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山神様の呪い  作者: 海埜ケイ
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第2章 ― 1

主人公トリップしました。ここからが本番なので是非読んでください!

―――リイイィィィィン



ふいに遠くの方から鈴の音が聞こえた。

 聞いたことのある鈴の音に、夏希は瞼の上に押し当てていた腕を退かすと、目の前が一気に拓かれる。

 風に揺られてカタカタと鳴る絵馬掛けに、夕暮れ時の空。肌寒さを感じては身震いを起こし両腕を抱いた。気温による寒さではない。この奇妙な光景による薄ら寒さだ。

「なんで、ここにいるの?」

 今の今まで参拝の間に居たはずなのに、何故外に居るのだろう。しかも時間は夜ではなく夕方。明らかにおかしい。

 視界が回り、夏希は耐えきれなくなり、膝から崩れ落ちた。今までどうやって呼吸していたのか分からず、荒い呼吸を繰り返す。

一体、何が起きたのだろう。何故、自分はここにいるのだろう。夜が夕方になるなんて、太陽が西から昇った時と同じくらいあり得ないことだ。疑問は尽きることなく、頭の中を次々と埋めていく。

ふと、腕を抱いていた手の平にゴロリとした感触があり、手を開くと赤い布に付けられた小綺麗な鈴が収まっていた。どこかで見たことのある鈴に夏希は首を傾げたが、それよりももっと根本的な問題に息を飲み込んだ。

「サビてなかったっけ?」

 突然綺麗になった鈴に薄気味悪さを感じて、夏希はどこか遠くへ投げ捨てようと左右を見回していると、ジャリと背後で石を踏みしめる音が聞こえた。

「え・・・・・?」

 振り返ると、そこには複数人の男女が怪訝な顔をして夏希を見下ろしている。

 全員、見たこと無い顔付きで着物姿だ。祭りまでは、まだ数日も先の話なのにもう着物を着て行動しているなんて気が早いにも程がある。

 もしかしたら、舞手の補佐的役割だから着物を着ているのだろうか。

 どう反応して良いか分からず、夏希は鈴の付いた赤い紐を強く握りしめ、彼彼女らを見上げた。

「なあ」

 先頭に立っていた藍色の着物を着た少年が声を掛ける。切れ長の瞳に、肩まで伸びた髪を一つに結び、整った顔立ちをしている。

 夏希は生唾を飲み込み、彼と彼の後ろにいる取り巻き達から発せられる不穏な空気に負けないよう、彼彼女らを睨み返した。

「おまえ、よそ者だよな。何で境内にいるんだ?」

 先頭に立つ少年が不躾な質問に苛立ちを覚える。よそ者は村の神社に来てはいけないと言うのか。

「別に、来たくて来たんじゃない。お母さんとお父さんに連れてこられただけ」

「捨て子か?」

「違う! お祭りの手伝いに連れてこられたの!」

 何て失礼なヤツなんだろう。思わず怒鳴り返した夏希に、彼の後ろにいた取り巻き達はどよめき、囁き合っている。その眼は明らかに軽蔑の念が込められている。

彼彼女らは今年の舞手が神社とは無縁のよそから来た小娘が行うことを知らないのだろうか。

小さい村だから、噂くらいにはなっていると思っていたが、そうではないらしい。

 それにしても捨て子とは酷い。時代錯誤にも程がある。憤慨する夏希を余所に、少年は夏希の全身を見回し値踏みを行う。

「上等な衣だから、最後の手切れ金かと思ったが違うのか?」

「違うに決まってるでしょ! さっきから失礼なヤツ、本っっ当に最低!」

 夏希の言葉に、カチンときたのか少年の後ろにいた少女が前に出る。

「初対面の殿方に向かって、何故“最低”なんて評価を付けられるのですか? 良く知りもしない貴女が彼を罵倒するなど許されることではありません」

「へぇ、そりゃあスミマセンネェ。けど、そっちこそ初対面の人に向かって捨て子呼ばわりしたじゃん! 無礼なのはどっちよ!」

「き、汚い言葉使い。親の顔が見とうございます」

「見たければ勝手に見ればいいじゃん。見に行く気もないのに、そんな事言うもんじゃありませんよぉ?」

 夏希は少女と火花をぶつけ合う。

「芽依、ちょっと下がれ」

 少女――芽依は、少年に言われ、渋々ながらも少年の背後に戻った。だが、彼の背後からおぞましい殺気を放っている。

 少年は夏希に近付き、空かさず額にデコピンを喰らわす。

「―――っ痛!」

「口は災いの元。言い争いは何も生まないぜ」

「そっちから言ってきた癖に」

 ジンジンと痛む額を両手で押さえていると、少年は「おあいこだ」と肩を竦めた。

「オレは高原 洸。さんずいに光るで“ひかり”だ」

「・・・女の子みたいな名前」

「あ? どこが?」

「読み方。普通、男の子は“ひかる”でしょ? “ひかり”は女の子の名前だよ」

 洸はもう一度、夏希にデコピンを喰らわす。

「ふぎゃっ!?」

「・・・失礼な物言いをしたのは確かに悪かったと思うが、人の名前にケチ付けるヤツの方がオレは最低だと思うぞ? 名前は親からの賜り物、他人が罵倒するもんじゃねえよ」

 あまりの正論に、夏希は何も言えず押し黙った。

 洸の取り巻き達は二の次が言えなくなった夏希を蔑み、洸を持て囃した。

 何故、取り巻きのヤツらに悪口を言われなければいけないのだろう。確かに先に悪口を言ったのは夏希だ。だが、あの程度の言葉なら学校では日常茶飯事ではないか。

 そもそも複数で1人を責める方が最低ではないのだろうか。

 沸々、押し寄せてくる苛立ちに、夏希はグッと拳を握りしめ、砂を握った手を洸たちに向かって思い切り投げつけた。

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

「!?」

 慌てふためく彼らを背に、夏希は駆け出した。もう嫌だ、逃げ出したって誰にも文句は言わせない。

 どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのだろう。

田舎に来るのだって父の家事情があったせいだし、朝は母から勉強を、昼は祖母に舞手の練習をさせられ、満身創痍だというのに、休みを与えられる暇が無く祭りの日を迎えなくてはならなかった。

 今まで耐えてこられたのだって、洸一が支えてくれたからだ。彼がいなければ夏希はとっくの昔に投げ出している。

(けど、もう逃げ出したって良いよね?)

 着慣れない袴だったが、要はロングスカートだと思えばいい。途中で下駄を脱ぎ捨て、雑木林を駆けていった。

 彼らの正論が悔しくて、自分の愚論に嫌気が差して、夏希はグルグルと胸の中で掻き混ざる想いを歯を食いしばって耐えた。

 気持ちが悪い。

どうして自分だけがこんな目に合わなければいけないのだろう。

 辛い気持ちが溢れてくる。



「ひゃっ!?」

 足袋がぬかるんだ地面に滑り、盛大に転けた。白い着物と浅葱色の袴が泥色に変わる。

「せ、せっかく、洸一さんが綺麗だって言ってくれたのに・・・」

 それよりも、こんな姿を母に見せたら雷ものだ。祭りは明日の夜。それまでに乾いてくれたら良いのだが・・・。

 夏希は溜息を吐き、簡単に泥の固まりを手で払い落とした。ある程度落ちてくれたが、こびり付いた泥は洗濯機に任せることにする。トボトボと家路に着き、窓や玄関から漏れる灯りにホッと肩の力が抜けた。

(もう今日は寝ちゃいたい)

 本来巫女は、祭り前夜は神社に泊まり込み身を清めなければいけないのだが、先ほどの一件で神社には帰りにくい。怒られても良いから家族に会いたいと思い、夏希は玄関の引き戸を開けた。

「ただいま~~」

恐る恐る扉を開けると、廊下から軽快な足音が複数響き、首を傾げる。

(誰か来てる?)

 近所の奥さんたちが遊びに来ているのだろうか。首を傾げる夏希の前に現れたのは、三歳から七歳までの子供達だった。

「うおっ!? 誰?」

「お母さん、お母さん! 知らない人がいるよぉ~~」

「ドロドロの変な人! 変な人が来たぁ~~」

 子供達は言いたい放題だったが、夏希は反論することなく現状を見届けていた。正直、夏希の理解力の要領を越えている。

 子供達の呼び掛けに、現れたのは夏希の母と同じくらいの年の女性だった。全く見覚えがない。

 女性は夏希の風貌を見て、怪訝な顔になり子供達の肩を抱き、夏希から距離を取った。

「うちに何かご用でしょうか?」

 冷たく敵愾心剥き出しの言葉に、夏希は全身の血の気が引いた。

「え、用って言うか・・・」

 ここは祖父母の家だ。夏希が帰ってきて何が悪い。そもそも、彼女たちは一体誰なんだ。

 困惑する夏希に、母親らしき女性は子供達に奥へ行くよう促した。

(ここはお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家じゃないの?)

 暗いせいで家を間違えたのだろうか。夏希はゆっくりと後退り、玄関縁に踵が当たり尻餅を付いた。

「出て行きなさい! 浮浪者!」

「!? 誰が」

 ――浮浪者だ。そう言葉を繋げようとしたが、目の前に竹箒が突き出され、顔に直撃する。

「――っ」

「出ていけ! 出ていけ! 出て行きなさいっ!」

 顔の前に腕を出し、竹箒の攻撃をガードしながら、夏希は立ち上がり駆け出そうとして、――人とぶつかった。

「きゃっ」

「あ、ごめんなさい!」

 咄嗟に謝ったが、夏希は相手の顔を見て硬直する。向こうも夏希の顔を見て、顔を強ばらせた。

 腰まで伸びた長い髪を、首の後ろ辺りで赤いリボンで結んだ少女。確か芽依と呼ばれていた少女だ。

「・・・あなた」

 芽依が攻撃的な眼差しを向け言葉を重ねる前に、夏希は咄嗟に頭を下げた。

「ごめんなさいっ!」

「え?」

「図星を指されたからって、砂を掛けたりしてごめんなさい! そのことを謝りたくてここまで来たの」

 咄嗟に出た言い訳は、もちろん背後にいる女性に向けてのことだ。目の前の芽依は困惑した様子で夏希を見上げている。

「他の子に聞いてここまで来たんだけど、言葉に詰まって何も言えなくて色々誤解されちゃったみたいなんだ。本当にごめんね!」

 言葉が尽きた。これ以上、言葉を重ねても似たようなことしか言えないし、不審がられるだけだ。今でさえ、胡乱な眼差しを向け続ける芽依が何を言うか内心、冷や冷やしているというのに。

 頭を下げ続ける夏希をどう思ったのか、芽依は静かに「顔を上げてください」と言った。

 おそるおそる顔を上げると、芽依ははっきりとした声で告げる。

「貴女の謝罪は受け取りました。今日は月が顔を出す時間帯です、お引き取り下さい」

 これは拒絶されたのか、それとも謝罪を受け取ってくれたのか悩む回答だ。

 困惑する夏希に、芽依は今度こそ殺意を隠さず冷たい声で「お帰り下さい」と突き放した。

 夏希は慌てて芽依の横を通り過ぎて敷地の外へ出る。家の外装は、祖父母の家と全く同じだというのに、住んでいる住民が違う。

(どこへ行けばいいんだろう・・・)

 家族のいる暖かい家に帰りたい。だが、それは決して叶うことのない願いだと、芽依の家族を見て薄々勘付いていた。

夏希は外灯のないあぜ道をただひたすら走っていった。


――助けて。


誰に聞こえるでもない悲鳴を上げ、夏希は大粒の涙を一つ流した。



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