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14)見えない間者



 ジュリアンとジュードは、上官と共に家の戸口へ向かった。ジュリアンに促されたルーゥイッドも一緒だった。

 ルーゥイッドは口を固く結び、見るからに緊張していた。


 家の中の有様を見て、

「酷いな・・」

 思わずジュリアンが呟いた。


 玄関を入ってすぐの部屋は、散乱していた。

 茶卓や椅子や棚などの家具は倒れ、カップやポットが床に落ち、その中に、年若い侍女は仰向けに倒れていた。

 目は見開き、天井を見つめている。

 哀しげに顔を歪めたまま、口は半ば開き、よほど驚いたのだろう。

 胸元や手や、肩の辺りも血まみれになっていた。

 悲惨な有様にルーゥイッドが目元を歪めた。


「パン屋が来ることになっていたので。

 それで、玄関を開けたのでしょう。

 まぁ、推測ですがね」

 と上官。


「可哀想に。こんなに抵抗したのに」

 ルーゥイッドが独り言のように呟く。


「いや、茶卓や棚を倒したのは、レイテだろう」

 ジュードは応えた。


「殺された魔導師が?

 寝たきりで、二階の寝室に居られたはずだが?」

 上官がいぶかしげな顔をする。


「この部屋は、魔力の証跡が濃い。

 一流の魔導師であれば、二階から階下の様子を知ることは出来ます。

 侍女が玄関のドアを開けて、殺された。

 それで、犯人を撃退しようと、レイテが部屋に嵐を起こした。

 そうでないと、説明が付かないでしょう。

 濃い魔法の証跡を残せるような魔導師が犯人なら、侍女をナイフで殺す必要はないです。

 まぁ、犯人が魔導師であることを擬装するためにナイフをわざわざ使ったという可能性もありますがね。

 ですが、部屋を魔法で散乱させる必要はないですよね。

 あの辺りの血痕は、犯人のものでは?」と、ジュードは、玄関から奥の廊下へ通じる辺りの血痕を指さす。

「侍女は、玄関に見知らぬ犯人が居たので、逃げようとして、あの場所で殺されたとして、二階へ向かおうとした犯人をレイテが阻止しようとした可能性があります」


「なるほど」


 4人は二階へ向かう。

 護衛のように憲兵も後ろに続いていた。


 レイテは、年配の魔導師だった。

 痩せた小柄な身体を寝台に横たえ、その胸は焼け焦げたような黒ずみと血で染まっていた。


「凶器は、まだ判りません」

 と上官。


 ジュードは、上官と並んで遺体を眺め、

「なるほどね・・」

 と呟く。


「凶器にお心当たりが?」

 と上官。


「正式に協力要請していただければ、お力になりますよ。

 でも、ジギタスなら、すぐに判るでしょう。

 ユギタリアの軍人が、多数、亡命していますからね」


「ユギタリアの武器ですか?」


「魔導師を殺す武器です。

 調べて確認する必要はありますけれどね。

 使われて殺された遺体を見たことがあるんです。

 シュールデルで開発されたものです」


 ジュードが教えると、上官が呆気にとられた顔になった。


「いったい、あなた方は、なにをしにキルバニアから来たのですか」


「上官。

 この事件は、ただ単に、有能な魔導師が殺された、というだけの事件ではないんです。

 現場と証拠の保存は、よほど厳重にしないと、荒らされますよ。

 私たちは、これから、州代表のところへ行きますが、上官もここは見張られた方がいいと思いますね。

 レイテを殺した武器と、おそらく、他にも幾つかの魔道具が使われたと思いますが、それらは、金があるだけでは手に入らないものです。

 それに、レイテが狙われた動機・・彼女の居場所をどうやって、犯人は突き止めたのか。

 シュールデルと繋がり、さらに、貴国の中でも顔が広いような者が絡んでいないと出来ない犯行です」


「忠言、感謝しますよ」

 上官が不敵な顔つきで答えた。



◇◇◇◇◇



 ジュリアンら3人は、殺害現場から出ると、町で宿に続きの間の部屋を取った。

 執事が奥の部屋で、ジュードとジュリアンが、隣の出入り口のある部屋に入った。


 ジュリアンは、ジュードに防音結界を張らせて、魔道具でキルバニア町長に連絡を入れ、レイテが殺されたことや、凶器にシュールデル製の物が使われた可能性があることなどを報告してから、ネイザン市長のもとへ向かった。


 ネイザン市長は、ジュードたちに「通行証の便宜をはかった挨拶に来させるように」と、キルバニア町長に告げていた。

 キルバニア町長は、行く必要はない、と判断していた。


 ネイザン市長は、隣国キルバニアの町長よりも偉いつもりのようだが、キルバニア州代表は、ヴェルデス王国内では、実質的には、『連邦国内の小国の王』のような地位に居る。国の造りがジギタスとは違うために、そう見えないだけだ。


 ネイザン市長には、実のところ用はない。

 市長が、これからも市長を続けるのなら、礼をしておいても良い。だが、その必要は無くなっていた。

 それでも、ふたりは、「ネイザン市長のツラを見てやる」ために、訪問することにした。

 市庁舎の前には、強面の官警らが多数、屯していた。


 市長は、白髪の頭を上品に整えた、物腰の柔らかな男だった。


「調べ物は、済みましたかね」

 とネイザン市長が開口一番、尋ねてきた。


「いえ。済みませんでした」

 とジュリアン。


「どういう調べをなさったんですか?」

 と市長が首を傾げた。


 ジュリアンは、市長の問いには答えず、

「キルバニア州代表には、市長がなさったことは、よくよく伝えておきました。

 ユグリド州代表にもです」

 と告げた。


「・・そうですか。それはどうも」

 市長は、曖昧な笑みを浮かべ、

「市長の私にも、言えない調べ物なのですか?」

 と応えた。


 ――お前だから、余計に言えないんだよ。

 とふたりは思った。


「それでは、失礼します」


「いや、困りますね。答えていただかないと・・」


 市長を無視して部屋を出た。

 入れ違いに、官警が市長室に入っていくのを、横目で見ながら市庁舎を後にした。



◇◇◇◇◇



 ジギタスは、国王を頂点としてはいるが、議会の力が強い。

 また、州代表や、市長は、おおよそ、世襲制で継がれているが、絶対世襲制ではなく、問題が生じれば、速やかに排除される。


 キルバニアとユギタリアは、隣国ジギタスのそういう事情は、よく知っている。

 ジュードとジュリアンも、当然ながら、知っている。


「あのマヌケな市長は、よくも情報を敵に流したものだ」


 ユグリド州代表のもとへ向かいながら、ジュードが呟いた。


「重要な情報という意識がなかったのだな。

 市長がやったことは上に報告する、と教えてやっても、反応がなかった。

 無能なんだろう。

 それに、よほど信頼している者が、内通者だったのかもしれない」

 とジュリアン。


「隣の友好国の州代表が、調査のために通行証発行を要請した、その情報の重要性がわかりにくいかね」



 ジュードたち3人が、レイテの家を訪れることを予め知っていたのは、ジギタス側では、ネイザン市長だけだった。


 通行証を速やかに市長に出して貰うために、キルバニア町長は、書簡を送ってあった。

 当初は、ネイザン市に行く目的までは、伝えていなかった。


 ネイザン市長は、訪問の目的や目的地を知らせるよう、町長に言ってきたので、「調査のため、ダモン町に行く」と返答してあった。


 これらの情報が漏れた。


 その結果、犯人は、執事ルーゥイッドが、鑑定スキルを持つ魔導師の居るダモンに来る、と知った。

 たったこれだけの示唆で、犯人は動いたことになる。

 よほどやましいことがあったのだろう。



 ジュードたちが訪れると、ユグリド州代表は、すでに、キルバニア州代表から、詳細を報されていた。

 市長はともかく、ジギタスの州代表まで無能ということはあり得ない。


「キルバニア州からの知らせに、感謝する。

 ネイザン市長は、拘束させた」


 ユグリド州代表は2人に告げた。

 ルーゥイッドは隣の秘書室で待たせてあった。


 ネイザン市長が拘束されたことは、ジュードとジュリアンはすでに知っていた。


「犯人は、精神操作された執事の鑑定を阻止しようとした、と言うことでしたな。

 シュールデルの間者である可能性が高い、と。

 確かに、レイテ殿の殺人犯は、シュールデルと繋がりのある者でしょう。

 厄介ですな。

 レイテ殿を殺した武器は、すぐに、調べさせましたよ。

 『魔粒弾』の可能性が高いそうです」


 ジギタスのユグリド州代表は、シュールデル製の有名な魔導師用武器の名を告げた。


「やはりそうですか」


 ジュードとジュリアンは、ユグリド州代表と情報交換をした後、宿に引き上げた。


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