第1章 ― 3
翌日から、夏希は母と祖母によって1日のスケジュールが決められた。午前中は参考書の山に取り組み、午後からは鎮魂祭のための神舞の練習に明け暮れることとなった。
だが、幸いしたのが、午前中の勉強を高原神社の休憩室でやっていてもいい事と、洸一の手の空いた時間は洸一が夏希に勉強を教えてくれることになった事だ。
(勉強は嫌だけど、洸一さんに教えて貰えるなら、勉強様々だよ)
実のところ、洸一は本来、都内にある有名校に入学できるほど頭が良かったが、家の経済面により、高卒で神社の手伝いをしているのだという。勿体はない。
「奨学金で入らなかったんですか?」
「奨学金を貰ったとしても、ここから大学へ通うのは無理がありますし、家を借りるにしても都会は高いですからね。バイトと勉学の両立はできそうもなかったので、進学は諦めました」
「・・・両親に怒られたりしなかったんですか?」
「反発はされました。今の時代、大学を出ないで稼業を継ぐのは時代錯誤にも程がある、と。ですが祖父が味方になってくれたので、両親とは疎遠になりましたが、今はこうして高原神社の神職見習いとして居られるのですよ」
嬉しそうな顔をする洸一に、こっちまで嬉しくなってしまう。夏希が目を細めて洸一を眺めていると、ふいに扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
洸一は緩んだ顔を引き締め、相手に入室の許可をする。扉が開かれた瞬間、部屋の空気がピリリと冷たい物に変わり、夏希は自然と背筋を伸ばした。
白髪交じりの頭髪に、厳めしい顔付き、土黄色の着物を身に纏い、釣り上がった眼が夏希に向けられる。
「洸一、客か?」
「はい、その通りでございます、お祖父様。今年の舞手の夏希ちゃんです」
「初めまして、夏希です」
両手を床に付けて土下座をして挨拶する。こうすれば、相手の顔は見なくてすむし、敬意を払っているようにも見えるだろう。
黙って夏希を見下ろしていた洸一の祖父は踵を返し、無言で立ち去った。
「洸一さん。私、お祖父様のことを怒らせちゃいましたか?」
恐る恐る、顔を上げながら尋ねると、洸一はクスクスと笑い声を立てて首を左右に振った。
「いいえ、そんなことありませんよ。お祖父様は気難しい方なだけです。気にしないでください」
「そう、ですか」
「―――灯お祖父様は亡きお兄様の跡を継ぎ、高原の神主に成られた方です。厳格で威厳があり、とても尊敬できる方なのですよ」
灯――、男性では珍しい名前だと思った。流石は昔の人の名前と言ったところか。
「さあ、残り二ページ終わらせたら、昼食です。頑張りましょう」
祖父に会えたことで、洸一のテンションが若干、上がっている気がする。洸一の嬉しそうな顔を見られるのは嬉しいが、参考書を開く姿はあまり、いや、もの凄く見たくなかった。