第6章 ― 2
最終決戦
ふわりと、暖かいものが夏希の全身を包んでいった。
それが何なのか理解する前に夏希の中に入り溶けていく。
(暖かい、こんなに優しいんだね)
コンコンと湧き上がる胸の熱と共鳴するように、夏希の髪色が赤く染まる。
胸元から現れる布地が腕を巻き、足を巻き、気が付けば赤い平安染みた着物を身に纏っていた。
「この姿は・・・」
夏希が自分の身体の変化に驚いていると、脳内に声が響いてきた。
『ふむ、どうやら成功したようだな』
「りゅうこ!?」
『我は今、そなたの身体の中にいる。所謂、憑依というものだな』
平然と言ってのけるりゅうこに、夏希は口端が引きつった。
「送るって、そういうこと? 私の身体に憑依させるってことなの?」
『当たり前だ。例え、魂だけこちらに送られたとしても、器がない限り我に手出しはできん。それに、憑依と言ってもキヨがやっているような憑依ではなく、部分的なものだ。そなたを傷付けぬと、高原の子と約束したからな』
何か釈然としないが、高原の子というのは洸のことだろう。また、守ってくれようとしていることに、小躍りしたくなるほど嬉しかった。
「! え?」
身体が急に動き、跳躍して後方に避けた。さっきまで夏希のいた場所に黒い靄が鋭い刃となって突き刺さっている。
『ぼやぼやするな。何度も言うが、我は補助だ。そなたがキヨを助けねばならないのだからな!』
「ご、ごめん」
叱咤され、反射的に謝ったが、何とも言えない気分だ。夏希は右頬を軽く叩いて雑念を払うと、ビー玉を強く握った。
洸曰く、パチンコという投擲機を使えば、楽にビー玉を打ち込むことができるという。
目を閉じ、両手を前に伸ばすと、手に巻き付いていた袖が紐状に変わり、ワイ字形のパチンコを象った。
ギリギリと狙いを定める夏希に、キヨは目を細め、靄を複数の手の形に象らせて夏希に向かって一気に襲い掛かる。
『上だ!』
言われるが早く、夏希は跳躍した。すると、尋常じゃない飛距離でキヨの手から逃れる。
(スゴい)
感心する夏希に『気を抜くな!』とりゅうこの叱咤が飛ぶ。
避けたはずの手がゴムのように曲がり夏希を目掛けてきた。
夏希は身体を反転させて、手の甲に回し蹴りを与えたり、着物の袖で手を払ったり、時には着物の一部が紐状に変わって手の追撃を退けてくれた。
だが、それだけだ。このまま防戦一方でも勝ち目はない。
(どうしよう。このままじゃあ、これじゃあ狙えない)
焦れる夏希の手に、りゅうこの大きな手が重なった。
『大丈夫だ、好期はある』
「りゅうこ・・・」
『キヨの攻撃は、我が全て弾く。そなたは投擲に集中しろ』
夏希は頷き、再びキヨに狙いを定める。
無数の手が夏希に襲いかかってきた。
(怖いっ、・・・けど)
言葉通り、キヨの手が夏希に届くことはなかった。
紐状となった着物の裾がキヨの手を払い、夏希の邪魔を防ぐ。
正直、パチンコなんて今初めて手にした。何て無茶ぶりだと思う。
(けど、諦めることなんか絶対にしない!)
ここまで来るのにたくさんの事があった。
過去に来て独りぼっちだった夏希に手を差し伸べてくれた人、夏希の言葉を信じてくれた人、悪いことをしたら叱ってくれた人、そしてーーーー。
(私は恵まれてると思う)
人を好きになることができた。
辛いことも、痛いことも、たくさんあったけど、楽しかったこともあった。
だから、守りたい。この時代を、自分の為だけじゃない。この時代の人たちに恩返しがしたい。
夏希は狙いを定め、紐を腕の限界まで引く。これではパチンコではなく弓だなと頭の隅で苦笑する。
(今だ!)
りゅうこの合図が来る。
「いっけええぇぇぇーーーーっ!!!」
手を離すと、ビー玉は夏希の横を通り過ぎ、キヨの手の間を上手く擦り抜けて飛んでいく。
このまま当たれ。と強く願ったのがいけなかったのだろうか。
キヨの目が狡猾に笑い、手の平でビー玉を弾くべく振り下ろした。
「ダメッ!」
咄嗟に叫んでも意味がない。ビー玉はキヨの手の平をーーーー擦り抜ける。
驚愕する芽依の胸元にビー玉は突き刺さった。




