第6章 ― 3
『あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”・・・・・』
ビー玉が芽依の身体を貫いた瞬間、芽依の背中にあったキヨの形を模していた靄が吸収されていく。まるで掃除機に吸い込まれていくゴミのようだ。
同時に、周囲にあった靄も掻き消され、世界に色が戻っていった。
黒い靄を吸収するのに数分も掛からず、ビー玉は輝きを失い黒い球体になって地面に落ち、キヨの怨霊が抜けた芽依の身体も俯せに倒れた。
夏希の身体からりゅうこが抜け出ると、夏希の髪色や服装は元に戻った。
膝から崩れ落ちる夏希の前で、りゅうこは黒くなったビー玉に手を触れる。
『・・・キヨ』
りゅうこの呼び掛けに、黒くなったビー玉から白く虹色に輝くものが飛び出てきた。
りゅうこは跳躍し、“彼女”を優しく抱き留めた。
『キヨ・・・・』
『りゅう、こ、さま?』
『あぁ、私だ。ずっと逢いたかった』
『私も、あなたさまにお逢いしとうございました』
涙を流すキヨの身体を、りゅうこは優しく抱き絞めた。
2人の魂が絡み合う。
寄り添い、愛おしげにお互いを見つめ合う姿は神々しく思えた。
「良かったね、りゅうこ」
夏希が声を掛けると、りゅうこは照れたように笑う。
『礼を言うぞ、ナツキ。そなたらの働きがあったお陰で、我はこうしてキヨと共にある』
「偉そうな口は相変わらずなんだね」
『性分だ』
クックッと喉で笑うりゅうこの胸を押して、キヨが夏希に笑みを浮かべる。
『ナツキさん、私を救ってくれて本当にありがとうございます。それと、その子には謝っておいてほしいの。私のせいで苦しい思いをさせてしまったから』
キヨの視線の先、夏希の足下には先ほどまでキヨの怨念に取り憑かれていた芽依が横倒れていた。
「うん、分かった。けど、芽依は怒っていないよ。凄く優しい子だからさ、むしろキヨの事を心配してるかも」
でなければ、出会って間もない相手に話を合わせたり、恋敵に対して塩を送るような真似はしないはずだ。
いや、優しいからこそ、キヨに取り憑かれたのかもしれない。同じ恋の病に悩ませる者同士、同調し身体を貸し与えたと言う方がまだしっくりくる。
キヨは困ったような笑みを浮かべ、芽依を見つめる。
『私は何千年も前に死んだ身。現在を生きる彼女に心配されることは何もないのに・・・・本当に優しい子ね』
キヨは微笑み、りゅうこも笑みを浮かべる。
『ナツキ。約束通り、そなたを元の時代へ送ろう』
りゅうこは手を挙げ、夏希の前に“それ”を落とし、夏希は手を伸ばして受け取った。
「鈴?」
『さよう、その鈴を我が拝殿の右奥の部屋で掲げると良い。何も考えず、ただ帰ることだけを願うのだぞ?』
「・・・もしも、違うことを考えたら?」
『お主の魂は時の狭間に落ちて、二度と地上へは戻れなくなる。神界にも人界にも行けず、廃人になっても消えることはないだろう』
りゅうこの言葉にゾッとする。
身震いする夏希に、キヨはりゅうこの頬を軽く叩いて諫めた。
『そんなこと言ってはいけません。大丈夫です、ナツキさん。この時代に未練を残さなければよいのです。彼岸明けの逢魔時までの間なら、まだこの時代にいることはできます。けれど、彼岸明けまでに鏡を使わなければ、あなたはこの時代から抜け出せなくなるでしょう』
「彼岸明け・・・」
つまり明日の夕方までというわけか。その間に、この時代で出逢った人々にお別れを言わなければならないなんて・・・。
押し黙る夏希の左手を、キヨはソッと両手で包むと、暖かい“気”が流れ込んできた。
「これは・・・」
『私からの僅かなお礼です』
キヨが手を離すと、穴の空いていた左手の傷が塞がり、青痣のような跡になっていた。
「スゴい・・・、ありがとう」
キヨは微笑み、りゅうこの元へ行く。
すると、2人の身体が眩い光りに包まれていった。
『ありがとう、夏希よ』
『あなたの人生に幸あらんことを』
2人の姿は闇夜の中へ跡形もなく消えた。
恐らく、他の神々のいる高天原へ還ったのだろう。
夏希は、グッと鏡を持つ手に力を込める。
(終わったんだ・・・)
神様と娘の無念を晴らし、見事災厄を呼ばずに済んだのだ。
夏希はその場に腰を下ろして長い息を吐いた。




