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16)亡国の王子



 セイレス島、秋季。


 セイレス島はユギタリア王国の優に8倍はある島だった。


 島の西側3分の1ほどはセイレス共和国残りの東側はマデール連邦で占められている。



 フィーナは粗末な小屋とは言いがたい出来ばえの小屋と、雑草ぼうぼうの畑とは言いがたい有様の畑を眺め満足げに頬笑んだ。


 ――これでなんとか冬は越せるでしょ。


 髪は蔦の紐で縛り生成りのブラウスに麻糸を編んだカーディガン、粗い羊毛のスカート姿は貧しい田舎の主婦という格好だが顔立ちは品が良く美しかった。


 ふと気付くと裏の草むらをガザガサとかき分ける音と「フィーナお祖母様!」という声が聞こえてくる。9歳くらいの長い黒髪を靡かせた少年とも少女ともつかない子供が駆けてきた。


「兎捕れたよっ」


 自慢げに血まみれの兎を掲げている。


「お帰りリオン。

 ちゃんと血抜きできたかい」

 フィーナは兎を受け取り水魔法で血抜きの仕上げをする。


「ちゃんと出来てただろ」

 不満そうなリオンに、

「少し仕上げを足しただけだよ、上出来だね。

 よく捕れた」

 フィーナが頬笑むと少年の顔がやわらいだ。


 ふたりは兎の下拵えをして焼き肉にし倒木の椅子に腰掛け、フィーナが焼いた芋とともに昼食にした。


「ちゃんと行儀良くするんだよ」

 指をなめているリオンにフィーナが小言を言う。


「うん。気をつける」

 リオンは気をつける気も無さそうに答える。


「しょうがないねぇ」

 フィーナは苦笑した。


 ――まぁ命があるだけでも儲けものだからね。

 躾けは焦らずにやろう。


 午後はふたりで小屋の隙間を埋める作業に勤しんだ。



 夜。


 敷き藁の中に潜り込みふたり寄り添って眠る。

 フィーナはリオンの安らいだ寝息を聞きながらいつものように抗いようも無く思い浮かんでくる過去のあれこれに思いをはせた。


◇◇


 フィーナは50年前ユギタリアの魔導師の家に生まれた。


 父も母も祖父母も生粋の魔導師だった。

 おかげで幼いころより魔導師の厳しい訓練を受けた――ユギタリアに数多居る魔導師たちと同じように。


 フィーナは「自分はどこか普通で無いところがある」と気付いていた。

 魔導師としては上等な方だが、特別に才能があるわけではない。

 ただ妙な記憶を持っていた。

 いわゆる前世の記憶だ。

 珍しくも無いことだ。

 読心の魔法を学ぶ魔導師が一番最初の訓練でするのは自分自身の読心だ。ひとの心を読む前にまずは自分からという風に。

 それで前世の記憶を覗いてしまう魔導師は少なくない。


 フィーナはなぜかふたつの前世の記憶を持っていた。


 前世と前々世でも覗いているのかと思っていた。

 そのうちに記憶がふたつあると思っていたのは誤りでふたつのうちひとつは前世で読んでいた物語らしいと判った。

 それもただの物語ではなくリアルに体験できるように出来た物語のようだった。

 おかげで前世の記憶がふたつあるように錯覚していた。


 フィーナは興味深く自分の記憶を探った。


 前世で読んだ物語は今フィーナが生きているこの世界に似ていた。

 色々と違ってはいるが大まかには同じだ。

 物語ではユギタリアはユーレシアという名だった。


 物語の名は「ユーレシアの花」。

 それはユーレシア王国が滅亡した場面から始まる物語だった。


 フィーナは「ユギタリアが滅亡するわけがないからただの物語ね」と思っていた。

 ただやはり気になるので「ユーレシアの花」のあらすじで思い出したところを書き出してみた。

 フィーナが特に覚えていたのは物語の始まりだった。

 前世で繰り返し読んだからかもしれない。


『ユーレシアの王は侍女を手籠めにし惨殺するのが趣味だった。

 やがて侍女だけでは飽き足らず貴族令嬢たちも餌食にするようになり、気付いた高官や騎士貴族たちが王を捕らえ処刑しようとした。

 王処刑の動きに気付いた国王は隣国ゼオンに内通。軍事情報を明け渡しわざと侵略させようとする。

 国王は騒ぎに乗じて逃亡を企てる。

 自分を処刑しようとした国など滅びてしまえと高笑いしながら逃亡しようとするもゼオンとユーレシア両国からの砲弾を受け爆死する。


 ユーレシアは結局滅亡する。

 ユーレシアの王族もゼオンに殺害され消え失せる。

 ユーレシアの滅亡で困ったのは周辺各国だった。

 ユーレシアでは魔道具の製作に欠かせないインクの原料アリゼが採れた。

 だがユーレシアを手に入れたゼオンはアリゼを輸出しようとしない。

 アリゼは伝説の通りユーレシアの王族にしか「生成」出来なかった。

 並外れた魔力量と代々受け継がれる錬金術スキルによってユーレシア王族にしかアリゼは作れない。

 それなのにゼオンはユーレシアの王族を皆殺しにしてしまった。

 年月を経るごとにアリゼを使って設計された兵器が使えなくなっていく。

 軍事バランスの崩れと優れた魔道具がこの世から消えて行く経済的な混乱は世界大戦を誘発させる』


 ・・というわけで「ユーレシアの花」は「ユーレシアが滅亡したところから始まる」戦乱の物語なのだ。

 戦乱の火花はこの世界の主たる国を残らず巻き込み多くのひとが亡くなる。

 鬩ぎ合い混乱の渦の中で愛し合う恋人たちも居れば家族を亡くし復讐の鬼となる戦士やあるいは戦乱を治めようとする勇者たちも現れる。

 そういう物語だった――と思う。

 フィーナは残念ながら全てを覚えているわけではなかった。


 フィーナはまるで物語のユーレシア――ユギタリアに生きているかのようだった。


 現実の世界は物語とは色々と違う。

 国名や登場人物の名も違うし世界情勢も違う。


 ただ気になる類似点もあった。



 ユギタリアの国王は昔から多忙だった。

 国王は自らユヴィニの採掘を行い国政にも携わる。

 そのため王太子の教育は王妃に任せきりになりがちだった。


 ユギタリアの王族は魔導師でなければならない。

 ゆえに王妃は魔導師の家の令嬢を選ぶのが慣例だった。

 ところが王妃は魔導師の家の出ではあったが彼女自身は魔導師の訓練を怠けて魔導師になり損なっていた。

 なり損ない魔導師が母だったおかげでたった1人の世継ぎである王太子は魔導師の訓練を充分に受けずに育ち「炎撃ひとつ撃てない」と魔導師仲間では有名だった。


 さらに王太子が成人するころユギタリアは悪質な病の流行で王族の数が激減していた。


 物語「ユーレシアの花」ではユーレシアの王族は敵国に皆殺しにされたがユギタリアの場合は流行病のせいだ。

 ただ奇妙に王族の罹患率が高かったために噂が流れた。

『何者かが病に冒された飲食物をわざと紛れ込ませたのではないか』と。


 おかげで国王はさらに多忙となった。

 ユヴィニ採掘を手伝っていた国王の叔母や王弟が亡くなられたためだ。


 国王が採掘場に籠もる時間が増えている間に王太子の妃が選ばれた。

 内定された正妃と第二妃はユギタリアの貴族令嬢とシュールデルの貴族令嬢だった。


 ユギタリアの騎士や貴族たちはどよめいた。

『まさか王太子の妃に敵国シュールデルの貴族令嬢を選ぶとは。

 なんと愚かな選択をしているのだ』


 国王が採掘場で多忙にしている間に国がおかしな方向に進んでいた。


 国王が採掘場から出てきて気付いたときにはすでに妃内定の返事をした後だった。

 敵国に填められたのではないかと国王は焦った。


 まだ内定の段階ではあるが大国シュールデルとの間に交わされた内定だ。

 覆すことは出来なかった。

 王太子の正妃と第二妃はけっきょく魔導師の家の令嬢は選ばれなかった。


 国王は王太子の側室に優れた魔導師であり歳も丁度良いフィーナを選んだ。


 フィーナは側室となる準備で王宮に出入りするうちにユギタリアの内情が徐々にあの物語に近付いていることを知った。


 シュールデル出身の妃が王太子のもとに輿入れするころ。


 王宮で会った王太子が強力な魔法で縛られたような痕跡を纏っていることにフィーナは気付いた。

 偶然にも契約魔法をかけられた直後だったらしく魔導師のフィーナは感知できた。

 一国の王太子に契約魔法をかけられるのは父である国王だろう。

 国王が王太子に契約魔法をかけるというのはそれ相応の理由があるはずだ。


 ――ユヴィニ生成の秘密を契約魔法で秘匿させた?

 国王は王太子を信じていないのか。

 シュールデル出身の第二妃を選んだから?


 不安で胸がざわついた。

 いつの間にかユギタリアはそんな状態となっていた。


 たかが側室の身で出来ることは少ない。


 せめて採掘場に籠もりがちな国王を助けるために生まれた子に魔導師としての訓練を念入りに施すことを心に決めた。


 厳しくも愛おしみ国と子供たちの身を護るために最高の魔導師となるように教育するのだ。



 十数年後。


 息子のシダルタが13歳になるころには国王はいつも疲労困憊状態だった。


 フィーナの前世の記憶が正しければユヴィニは「採掘」ではなく「生成」されるものだった。


 ユギタリア王家は魔導師として最上級の血筋を誇っている。

 それでもそうとうに困難な作業なのだろう。


 魔導師になり損なった王太子にはユヴィニ生成が出来ない。

 王太子だけではない。

 王太子の正妃の子息たちも魔導師の訓練は乏しかった。正妃は魔導師ではなかったため赤ん坊のころから訓練が要ることの大切さが判らなかった。


 おまけに王太子はシュールデル出身の怪しい女を第二妃にしている。

 第二妃の産んだ王子王女たちにはユヴィニ生成の秘密を教えるのも不安だろう。


 魔導師の訓練を受けているのはフィーナの子シダルタとディアナだけだった。


 フィーナはこっそりと国王と面談し、

「シダルタとディアナにユヴィニ生成のやり方を教えてあげて下さい。

 ふたりともすでに並外れた錬金術の腕を持っています。

 魔力量も超一流の魔導師なみにあります。

 お力になります。

 国王には少しでも国政に力を注いで欲しいのです。

 そうしないとシュールデルに内側から食い荒らされます」

 必死に訴えた。


 国王はフィーナが知らないはずのユギタリア王族の秘密を知っていることに驚愕したが、有能な魔導師は勘の良いものだ。

 国王はそれに関してはなにも言わなかった。


 さらにフィーナは言葉を続けた。

「ふたりが採掘場に行くことは秘密にした方が良いと思います。

 王太子はプライドが高い方です。

 自分には出来ないユヴィニの生成を側室の産んだ息子と娘が出来ることが知られると良くないことが起こります。

 王太子は第二妃の言いなりですが第二妃はシュールデルの出です。

 宰相も信用できません。

 宰相が任命する大臣も重用する文官も怪しい者ばかりです。

 宰相は王宮内に派閥を築きもはや取り除けないでしょう」


 国王は思い当たる節があるのかフィーナの言葉に頷き、

「大方はその方の忠言の通りにしておこう。

 だが宰相は始末する」

 と答えた。


 フィーナは嫌な予感がした。


 シダルタとディアナは採掘場の仕事をふたりで交代しながら行い始めた。


 採掘場に向かうときは幻惑で隠れながら誰にも知られずに移動した。

 シダルタは12歳ディアナはわずか8歳。

 ディアナの生成するユヴィニの量はさほど多くはなかったがそれでも国王は休めることができた。




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