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山神様の呪い  作者: 海埜ケイ
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第1章 ― 4

少し早足で時間が進みます。


午後の神舞の練習は、型を覚える所から始まった。鎮魂祭まで時間がない為、例年通り三の型まで覚えられたら御の字だと言われている。体育の成績は悪くない夏希は、五の型まで覚えてやると息を巻いていたが、3日目辺りになると、三の型で充分だと理解した。

「う、腕が・・・痛い」

 練習して思い知ったが、神舞は学校のダンスと違い協調性重視ではなく、1つ1つの型に洗練された動きと祈りの動作を合わせなくてはいけない。何度も震えずに同じポーズで止まったり、きめ細やかに神楽鈴を打ち鳴らすのは非常に難しかった。更に、夏が過ぎたとは言え、屋内で練習すると空気が篭もり非常に熱い。

 小休憩の間、比較的ひんやりする床に俯す夏希に叱咤の声が掛かった。

「夏希さん、あなたの神舞には真剣味が足りません。神舞とはただ型通りに舞えばいいと言うものではありません。神に祈り、怒りを鎮めて貰わなければならないのです。さあ、もう一度やり直しなさい」

 第二の鬼め。夏希は祖母を、そう評した。母とは血縁関係が全くないのに、どこか似ていると思う。普段は優しい祖母なのに、神舞になるとまるで鬼だ。

 夏希だって真剣にやっている。逃げ出さないのだから、それくらい分かって欲しい。

 神舞の練習は13時から16時までの3時間ぶっ通しで続けられ、家に帰った後も20時から22時まで神舞についての講義を祖母から受けなくてはならない。

 田舎に来てからというものの、夏希は全く心を休ませる暇がなく、ストレスばかり溜め込んでいる。食が細くなるかと思ったが、毎朝、洸一が胃に優しい昼食や甘味を用意してくれているので、体調は万全だ。少し恨めしくも思う。

(倒れることができたら休めるのに・・・・とか思っちゃうじゃん!)

 正直、洸一がいなければ、夏希はここまで耐えられなかったかもしれない。


 その後も、勉強と神舞の練習に明け暮れ、いよいよ鎮魂祭前日を迎えた。

夏希は一通りのリハーサルをした後、神舞用の衣装調整を行うことになっている。

白くきめ細やかな紋様は金銀の糸で刺繍され、浅葱色の袴の裾には金箔が散りばめられ、まるで星々の輝きを表現しているかのようだ。本番は額と腕に装飾品を身に着ける予定になっている。

「おばあちゃん、洸一さんに見せに行っても良い?」

「後になさい。今晩は高原神社で一夜明かすのですから、その時になさい」

 そんな話しは初耳だ。衣装箱を片付けている母に視線を向けると、母はわざとらしく深い溜息を吐いた。

「お祭り前日に身を清める為に神社で祈りを捧げるなんて、そこまで忠実にやらなくても良いんじゃないかって、私は神職様に何度も取り次いでいたのよ」

「それで・・・」

「神職様は『絶対にダメだ、山神様を怒らせると呪いが降り掛かるぞ』ってもの凄い剣幕で言われちゃったの。呪いなんてあるはずないのに、何をそんなにムキになるんだか」

 こればかりは、夏希も母の意見に賛成だ。今時、呪いなんて古くさいものを信じる人は少ない。面白半分に話のネタに使うのが関の山だ。


――コトン


 祖母が、檜の箱を床に置く音が響き、夏希と母は同時にそちらを見る。

 祖母は目を伏せたまま、ゆっくりと箱の蓋を開けて、中の道具を確認した。黄金色の鈴が棒状に巻き付く形で着けられている道具――神楽鈴を取り出した。

「遠い昔にね、禁忌を犯した子供がいました。その子は人の手で罰せられるはずだった所を、神々の生わす山へ逃げ出してしまいました」

 祖母は1つ1つ、音が綺麗になるのか確かめていく。汚れ1つ見逃さない真剣な瞳を鈴に向け、その中にいる自分自身を見ているようだ。

「その子供が山へ行ったという情報が入ったと同時に、山に土砂崩れが起きました。その子はその土砂に巻き込まれてしまったのです」

 神楽鈴を持ち上げ、軽く手を振り、シャンと音を鳴らす。

「山神様はいつでも私たちの行いを見守っています。鎮魂祭では決して手を抜いては為りません。真剣にやらなければ、山神様から呪いを授かることになるでしょう。―――これは大丈夫そうですね、良い音色です」

 祖母は神楽鈴を箱の中に戻し、また別の箱の小道具を手にする。母は憮然とした顔で全く納得していなさそうだ。正直、夏希も半信半疑である。

(まあ、お祖母ちゃんも頭の堅い昔の人だからね。偶然起こったことを本気にしちゃう年頃なんでしょ)

 だが、そのお陰で今日は勉強しなくて良いことは嬉しいことだ。恐らく神舞の練習やおさらいもしなくて良い。久しぶりに羽が伸ばせそうだ。

 内心、嬉しく思っていると、母は出入り口横に詰んでいた荷物からある物を取りだし、夏希に突き付けた。

「え?」

「今日の夜は手が空いて暇なんでしょ? 参考書を持ってきてあげたわ、ちゃんとやりなさい」

 持ってきてあげたのだからありがたく思いなさい。言葉にはしなかったが、言外にそう言っている。この人は、どこまで自分を追いつめれば気が済むんだ。確かにこの一週間、学校は休んでいたが、別に遊んでいたわけではない。朝は勉強、午後は慣れない神舞の練習、夜は神舞の講習。休む暇なんてご飯を食べる時とお風呂に入っている間だけだ。

(もう、たくさんだ・・・)

 俯き拳を握る夏希の様子に、母は焦れてきたのか、参考書を夏希の肩に軽く当てた。

「ほら、さっさと受け取りなさ・・・」

 母が言いきる前に、参考書を手で払い落とす。バサバサと数冊の参考書が床に落ちるのを見届けた母は一拍遅れて我に返った。

「夏希っ! あんた、何を」

「もう嫌なのっ! 勉強を強要されるのは!」

 目頭が熱くなり視界がボヤけるのを、瞼を強く閉じてから開き払い飛ばしてから、母を睨上げた。

「私はこの一週間、休みなくお母さんとお祖母ちゃんの言うことを聞いて頑張ってきたんだよ! それなのに、2人ともやって当たり前な顔して、私に押しつけて、息抜きもさせてくれないし、もう疲れたの! 嫌なの! やりたくないのっ!」

「馬鹿言ってんじゃないわよ! あんたは受験生なのよ、本気でやらなきゃ落ちるに決まってるでしょ! 志望校への偏差値だって足りてないのに遊んでいる暇なんてこれっぽっちもないっていうのに、こんな田舎村の風習に付き合わなくちゃいけないのを、グッと堪えているんだから、もっと頑張りなさいよ!」

「その志望校って言うのは、お母さんの勝手に決めた志望校でしょ! 私の生きたい高校じゃないもん! 私は無理して進学校に行くんじゃなくて、自分の成績にあった高校に行きたいの!」

「へぇ、それってどこの高校? 名前は?」

「それ、は・・・」

 そこまで詳しいことは調べていない。三年になった途端、母が「ここの高校を受験しなさい!」と言い出して、学校案内書を見る暇なく受験勉強に入ってしまったから、調べる時間がなかった。押し黙る夏希に、母は呆れた風に肩を竦め、息を吐いた。

「ほらね、あんたの言い分なんてその程度なのよ。本気で目標を立てたことない癖に、グチグチグチグチと文句だけは一人前。反論したいのなら、理屈の通った反論材料を持っていらっしゃい。勉強したくない理由を相手のせいにするんじゃないわよ」

 ぐうの音も出ない。だが、夏希の腸は煮え滾りそうなほど沸騰している。夏希がこんなにも苦しんでいるのに、少しも分かろうとせず、無理難題ばかり押しつけてくる。

 勉強なんてやりたくない。ほんの少しだけでいいから息抜きがしたいだけなのに・・・。

 母は震える夏希の姿に気付かず、参考書を拾い直した。

「息抜きもしてないなんて嘘ばっかり言ってないで、ちょっとは真面目に勉強なさい。あんたって子はいつもいつも自分の都合の良いように記憶を改善して、自分を悲劇のヒロインぶったりするから単純ミスが多くて成績が伸びないのよ。勉強は、あなたの身を守る為に必要なことで・・・」

「もういいっ!」

 夏希は母の言葉を再度、区切った。

母は眉間に皺を寄せ不機嫌な顔になったが、目の前に立つ夏希の眼からボロボロと涙が零れる姿を見てギョッとなり固まった。

「もう、いいよ。どうせお母さんには分からないんだ、私が、どれだけ苦しんでるのか。嫌で嫌で堪んないのか。言われなくたってちゃんとやるもん、それなのに文句ばっか言って。押しつけてばっかいて、人の気持ちも分からないヒトデナシな母なんて大っっ嫌い!」

 言い捨て、夏希は休憩所から抜け出した。

 背後から母の呼ぶ声が聞こえた気がするが、そんなもの無視だ。どうせ文句しか言わないし、言いくるめられるだけで終わる。母は自分の思い通りにならないから気に入らないんだ。

 目尻から零れ掛けた涙を衣装の袖で拭い、闇雲に走り続けた。



「わっ!」

「―――っと、夏希ちゃん?」

「洸一さん」

 前を見て走っていなかったせいで鳥居の下で箒を掃いていた洸一に思いっきりぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい。洸一さん」

「いいんですよ。それよりも、夏希ちゃんの方こそ怪我はありませんか?」

 今のは突進した夏希が百%悪いというのに、洸一は自分よりも夏希の心配をしてくれる。先ほどまで、母と言い合っていたせいか、洸一の優しさが百倍身に染みた。

「大丈夫です。そうだ、この衣装、洸一さんに見せたくて」

 夏希は両手を広げて、その場で一回りして見せると、洸一は両手を合わせて拍手を送った。

「うん、とっても似合っていますよ、それに愛らしい」

「ありがとうございます」

「今年の神舞がとても楽しみになりました。夏希ちゃんの神舞、楽しみにしていますね」

 洸一の笑顔に、沈殿していた夏希のやる気が浮上した。

 正直、まだ母に対する苛立ちはあったが、洸一の笑顔で水に流してあげようと思った。




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