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山神様の呪い  作者: 海埜ケイ
27/39

第5章 ― 7



(・・・何だ、今の?)

遠くの方で何か声が聞こえた気がする。

洸は立ち止まり耳を澄ませてみるが、何も聞こえない。どうやら空耳のようだ。

洸は小さく肩を竦めると、気を取り直して暗い獣道を歩き出した。

無造作に伸びた草葉が素足に当たり小さな切り傷を作る。

痛くはないが、鬱陶しく思い、振り払うように洸は足に力を入れ、痛み出した右腕の存在を忘れる為に気付け薬を歯の奥で囓った。

昼間に比べると、辺りは暗闇一色で何も見えない。木や枝に頭をぶつけないよう慎重に歩き、神経をすり減らしていく。

(夏希を、守るんだ)

山神と約束したんだ。

彼女を元の時代に戻さなくてはいけない。

山神の愛した娘の怨霊によって、無理矢理この時代に連れてこられた哀れな娘を。

本当なら、両親や祖父母のいる暖かい家にいるはずだった彼女を。



―――守りたい



洸はふと、血に濡れた右手を見て笑みを浮かべる。

気付け薬の効果があまりないのか、シクシクと痛むし、それに比例して頭痛も鳴りやまないが、この傷は、この血は、彼女と交わった証だ。

手を重ね、お互いの血を擦りつけ縁を結ぶ。

これほど効果的な呪いを洸は知らない。

だから大丈夫だ。

まだ歩ける、まだやれる。

腹の前に右手拳を置いて山を歩いた。




「来、た・・・」

目的の場所には呆気なく辿り着くことができた。

深い山の奥には、三方を崖に囲まれた中心に小さな社が建てられている。

高原神社の“本殿”だ。

「ここに、りゅうこの本体があるのか」

洸はゆっくりと本殿へ近付く。

大きさとしては、物置小屋ほどしかなさそうだ。

数段しかない階段を上がり、戸を開けて中に入った。畳三畳といったところだろうか。

飾り気も何もない部屋の中央には、金で磨き上げられた台座の上に擦り切れた布切れと黴と埃にまみれた勾玉が置かれていた。

洸は台座の前に胡座を掻いて座り、腰に巻いていた数珠を左手で取り右手の指先と摺り合わせた。



『たかまのはらにかむづまります よろづのかみたちに

やまのかみひとのこのあやまち おかしけむくさぐさのつみごとを

けがれはらひたまへきよめたまへともうすこと

きこしめせとかしこみかしこみもうす』



りゅうこに教わった祝詞が、日本の八百万の神々に届くかは洸にも分からない。

だが、りゅうこが願い、キヨを求める気持ちを理解できないほど、洸は子供でもない。先月十五を迎えた洸は村の掟に従うと、立派な成人男子だ。来年の春、芽依と婚礼の儀を上げて夫婦になる予定だ。

 だから、人の色恋沙汰については多少知識があると思っていた。

(けど、そんなものただの絵空事だった。本当に人が人を求める時の感情を理解していなかったんだ)

 今なら分かる。自分が、どんな人間を好きで、どんな将来を描きたいのか、その為の努力も惜しまないつもりだ。

 熱く、周りが見えなくなるほど熱い感情が込み上がってきて、まともな判断ができなくなり、自分と周りの常識の間に厚い壁が隔たれ、余計な誤解を招いてしまう時もある。

(だから、許してくれ。八百万の神々)

山神りゅうこと人の娘キヨの犯した禁忌をどうにかして許して欲しい。

2人は長い年月、それも気が遠くなりそうなほどの時の間、ずっと罰せられ続けてきた。

もう充分だろう。2人の罪を、抑えきれなかった煩悩を、誰が咎めることができようか。

(誰も、責めることはできないんだ)

人は愛する生き物だから。自分を愛し、他人を愛することで生きていくものだ。

それは神様だって同じじゃないのか。

自分を愛し、他人を愛することで世界の秩序を守ろうとする。

(ほら、何が違うって言うんだ。同じだろう?)

それでも、まだ2人を許せぬ神が居るのなら、洸は全身全霊を持って抗議してやる。

いずれ人に神々の世界について説法するなら、神々に行っても問題ないだろう。

説法は神職の役目。洸は高原の跡取りなのだから。

洸は神力を高める為に数珠を擦り、祝詞を唱え続ける。

届け、届け、届けーーー。


夏希が洸に託した想いを無下にしない為、洸は唱え続けるのだった。





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