコ乗り場に戻されていないときはトロッコを「呼び戻す」。
トロッコには「呼び戻し機能」が付いている。
レールの滑りが良いためにブレーキをかけておかないとトロッコが知らない間に坂を転がり採掘場の洞窟に行ってしまうことがある。
そのときは呼び戻せばいい。
風魔法や光魔法をトロッコまで飛ばして「呼び戻しスイッチ」に魔力を当てるとトロッコは戻ってくる。
トロッコが呼び戻されて返ってくる速度は遅いので国王やシダルタは魔力を飛ばしてハイスピードで呼び戻す。
あるいは待つのが面倒になったときはシダルタは身体強化した足で走って途中までトロッコを迎えに行ってやる。
シダルタは
――父上や兄上はトロッコの『呼び戻し機能』は使えるのかな。
と思った。
そこで調べてみた。
地下入り口がある王宮の廊下に王族の魔力波動を感知したときに反応する魔道具を作って設置した。
魔道具は目標物を感知するとシダルタの手元の魔道具に知らせてくる。
シダルタは誰かが地下入り口に近付いたことが判ると風魔法を送って確認した。
――父上だ。
今日は王太子が採掘場に行くらしい。
トロッコは予め洞窟入り口に転がしてある。
――父上どうするかな。
地下迷路は王族なら迷わず通過出来るので20分もあればトロッコ乗り場に着く。
40分後。
王太子が戻ってきた。
――父上トロッコがなかったから採掘場に行くのを諦めるんだ。
王太子はトロッコの呼び戻し機能が使えないことがわかった。
第二妃の王子王女たちも王太子と同様でトロッコがないと採掘場へは行かなかった。
明くる日。
第一王子が採掘場へ向かった。
相変わらずトロッコはない。
第一王子が戻ってきたのは5時間後だった。
おそらく2時間歩いて洞窟入り口まで行き、さらに採掘場に下り採掘場で良さそうなユヴィニを選んで袋に詰め運んでくるのにかかった時間だろう。
ちなみにシダルタと国王、ディアナは採掘場に生成したユヴィニをわざと撒いている。
王太子や王子王女たちが拾えるように。
シダルタとディアナがユヴィニ「採掘」が出来ることを擬装するためだ。
国王は王太子や第二王妃の王子王女が「採掘」するときは彼らと会わないように避けている。
国王は最初から彼らにはユヴィニ生成は無理だと判っていた。
そのため指導のために付き添うことももはやしていなかった。
シダルタは国王はもしかしたらユヴィニは「採掘」ではなく「生成」だとも伝えていないんじゃないかと疑っている。
王太子の正妃の第一王子には曾孫たちのために教えているかもしれない。
国王は「曾孫たちの指導は頼む」とシダルタには言っている。
シダルタは自分の子は――いつか生まれることがあったら――きっちり魔導師に育てる積もりだった。