15)国境の襲撃
3人は食堂に下りるのは止め料理を運んで部屋で夕食を済ませた。
ルーゥイッドは気落ちした様子で食事もろくに喉を通らない有様だった。
ジュリアンが、
「なにを気に病んでいるのだ」
といぶかしげに尋ねると、
「旦那様のお言い付けの仕事が出来なくなりましたので・・」
と暗く答えた。
キルバニア町長は執事に「昔父が世話になった魔導師殿がジギタスに避難している。見舞いをするように」と適当な理由をでっち上げてあった。キルバニアで織られた暖かいショールも土産にもたせていた。
レイテが殺されたのがルーゥイッドの鑑定を阻止するためならルーゥイッド本人もかなり危ないのだが事情を知らない執事は町長の仕事が出来なかったことを病的に気にしている。
ジュードとジュリアンは「こりゃそうとう病んでるな」とさすがに少々哀れに思った。
しばらく後、レイテの甥ヘイゼルが宿を訪れた。憲兵の上官に頼んでおいた伝言を聞いて来たという。
まだ10代の若者は憔悴した様子だった。
「あの家は引き払う手続きをしてきました。
取り調べが終わるまでは遺体の引き渡しは出来ないと言われました」と荷物を抱えていた。
「引き払うにしては荷物が少ないようだね」
とジュリアンが荷物に目を留めた。
「私も叔母も着の身着のままでユギタリアを逃れて来たんです。また移動する可能性があったので荷物はなるべく増やさないようにしていました」
ヘイゼルは応えた。
ユギタリアの魔導師らしい黒髪に漆黒の瞳をしているがローブは纏わず上着にズボンという格好だった。
ジュリアンはヘイゼルに椅子を勧め、
「私どもが協力を依頼したために申し訳なかった」
沈痛な表情で告げた。
「いや私が想うのは叔母を殺した奴に対してだけですよ。
あなた方が危険な仕事に就いていることは判ります。
私がもっと気をつけるべきだった。
叔母は魔導師としては超一流ですがやはり年配で身体も昨今は悪くしていた。
元々足が悪かったので身体が衰えるのが早かったんです。
寝たきりでなければ魔粒弾にやられることもなかったでしょうに」
ヘイゼルは悔しげに目元を歪めた。
魔粒弾は魔導師の結界を砕き魔導師の身体に致命傷を与えられる武器だが、武器本体は重く射程距離は短く照準が定めにくい。
ゆえに身体強化できる魔導師にとってはそれほど脅威ではない。
素早く逃げれば良い。
だが身体を悪くして動けないような魔導師にとっては防ぎようが無い。
ジュードが以前に見た魔粒弾の犠牲になった魔導師も高齢で車椅子で移動していた。
「叔母になにを依頼する予定だったのですか」
ヘイゼルが尋ねるとジュードは部屋に防音結界を張った。
「まだ極秘なのですが、精神操作の技を持つシュールデルの間者が暗躍している可能性が出てきたので間者に操作されたと思われる執事を鑑定して欲しかったのです」
「そうでしたか・・」
ヘイゼルはしばし思考し、
「それでは私が少々鑑定できるかもしれませんが・・」
と呟くように答えた。
「ヘイゼル殿は鑑定スキル持ちなのですか?」
「スキルは持っています。
我が家の家系はときおり鑑定スキル持ちが現れるので。
ただ鑑定スキルをレベルアップさせるのは至難ですから叔母には遠く及びません。
叔母は十数年前鑑定スキルを持っていたために殺されかけました。
叔母の身体が不自由になったのはそのためです。
ですから私が鑑定スキルを持っていることは秘匿されていたんです。
狙われないように。
もう叔母は居ませんから私が叔母の代わりを勤めるべきなんでしょう」
「執事の鑑定をしていただけると?」
「どこまで判るかは自信がありませんがやってみましょう」
「執事にはヘイゼル殿が鑑定スキル持ちだと判らせたくないので執事を呼んできて、ただこの場で適当な話をさせるようにします」
とジュリアンが説明をした。
「では執事殿の手をなにか理由を付けて触れさせて貰えませんかね。
私はまだ未熟ですからその方が鑑定できます」
3人が話しているとふいに執事の居る部屋からドアにノックがあった。
ジュリアンが急ぎドアを開けると顔色の悪い執事がいた。
「どうした?」
ジュリアンは訝しく執事の様子を見た。
「窓際には寄るなというお言い付けでしたが先ほどから窓に何度も小石が当たるような音がするのです」
ルーゥイッドは怯えていた。
「なんだって・・?」
ジュードとヘイゼルが同時に風魔法を飛ばす。
「不審者が窓になにか当てているな。
2人居る」
ジュードが告げた。
「この宿がバレたか。
付けられていたのか? いやそんなはずは・・」
ジュリアンは考え込んだ。どこでミスがあったと言うのか。
「私が付けられていたのかもしれない」
ヘイゼルは眉間に皺を寄せた。
「まずいな。脱出して宿を替えないと」
「あのいったいどうすれば・・」
ルーゥイッドがおろおろとしている。
「窓には今後も一切近寄らないでくれ。
危ない。
近寄ったら飛んでくるのは小石じゃ済まない」
ジュリアンの口調は真剣だった。
「は・・はい・・」
執事は唖然とした様子で頷いた。
◇◇
ヘイゼルは幻惑で10歳くらいの少年の姿に化けた。
ジュードは透明化の魔法を使う。
ルーゥイッドは上着をラフな旅行者風のものに着替えた。帽子をかぶってヘイゼルが持っていた亡き叔母の老眼鏡をかけ荷物を背負う。
ジュリアンだけそのままだった。
透明なジュードを先頭にヘイゼルと手を繋いだルーゥイッドそれに間を置いてジュリアンが殿を勤める。
子供連れの旅行者という格好のルーゥイッドは宿の前で待機している不審者の前をなんとかやり過ごして脱出した。
ジュリアンが出てくると不審者ふたりのうちひとりが後を付け始めた。
ひとりはそのまま宿の前で張り込みを続けている。
ルーゥイッドたち3人と十二分に距離が開いてからジュリアンが疾走し始めた。
不審者は慌てて後を追う。
ジュードは透明化を解除。
3人は辻馬車を拾って国境の河辺近くの町に向かった。
◇◇◇
待ち合わせの町はラズヴェラ市のワダンだった。
ネイザン市長が敵方に付いていた可能性があるため隣の市まで足を伸ばした。
この日はすでに川を渡る船の最終便が出たあとだったので町の宿で一泊し明くる朝船着き場に向かった。
国境の河辺は船を待つひとでごった返していた。
4人はすぐ次の船に乗るチケットを買った。ヘイゼルはあとのことは姉に頼み、同行してジュリアンたちの調査を手伝うことになった。
「私たちがこの船着き場に来ることは予想されていると思うがな」
船に乗る列に並ぶジュリアンが呟く。
「これだけ人の目のある船着き場で騒ぎは起こさないだろう」
「犯人の良識に期待しよう」
ルーゥイッドとヘイゼルには結界の魔道具を装備させた。
船に乗ってしまえばなんとかなるだろうとジュードとジュリアンは考えていた。
キルバニアとジギタスの間の川には両国の巡視船や巡視艇が見回っている。船上でなにかあれば駆けつけることになっている。
キルバニア側の港に着けば町長が護衛を出してくれているはずだった。
「む・・妙な役人が混じってるな」
ジュリアンの目が険しくなった。
船客は船着き場で通行証を提示して船に乗るが出国のさいは厳しくはない。通行証さえ持っていれば船に乗れる。入国する際の方がじっくりと確認されるのが普通だ。
だが通行証を確認する出入国審査官のひとりがやけに時間をかけて見ている。
「まさかラズヴェラ市にまで妙な者が潜入してるとはな」
ジュードがうんざりしてぼやいた。
「いやまだ判らん。
ただ丁寧な奴なのかもしれないし」
「そうかな・・」
ヘイゼルは審査官の列に並んだあとは幻惑を解いていた。
幻惑したままで通行証を提示するわけにはいかない。
ルーゥイッドが先に通行証を審査官に渡す。
案の定件の役人が手を止めた。
「貴殿にはこちらに来ていただく」
審査官がルーゥイッドを手招きする。
即座にジュードとジュリアンも列を離れた。
「なぜだ」
ジュリアンが問いただした。
「ダモン町で起きた殺人事件の関係者の可能性がある。
お宅らにも来て貰おう」
目つきの険しい審査官が視線で合図を送ると脇に控えていた憲兵らが近寄る。
・・とふいに背後から
「待て」
と低い男の声がした。
振り返るとレイテの殺害現場に居た憲兵の上官が数人の部下を引き連れていた。
「レナーテ本部長」
ジュリアンたちを捕縛しようと動いていた憲兵らの動きが止まった。
「ダモン町の事件は私が担当しているが、彼らを捕縛するよう指示を出した覚えは無い。
いったいお前は誰の命令で動いている」
レナーテ本部長は問い質した。
――ほぅ彼は思ったより上の地位の人間だったのだな。
ジュードは意外に思った。彼が気安い様子だったのを思い出す。
「いえ私はただ・・」
件の審査官はうろたえ意味も無く首を振っている。
「お前たちがなにか彼に言ったのか」
レナーテの鋭い視線が審査官の指示に従おうとしていた憲兵に飛ぶ。
「私どもは審査官殿より不審者捕縛の可能性があるため協力するように言われました」
憲兵のひとりが答えた。
「憲兵本部からの指示ではないのだな?」
「違います。
憲兵本部から審査官の方に指示があったのかと・・。
申し訳ありません」
「そんなものは出すはずがない。
審査官を調査する必要があるようだな・・むっ?」
レナーテの視線の端に動くものがあった。
「不審者っ」
「攻撃っ」
一瞬で場は騒然とした。
商人を装った男が次々となにかを投げる。
筒型をした灰色の物。
「爆発物っ!」
レナーテが指示を出したときにはすでに憲兵らは不審物に魔道具発動防止の粘着物を投げつけていた。
3個の爆発物のうち2個は防止成功。
ひとつは不審な審査官めがけて飛んだ。
「ひっ」
審査官は腰を抜かして座り込みジュードは風縄で審査官を捕らえて避けさせる。
憲兵の投げた結界の魔道具が爆発物を覆う。
結界の中で爆発物は閃光とともに爆発。
結界が防ぎ切れ無かった衝撃で審査官の身体が千切れ飛びルーゥイッドがよろけて倒れた。
商人を装った間者は捕縛されたがその途端男の胸の辺りでなにかが弾けるような音がし憲兵が男を仰向けにしたときには男の胸に血まみれの大穴が空いていた。
◇◇◇◇◇
ラズヴェラ市の船着き場で起こった襲撃事件はジギタスとキルバニアに衝撃を与えた。
ジギタスは即座にかつ潜に警戒態勢に入った。
元々シュールデルに対する警戒は怠って居なかったはずだが対策が甘かったようだ。
ラズヴェラ市とネイザン市は市の役人や関係者に不審者が紛れ込んでいた。
ネイザン市長の情報漏洩に関しては十二分に調べられた。
市長がそもそもキルバニア州代表の執事の出張についてしつこく聞いてきた上に情報を漏らしたのが始まりだった。
ジギタスとキルバニアは友好関係にある。キルバニア州代表の執事の出張に際して通行証を速やかに発行するくらい配慮するのが当然だった。
ところが市長は詳細な情報を手に入れた上でそれを漏らした。
ネイザン市とラズヴェラ市はキルバニアとの交易が盛んで人の交流も多い。
ジギタス国内で最もキルバニアの情報が手に入りやすいのがネイザン市とラズヴェラ市だった。
もしもジギタスでキルバニアの情報を欲しがっている者が居たとすればネイザン市とラズヴェラ市に情報網を敷いておくだろう。
キルバニアに間者を送りつける方法もあるがキルバニアは情報漏洩に関しては厳しい州なので下手な間者を送っても出入りする商人の情報以上のものは得られない。
要は誰かがネイザン市とラズヴェラ市に手を回してキルバニアの動きを監視していたということが判った。
ネイザン市長は妻である市長夫人に以前から「キルバニアの情報が入ったら教えて」と頼まれていた。
キルバニア町長家族の動向や子息らの交友関係婚約留学や旅行など関わること全て。
理由は不明だが市長は夫人の要望に応えていた。
市長は婿で夫人に頭が上がらなかった。
このたびキルバニア町長家の者が出張でジギタスに来るという話も市長は夫人に話した。
しばらくして夫人は市長に「誰がなぜどこに来るのか問い合わせるべきだ」と言ってきた。
市長は言う通りにしその情報を夫人に話した。
夫人はなぜそんな情報を知りたがったのか。
取り調べることが出来なかった。
市長が捕縛されたその日に夫人は行方不明となりラズヴェラ市の船着き場で不審者による襲撃事件があった後遺体で発見された。