第6章 ― 1
再び道無き道を歩く夏希だったが、その足取りは確かだ。
草葉を掻き分け、大きめの岩や枝は飛び越えて先に進む。
迷う気が全くしない。
(最初から、ビー玉を手にしていれば良かった)
夏希が足を踏み出すたびに、手の平のビー玉が熱くなり方向を教えてくれた。
某アニメみたいに方角を表してくれる方が数倍楽だが、そこは我慢だ。
今は一刻も早く、芽依に追いつかなければならない。
(多分、キヨは本殿へ向かってる。洸と鉢合わせになっちゃダメだ!)
茂みを掻き分けると、少しだけ拓けた場所に辿り着いた。そしてーーー。
「待ちなさい、キヨっっ!」
「!?」
遠くの方にいた芽依が肩を揺らし振り返る。
睨みを利かせて近付く夏希に、芽依は落胆した風に大袈裟に肩を竦めた。
「あら、死んでなかったのね」
「お生憎様、首を絞められた程度じゃあ死なないよ」
「やっぱり心臓を潰さなくちゃダメなのね」
困ったわぁ、と夕御飯のメニューを考える主婦のように、芽依は右頬に手を添える。
芽依は夏希を脅威と思っていない。寧ろ、小蠅と同等のように煩わしく思っているだけのようだ。両手を使っても、殺虫剤を使っても簡単に消してしまえる面倒な相手。
余裕ぶる芽依に夏希は苛立ちを募らせた。
「いいから、その子の身体から出ていってよ!」
「嫌よ!」
「何で!」
「だって、この身体が無くちゃ、私の声が届かないかもしれない、私だって気付いて貰えないかもしれない。そんなの、絶対に嫌!」
芽依――キヨの叫びと共に、突如、黒い霧状の靄が辺り一面に放出した。
何百、何千年もの間、憎み恨み続けた憎悪が霧状になり、芽依の身体から溢れ出てくる。
黒い靄は芽依の背中に形造られ、人の形となり現れる。
『うふふふ、これが愛する乙女の力。誰にも負けない、邪魔されない呪いにも似た力よ』
左手を天に向け、更に黒い霧を放出する。
ただでさえ木や枝葉によって空が見えにくくなっていたのに、黒い霧は範囲を広げて蔓延し、あっという間に辺り一面を飲み込んでしまった。
暗闇に飲まれた世界で色の付くものはたった2人。
夏希は赤く染まった腰ひもが巻かれている手を握りしめた。
キヨはニンマリと赤く大きな口を開いた。
『さあ、私の一部になりなさい。そうすれば、きっとあなたも私のことを理解できるようになるわぁああ!』
キヨが腕を振るうと、突風が夏希を襲う。
咄嗟に腕を顔の前に出して守ったが、風の打撃は腹部に当たり、夏希は後方に吹き飛ばされる。
「かはっ・・・・」
唾液が飛び散り、仰向けに倒れた。
その時、気付け薬が口から出てしまい、左手の激痛を思い出してしまった。
痛い、どうしようもなく痛い。
その場で蹲る夏希に、キヨは容赦なく第二撃を与える。
「あああああああぁぁぁぁ・・・・」
左肩に突き刺さるような痛みが加わり、夏希は涙を流した。
痛い、苦しい、辛い。
やっぱり、夏希には無理なのだ。
芽依を、キヨを助ける事なんて。
何の力も、縁もない自分がこの時代に呼ばれた事自体が間違えだったんだ。
朦朧とする意識の中、夏希は鈴の音を聞いたような気がしたーー。
―――――リイイィィィィン
どこかで聞いたことのある鈴の音に、夏希が瞼を押し上げると、目の前に洸の背中が見えた。
(ゆ、め?)
洸は夏希の前に立ちはだかり、キヨから芽依を守っているようだ。
何て都合の良い夢を見るんだ。
これが人生最後の夢なら、もう思い残す事なんて何もーーー。
『聞こえるか、夏希』
「ふえっ!?」
直接、脳内に響く洸の声に、夏希は完全に覚醒した。
見上げると、前を向いていた洸が夏希の方を見ている。
その身体は透けていた。
「ひ、洸?」
『届いてるようだな、それならいい。今からお前のところにりゅうこを送る』
「はあ? ちょっ、なにそれ」
『キヨを止めるには、りゅうこの存在が必要不可欠だ。けど、りゅうこの依代は本殿にあるり、持ち出すことはできない。だから魂だけを送る』
「そんな陰陽師みたいなことできるの?」
『やってみないと分からねえだろ? けど、できると確信してる』
目の前の洸の幻影がフッと笑みを浮かべた。
『りゅうこが選んでオレとおまえじゃなきゃダメって言ったんだ。それに約束しただろ?キヨを助けるってさ』
「洸・・・。分かった」
洸の幻影が消える。
目を閉じて待ってみても、もう洸の声は聞こえない。
洸は夏希を信じて全てを託した。
彼の想いに応えたい。夏希が強く念じた時だったーーー。




