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13)ジギタスにて



 リディアが匿われているのはリヌスの親戚アルナイル家の離れだった。


 リディアはアルナイル家で暮らす間はソフィと呼ばれることになった。

 『ジュードの親戚の子でユギタリアから親族と逃げてきてジュードが預かっているが、ジュードは面倒をみられないのでジュリアンが仮住まいする離れに滞在している』という設定になっている。


 ――面倒みられない子供を預かったジュードが無責任な奴みたいになってる気がするけど、3人とも平気な顔してるからいいのかな。


 リディアはジュードが誤解されないか少し気になった。


 リディアがアルナイル家に来て2日後。

 ジギタスからジュリアンに手紙が届いた。

 手紙にはユギタリアからジギタスに避難している鑑定スキルを持つ魔導師の居所が記されていた。

 鑑定を受ける執事は町長が適当に理由をでっち上げてジギタス出張という形にしてあった。

 付き添うのはジュリアンだった。


「ジュリアンひとりで付いてくの?」


「付いてくのではなく連れて行くんですよ」

 ジュリアンがリディアの言葉を訂正した。


「じゃぁ私も付いてこうかな。

 私魔導師だから。手伝います」


「駄目」

 リヌスが即座に却下する。


「でも心配だから・・」



 リディアはなぜ執事が鑑定を受けることになったのか話を聞き不安になった。


 キルバニア町長家の執事は有能な執事だった。

 古くから町長家の執事を勤める家系の出で身元に怪しい点はない。

 仕事は完璧で町長は信頼していた。

 町長はアドニス王子の隠し子を預かり執事に赤ん坊を間違いなく養育するように言いつけた。

 それなのにあのジーコ夫妻を養育者に選んだ。普段の執事の働きぶりからするとあり得ないことだった。


 執事の動機が調べても出てこない。

 万策尽きてジギタスに居るユギタリアの魔導師に鑑定を頼むことになった。


 ――危ないよね。もしも執事を操作した犯人が居たのだとしたら。


「無害な執事の出張に付き添うだけですよ」

 ジュリアンが説明する。


「無害な執事を有害な執事に作り替えた奴が襲ってくるかもしれないけどね」

 ジュードは容赦なく指摘した。


「犯人がアドニス王子の隠し子を狙ったのだとしたらずいぶん回りくどい遣り方だな」

 ジュリアンが眉を顰めた。


「完全犯罪を意図したのかもしれないよ。

 もしもリディアが並外れた魔導師でなかったらどうなっていたと思う?」


「早々に赤ん坊は死んでいただろうね」

 ジュリアンは不愉快そうに答えた。


「そうだね。

 アドニス王子が町長を訪ねてきたときリディアは生後半年だった。

 まだ春は前期のころ。

 古い家は寒かっただろう。

 養育係は暖炉に火を入れたことはなかった。

 濡れたおむつを替えることもなかった。

 数日で赤ん坊は酷い風邪をこじらせていたんじゃないかな。

 隠し子は病死で片付けられていただろうよ。

 執事はジーコたちに養育を任せた10日後にリドンの採掘場に向かわされた。

 もしも数日内にリディアが死んでいたらまだキルバニア町に執事は居た。

 『養育はよくなされていたが弱い赤ん坊で病死した』と見做されるように細工することも出来た。

 だがリディアが1年生き延びたおかげで騒ぎが大きくなった。

 執事を鑑定することになった。

 隠れていた犯人が浮かび上がってくる可能性も出てきた」

 ジュードは淡々と述べた。


「やっぱ私付いてくジュリアン」


「ぜったい駄目」

 リヌスは即座に却下した。


「リディアが私が戻るまでの間この離れでじっといい子にしているのなら私が付いて行こう」

 ジュードが言う。


「たかが執事の出張に護衛がぞろぞろ付いて行くのは不自然だから私ひとりになったんじゃなかったか」

 ジュリアンはため息混じりに答えた。


「偶然私も別件でジギタスに行くことになったとしてもいいし。

 あるいは髪を染めて遠巻きに付いていてもいい。

 子連れよりいいだろ」


「いい子にしてます」

 リディアはジュードに行ってもらえるのなら良いだろうと思い答えた。


 ジュリアンはしばし迷い案じるような目でリディアを見て、

「本当にこの離れでじっとしていますか?」

 と念押しする。


「誓います」


「ではリディアの保護はリヌスにお願いします」

 ジュリアンは不承不承答えた。



◇◇◇◇◇



 執事ルーゥイッドの居る採掘場は片道3日かかる場所にあった。


 キルバニアのリドンの採掘場はキルバニア州の北東にある。

 執事が派遣された採掘場は数ある中でも大規模で採掘量が多い。地図上の距離は直線を馬車で走れば2日程度だが丘陵と川を越えるのに時間がかかる。


 ジギタスからの返事がそろそろ来るはずと見当を付けて執事をキルバニア町に呼んでおいたおかげで明くる朝に執事は到着した。


 30代始めの執事ルーゥイッドは採掘場の監督の仕事が多忙だったために幾分やつれていた。

 中背痩せ型の体躯に細面の端正な顔。キルバニアではよく見る金茶色の髪を丁寧に撫で付けはしばみ色の目をしていた。

 ようやく町に着いたところで町長に「すぐにジギタスに行け」と命じられ執事は従順に「はい判りました」と答えた。


 こっそり風魔法で執事の様子を見ていたリディアは執事に酷い目に遭ったというのに少々気の毒になった。

 リディアが想像していた「脂ぎったいかにも悪そうな執事」という執事像とはかなり違っていた。


 ジュリアンと執事ルーゥイッド、それにジギタスの知人に会いに行くという名目で同行するジュードの3人は出発した。



 ジギタスとキルバニアは川を挟んで隣にあった。

 古来より交易が盛んで良好な関係にある。

 おかげで街道は昔からよく整備されていた。

 道が良いため馬車を飛ばせるので2日あれば国境の川に着く。

 川幅は広いが穏やかな川で船も多く出ている。

 件の魔導師は川からひとつ離れたダモンという町に居り順調にいけば片道3日ほどで到着する。

 執事の鑑定が終わりしだい早ければ6日後にはキルバニアに帰ってくるはずだった。



 リディアはアルナイル家の離れで大人しく過ごしていた。

 本を用意して貰ったおかげで退屈しない。

 童話から魔法の本まで幅広く山積みされ朝から読みふけり昼と夕にはリヌスが食事に帰ってくる。

 夜にはリヌスの膝の上で話をしたりふたりで本を読み過ごした。

 リヌスの膝の上に乗せられるのは少々抵抗があった。


 リディアがふと頁をめくる手を止めて考え事をしていると、

「どうしたのかな?」

 とリヌスが尋ねた。


「ジェイにブラウの束を渡さなきゃいけなかったの」

 リディアは気落ちした様子で答えた。


「何も知らない町の者と関わり合いを持ち続けるのは良いことではないよ」

 リヌスはため息をついた。


「そうなんだけど・・」


 ――判ってるけど・・。

 でもジェイが特待生になれるまで。

 ガルハさんがロバを買えるまで。

 ブラウを届けたかった。

 せめてもう少しの間だけ。

 私と関わり合うのは良くないって判ってる。


 キルバニアは平和だ。

 キルバニア州代表の町長は聡明で有能でキルバニアを護っている。


 ――ユギタリアの祖父ユギタリアを潰してしまったあの国王と違って。

 せっかくガルハさん一家はここに生まれついたのに。

 私が台無しにしたらいけないんだ。


 リヌスはリディアを抱きしめて、

「そんな顔をしないで。

 私がジェイには伝言してきてあげるよ。

 今週は会えないってね。

 それで来週にジュリアンにブラウを採ってきて貰って2週分渡せばいいだろう。

 でもいつまでもは続けられないからね」


「はい・・」



◇◇◇◇◇



 ジュードとジュリアン、ルーゥイッドの旅はごく順調だった。


 ルーゥイッドはぼんやりしていることが多かった。

 ため息を頻繁につく。


 ジュードとジュリアンは執事本人と会いたしかに精神操作されていた可能性があると感じた。

 町長の信頼を裏切って執事にとってなんの得があったのか。

 今のところ彼にとって不利益だったとしか思えない。


 3日後の昼前には予定通りジギタスの町ダモンに着いた。

 ジギタスはヴェルデス王国キルバニアとはじゃっかん異なり市の中に町があり、市は州の中にあるという構造になっている。

 ダモンのあるネイザン市にはキルバニア町長からすでに便宜を図るよう話がつけてあった。

 そうでなければ国境を越える通行証もすぐには出なかった。

 通行証は国が発行するものだが実際の手続きは国境沿いの市であるネイザン市やラズヴェラ市などから派遣された役人が行っている。国からの要請で市が通行証を発行する出張所を管理している形だ。

 ユギタリアがシュールデルに墜とされる非常事態となっているためジギタスはシュールデルの間者に神経質になっていた。



 3人は手紙で報された家に向かった。


 件の魔導師はすでに治癒院を出て甥と古い家を借りて住んでいるらしかった。

 鑑定士はレイテ。甥はヘイゼルという名だった。

 ヘイゼルはジギタスで暮らすために魔導師の仕事を探しており留守が多いがレイテには町で雇った侍女が付いていると手紙にあった。


「あの辺りの家だな」

 ジュリアンが手紙と標識を見比べながら一軒の家を指し示した。

 手紙には「古い家」とありその周りは真新しい邸が立ち並んでいる。

 低い石積みの塀に囲まれたくすんだ赤煉瓦の家が目指す家だろう。


 3人が近付くと家の玄関前には2人の憲兵が立ち憲兵の上官と思しき者の姿も見えた。

 ジュリアンは「すまないがこの家はヘイゼル・ノーム殿の借りている家ではないか」と尋ねると厳めしげな制服の憲兵が

「お前は何者だ」

 と声も荒く問い返してきた。


「キルバニアから来た者だ。ノーム殿と面会することを約束してあった。

 ノーム殿のお宅ではないのか?」


「キルバニアから?」


 憲兵の口調が緩んだ。

 上官が聞きつけて近付いた。

「キルバニアの者が何の用だ?」


「ノーム殿に面会に来たのだ。

 ここが違う家なら他に行く」


「ここは確かにノーム殿の家だ。

 それで何の用だ?」


「本人に言う」


「ヘイゼル殿は留守にしている。

 連絡が取れないのだ」


「ヘイゼル殿が仕事のことで留守が多いことは知らせがあったので知っている。

 留守中でもレイテ殿と面会して用を済ませて良いことになっている」


「そうか。レイテ殿とな。

 それでどんな用で?」


「だからそれは本人に言う」


 さすがにジュリアンの声が苛立ってくる。


「残念だがレイテ殿には言えないだろう。

 先ほど亡くなられているのが確認された」


「そんな馬鹿な・・。

 ちょうど私たちが来る直前にか?

 そんなはずはないだろう」

 ジュリアンが呆然と呟く。


「本当に直前に来たのか?」

 と上官。


「船着き場で確認されたらいいだろう。

 私たちは通行証を提示したのだから問い合わせればいい」

 とジュードはきっぱりと言ってやった。


「なるほどな・・」


「なぜ亡くなった。

 病か?

 なぜ憲兵が来ている」

 ジュードは続け様に尋ねた。


 上官は忌々しげに、

「言う理由はない」

 と切り捨てた。


「それではネイザン市長に談判することになるな。

 私どもはキルバニア州代表から用を言いつかってきた。

 キルバニア町長殿はネイザン市長に話をつけてある。

 市長が便宜を図ってくれている。

 市長に問い合わせをしてみてくれたまえ」

 ジュリアンはキルバニア町長から渡されていた書簡を取り出し見せた。


「問い合わせはしますよ。

 だがこちらも捜査で来ている身ですからね」

 さすがに憲兵上官は書簡に目を落として口調を改め、

「レイテ殿は殺されたんです。

 通いの侍女と一緒に。

 注文のパンを届けに来た店員が見つけたときはまだ遺体は暖かかった。

 つい先ほどまではふたりとも生きていたんですよ」

 ジュリアンに教えた。


 ジュリアンは舌打ちして首を振った。

「彼女が簡単に殺されるわけがない。

 彼女は優秀な魔導師だったんだ」


「それはそうかもしれませんがね。

 まぁこちらにいらして下さい。

 現に彼女は・・」


 ふたりが会話しながら家に向かうと入れ違いに憲兵が戸口から出てきた。

 ふいにジュードが、

「おい待て!」

 と件の憲兵に声をかけた。


 ジュリアンと上官が驚いて振り返ると憲兵が走り出し、ジュードは風魔法の風縄で捕縛憲兵が縄にもつれながら逃げようとするのをジュリアンが一飛びで取り押さえた。


「いったいどういう?

 お前はなぜ逃げようとしたっ!」

 上官が怒鳴った。


 他の憲兵らも駆けつけた。

 挙動不審の憲兵は「離せっなんだ! こいつらはっ!」ともがいている。


「なぜ彼が不審だと思ったのです?

 いったいなにが・・」


 上官に問われ、

「不自然な魔力波動を感知したんですよ。

 ジギタスの下級憲兵がそういう魔力波動を発するような魔道具を装備しているのは変でしょう」

 ジュードは答えた。


「貴殿は魔導師か」


「ええそうです。

 彼の胸元の膨らみに発信源がある」


 ジュードに言われ上官自らが取り押さえられた憲兵の上着をはぐった。

 憲兵の胸元からころりと魔道具が転がり出た。


「なんだこれは・・」

 上官は血に染まった魔道具に言葉を詰まらせた。


「証拠品ではないのですか。

 魔導師を殺すさいに使われた可能性がある。

 彼らは殺されてすぐに見つかったそうですね? パン屋の店員に。

 慌てて落としていった証拠品を仲間の彼が持ち出して証拠隠滅を謀ろうとしたんじゃないですか」


「・・なんてことだ・・」


「その証拠品は間違いなく保管されるべきです。

 間違いなくね。

 誰がどこに入り込んでいるのか判らない。

 だが私どもが目撃した。

 ユグリド州代表にも伝える。

 その上で証拠品が消えたら貴殿の責任問題になりますよ」

 ジュードは意味ありげにそう言った。


「言われなくともこれは私が自ら保管しておきますよ」

 上官は忌々しげに答え魔道具をハンカチで包んで胸ポケットに押し込んだ。





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