12)ユギタリアの悲劇
明くる日。
寝台のリディアを見守るジュードの元にジュリアンが帰ってきた。
「荷物運びが終わったんだね」
ジュードが静かな声で尋ねた。
「ああ。
一度で運べる量だったのでね。
本は革で大事に包んでしおりが挟んであった。
祖父が喜んでいることだろう」
「だろうね」
ジュードが頬笑む。
「少しも目覚めないのかい?」
ジュリアンがリディアを見る。
昨日のうちにリディアの傷はリヌスが町で最も腕が良く口が堅い治癒師に治療させてあった。見た目よりも傷が浅かったこともありほとんど傷跡もなく治りかけていた。
「よほど疲れてたんだな。
魔力切れもすっかり快復しているし。
もうすぐ目を覚ますだろう」
「そうか」
ジュリアンがほっとした声で応えた。
「町長殿にはリヌスがこっそりと伝えたそうだ」
「仕方ないな。
さすがに伝えないと協力を仰げない」
ジュリアンがうんざりしたような吐息をついた。
「そういうこと。
町長は敵ではない」
「そう思いたいよ」
「ジュリアン。
見えない敵が居るんだ。
もう町長はそのことに気付いている。
今後あの養育係のようなことは起こらないだろう――少なくとも町長の下ではね」
「執事のことか?」
「執事の調査結果をリヌスから見せてもらった。
リヌスから話も色々と聞いた。
暗示の可能性がある」
「精神操作されていたのか?」
「その辺は鑑定の結果を見てからだが。
執事がジーコにリディアの養育を依頼したのがどう考えても不自然だ。
リヌスが動機にこだわるのも無理ない」
「そうか」
ふたりが話しているとリディアが身動きし「う・・ん」と呟く。
「おやお姫様はお目覚めかな。
リヌスに知らせてやろう」
ジュードが連絡用の魔道具を取り上げジュリアンは枕元に近付き小さなリディアの手を取った。
リディアが目を開くと
「どこか痛くないかい?」
ジュリアンは尋ねた。
「あ、ジュリアンさん。
ジェイは?」
「無事に家に帰ったよ。
問題ない」
「ありがとうございました」
「早速彼氏の心配かい」
リヌスに連絡を終えたジュードが苦笑する。
「あ。私・・」
リディアは手や身体を見て自分が幻惑をかけていないことに今更気付いた。
「もうバレてるから幻惑は要らないよ」
「バレちゃったんだ・・」
「怪我は治癒師に治して貰っておいたからね」
「ありがとうございます・・」
廊下を走る音に気付き、
「お、リヌスさすが早いな。
全力疾走してきたか」
ジュードが苦笑した。
「役場はここから近いからね」
「リディア!」
リヌスはドアを開けて駆け込むとリディアに抱きついた。
「うきゃ・・」
思わずリディアが小さく悲鳴をあげる。
「治癒したばかりだということを忘れるなよ」
ジュードが眉を顰める。
「なんで何度も逃げたんだ?」
「危ないと思ったから」
リディアが小さく言い訳をする。
「危ないわけないだろ。
私は味方だと言ったじゃないか」
「怪しい執事は?」
「遠い採掘場だ。
執事が怪しいと知っているのかい?」
「ときどき盗み聞きしたから。
でも全部じゃないからよく判らなくて。
ヴェルデスは母をシュールデルに差し出そうとしてたし」
「キルバニアはそんなことはしないよ。
どこまで知ってるんだい? 誰に聞いたの?」
「ガルハさんたちの話を聞いたり。
あと資料保存所に忍び込んだり」
「忍び込んだ・・?」
リヌスが呆れジュードが「ハハ」と笑いジュリアンが苦笑した。
◇◇◇◇◇
ジュリアンが森から運んできた荷物をリディアに見せ、
「これだけで忘れ物はないかな?」
と尋ねた。
リディアは木箱にまとめられた荷物を見て、
「はい、ないです」
と応えジュリアンに本や剣や外套などを返した。
「黙って借りてごめんなさい」
「いいんですよ。
もう要らないのかな?」
「誰かが側に居てくれるようになったら返さなきゃと思ってたの」
ジュリアンが、
「本は持っていてください。祖父が喜びます。
剣はもしも剣士になったら言ってください」
と優しく頬笑んだ。
「私は魔導師向きみたいです」
リディアは答えた。
その日はリディアの側には絶えずジュードかジュリアンがいて、リディアはふたりからユギタリアのことを聞いた。
ジュードはユギタリアが侵略された当時はヴェルデス王国内に居たために侵略の詳細は知らない。ただ侵略されるずっと以前から危険な状態であったと言う。
ジュードは侵略後にヴェルデス州とユギタリアの間に流れる川を渡り国境沿いの村の様子を調べたが逃げ出す国民が多く廃村が増えていた。
リディアがずっと疑問だったこと。
国王が処刑されてから王子と王女たちの船が海で砲撃されるまで1年半の間なにがあったのかジュリアンが話してくれた。
ユギタリアのユヴィニの採掘場は海に近い洞窟の底にある。
採掘できる日はふたつの月の月齢で決まり月に10日ほどしかない。
もっとも低くまで潮が引いたときしか採掘場へ下りていけないためだ。
シュールデルは最初国王にユヴィニの採掘をさせようとして出来なかった――らしい。
その詳細は当時王都に潜伏していたジュリアンにも判らない。
「ジュリアンさん潜伏していたの?」
リディアが尋ねると
「ジュリアンと呼んでください、リディア。
他に国に居られる方法がなかったんですよ」
ジュリアンは穏やかに応えた。
国王とシュールデルとの癒着は数十年も前から続いていた。
国を護ろうとして多くの高官や文官大臣らが不審死し、諦めて国を捨てていく者が後を絶たなかった。
侵略される10年も前から亡命は加速度的に増えていた。
多くはセイレスに逃げた。
国王が国境警備隊の情報をシュールデルに渡してしまい、おまけに隊長や副隊長らに以前から不審な行動の多かった怪しい軍人らを任命した。
おかげでシュールデルとの境の国境警備を希望する者が居なくなり、よほど金に困っているような者やシュールデルと通じている者しか警備隊に残らなかった。
おかげでシュールデルが攻め込んでくるとユギタリアの国境警備隊はほぼ無抵抗で総崩れした。
ユギタリアの将軍らは王都から東を護ることに専念。だが国王が速やかに降伏してしまったためにそれも難しくなった。
そういう有様の王都にジュリアンは潜伏していたという。
「自国が消えていく様を見届けたかったんです」
とジュリアンは答えた。
「消えてしまったの。
地図にはまだ残ってるのに」
リディアが呟く。
「もうあれはユギタリアではないです。
王宮に残っていた年老いた侍女からの情報を聞いたのです。
ユギタリアには王子が3人王女が3人残っていました。
王太子は結婚して子供が2人居ました。
第二王子は未婚でした。ディアナ王女と同じ母を持つ王子ですよ。ディアナ王女の兄ですね。
第三王子は若く彼も未婚でした。
第一王女は大臣の子息と結婚して離婚し再婚ののち夫が死にました。
公には病死になっていますが王女が毒殺したのが明らかでした」
「・・毒・・殺?」
「まぁやりそうな王女でしたので。
そういうわけで出戻ったのちは嫁ぎ先も見つからず王宮に居ました。
第二王女は優しい方でしたが生まれつき病で胸が悪く。
第三王女はかなり太っている上に弱視でぼんやりとしか目が見えず。
3人の王女は3人とも未婚でした。
幼い王子は王太子の子息2人だけでした。
王太子の妻は妊娠中でした。
それで国王が愚かな国王らしくシュールデルと完全な敗戦国としての条約を結んだのちのこと。
王宮でシュールデルの軍人が階段の上から妊娠中の王太子の妻を突き落としたんです。
血まみれになって彼女は亡くなりました。
そのとき初めて国王は自分が愚かだったことを知ったんです。
国王は条約は無効だと喚き始めました。
延々と騒ぎ続け3ヶ月が過ぎシュールデルは国王を処刑しました」
リディアは哀れな国王の末路に言葉を失った。
ジュリアンは淡々と話を続けた。
「それからシュールデルはユヴィニを王子王女に採掘させようとしたのですが。
王子王女はなかなか採掘作業をしない。
おまけに作業出来るのは月にたった10日。
ひとが踏み込み難い海底洞窟の採掘場で作業をしようとしない王子王女を怒鳴りつけながら月日がどんどん過ぎていきまして。
坑道が崩れる事故もあったようですよ。
あげく3人の王妃と2人の幼い王子それに6人の王子王女らは脱走を企てたわけです。
セイレスに向かう船に乗り。
3人の王妃と2人の幼い王子は先に出航したようです。
ですが無事に着いたという情報は終ぞありません。
6人の王子王女が乗った船は海の藻屑と消えました。
ここでユギタリア王族の物語は終わっていたんです」
――私の祖母・・殺された? 従兄弟も。
「・・父と母は?」
「セイレスに向かったんです。
ヴェルデスが追っていたのでシューデンブロウの港を選んで。船には乗れたようです。
ですが途中で行方不明になりました」
――そうしたらどこかで無事かも・・。でもリヌスは哀しい顔をしていた。
今は詳しいこと聞く気力がないな・・。
リヌスは一旦仕事に帰ったのち夕方には、またリディアの部屋を訪れた。
部屋のテーブルに夕食が並べられた。
リディアの荷物は隠れ家から運ばれジュードとジュリアンが付きっきりなためリディアは逃げるのは諦めた――というより、もう逃げなくていいんだということをようやく受け入れられた。
ユギタリア王族の悲劇を聞いた後では自分は普通に生きるのは無理な気もしていた。
それにジュードとジュリアンと一緒に居るのは安心できて快かった。
――ひとりで生きていけるような気がしてたんだけど。
護られる安らぎを知っちゃうとな。
ジェイたちには会いたいけど。
巻き込みたくない。
私と関わり合わなければこの平和なキルバニアで幸せに暮らせるんだもの。
「スープのお代わりをするかい?」
なぜかリヌスがかいがいしくリディアの世話をしてくれた。
「お腹いっぱいです。ありがとうございます」
「遠慮してないね」
「ううんホントです。
ここは町長さんのお邸ですか?」
「私が仮住まいしている姉の邸の離れだよ」
とジュリアンが答えた。
「ザイルズ将軍のお嬢様?」
「孫娘だよ。
姉にもリディアの正体は話していない。
知っているのはこの3人と町長殿だけだ。
姉は信用できるが精神操作が出来る魔導師が関わっているかもしれないのでね。
なるべく事情を知る者は少なくしているんだ」
「判りました。
あの・・ジュードさん」
「ジュードでいいよ。
なんだい?」
「国王や私の叔父さん叔母さんたちが殺されてしまったでしょう。
でも私ひとりでも魔獣斃せるの。
赤ん坊のころより今の方が魔法つかえるし。
月日が経つごとに魔力増えてて」
「そうだね。
たしかに修練を積めば魔力は伸びるね。
とくに子供のころに伸びしろが大きい」
「そうしたら。
国王や王子や王女たちは大人ですからもっと凄い攻撃魔法が使えるはずなのに。
どうしてあっさりやられてしまったのかな」
リディアが尋ねるとジュードは哀しげな顔になった。
「やっぱり気がつくよね」
ジュードが静かに答えた。
「ん? なにに?」
リディアは首をかしげた。
「私は王家の秘密は王族ではないから知らないけどね。
ただユギタリアの魔導師なので魔導師に関しては判る。
王家の皆がどんな魔法の修練をしていたのかも魔導師繋がりの情報があるのである程度知っている。
国王はたったひとりの世継ぎとして王妃に大事に育てられてね。
厳しい魔導師の訓練を受けなかった。
そのため炎撃ひとつ撃てなかった。
国王が選んだ正妃と第二妃は魔導師の出ではなかった。
とくに第二妃はシュールデルの貴族令嬢だった。
当然ながら魔導師の訓練を王子王女にさせなかった。
こちらとしてもシュールデルの者に魔導師の秘密を明かしたくなかった。
第一王女と第三王女第三王子はそのようなわけで魔導師ではない。
血筋だけでは魔導師になれないのでね」
「シュールデルはシュールデル出身の王妃が産んだ王子たちも殺してしまったの」
「シュールデル出の王妃の子でありながらユヴィニ採掘の協力をしなかったのだから余計に疎まれたと思うよ」
「・・出来ないと言えなかったの?」
「言ったら無価値と思われてしまう。
言えないだろうね。
正妃もやはり王太子と第二王女に魔導師の訓練をさせなかった。
幼いうちから厳しい訓練が必要だということを理解して貰えなかった。
側室のフィーナ殿だけが魔導師だった。
つまり7人の王子王女の中で魔導師の訓練を受け魔導師となれたのは第二王子のシダルタ殿下とディアナ王女だけだ。
おそらくユヴィニの採掘を行っていたのは長年このふたりだけだった」
「でも母は結婚して・・」
「そう。
近年はシダルタ殿下だけがユヴィニを採掘していた。
実際ディアナ王女が結婚されてからユヴィニの輸出量は4分の3ほどに減っていた。
半分に減らなかったのはシダルタ殿下がそれだけ身を粉にして働いていたからだろう」
――なんと・・ジェイの教授の仮説。可能性が低いと言っていた二番目の「王子王女はユヴィニ採掘が出来なかった」説がかなり近かったという・・。
「シダルタ殿下が28歳で未婚だったのもそのせいだろうね。
結婚する暇などなかったし国としても寸暇を惜しんで働いて欲しかっただろうし。
シダルタ殿下はディアナ王女に幸せになって貰いたくて結婚させようとした。
殿下が掛け合ってディアナ王女の結婚話が進んだ。
殿下は良い伴侶を選ぶように王室管理局に言ったはずだが。
ユギタリア国王はヴェルデス王国との友好のためにアドニス王子を選んでしまった」
と無念そうなジュード。
――残念なエロ親父ですみません・・。
リディアはなぜか申し訳ない気持ちになる。
「シュールデルはシダルタ殿下だけしか採掘できないこと気付かなかったの・・?」
「気付かなかったようだね。
シダルタ殿下も一緒に殺してしまったのだから」
――・・でもシダルタ殿下なら逃げられたかも・・。
とリディアは思いながらも未確認情報なので言わないでおいた。