第6章 ― 4
洸sideです
全身の力が抜ける。
洸の身体は限界に近かった。気付け薬の効果はとうの昔に消えてしまい、鳴りやまぬ頭痛と右手の激痛に、身体が悲鳴を上げている。
(終わったんだな)
これで夏希を元の世界に帰すことができる。苦しますこともなく、優しい家族の元へ送り届けることができるのだ。
洸は額に手を置き、違和感を感じた。
おかしい。
キヨの怨念は浄化されたはずなのに、キヨから受けた呪いが沸々と熱を持って作動している気配がする。
「倒すのが、遅すぎた?」
あり得ない話しではない。呪いを受けて既に1日は経っている。キヨの魂を浄化しても、キヨから受けた呪いがジワジワと作動するものなら、その流れを止めることはきっと誰にもできない。
キヨから受けた呪いは“天災”。恐らくは自然災害の一種だ。今すぐここから離れなくては、夏希達を巻き込むかもしれない。
洸は虚ろな眼を押し上げて、気力だけで前へ進む。
もう誰も巻き込みたくない。
生きて欲しい。
(夏希・・・)
彼女の顔を思い出す時はいつも、怒っている顔、悲しんでいる顔が大半だ。笑っている顔はほとんど見ていないし記憶にもしていない。
(贅沢は言わない、笑ってなくても良いから)
もう一度、彼女似合いたいと願い、洸は扉を開け放った。
秋風が身心に染み渡り、少しだけ息を軽くしてくれた。空を見上げると、満天の星空と共に、崖の上に1つの影を見つけることができた。
「夏希?」
「洸?」
黒い影は、身を乗り出すように崖から顔を覗かせた。
彼女は驚いた顔を見せると、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「やったよ! キヨを助け出したよ!」
彼女のはしゃぎっぷりに、崖から滑り落ちないか不安になる。
「あんまり暴れると、落ちるぞ」
「気を付けてるし、落ちないよ!」
ムッとした表情になる彼女は文字通り、百面相だ。今だけ、自分の目の良さに感謝したい気分だ。心が高揚し、満たされている。
もう、思い残すことなど何もない。後どれくらい、自分の中に時間が残っているのか分からないから、今の内に言っておいた方が良いだろう。
「夏希、よく聞け」
腹の底から、気力を振り絞って声を出す。ちゃんと聞こえているのか不安になったが、今は時間がない。
「オレがキヨから受けた呪いは“天災”、つまり天地災害だ。呪いはキヨが浄化されたと同時に消えた。だが、呪いが作動するまでの“天災”は止まることができなかった」
山頂付近から地鳴りのような音が聞こえた。
洸は声を掻き消されながらも発した。
――――恨むなよ
誰を、とは言わなかった。




