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山神様の呪い  作者: 海埜ケイ
26/39

第5章 ― 6


芽依の後に続き、夏希は山道を走っていた。

暗く、あぜ道にもなっていない獣道を、洸と同じように芽依は軽やかな足取りで走っている。

少しでも目を反らしたら見失いそうだ。

(・・・それに、これのせいもあるよね。やっぱり、少量の気付け薬じゃダメだったかな。痛みがどんどん戻ってきている気がする)

ズキン、ズキンと痛み出す左手に巻かれている腰ひもは血で真っ赤だ。せっかく芽依が手当をしてくれたというのに。

そもそも血が止まらないのは、手の平に風穴が空いているせいだろう。

(痛すぎてのたうち回りたいけど、・・・・・洸だって同じ傷を負ってる)

重ねた手の甲に打ち込まれた五寸釘を思い出すだけで、身の毛が弥立ち、立ち止まってしゃがみ込みたくなりそうだが、それと同時に思い出す言葉がある。


『・・・これでオレたちは血を交わらせた仲になったな』


痛みで涙を流しながら、洸は笑顔でそう言った。

夏希を励ますように。

自身にとって何でもないかのように振る舞っていた。

左手が熱い。

痛みのせいもあるけれども、彼の手の温もりがまだ残っている気がして、流れていく血に混ざって彼の血が滴っているかと思うと不思議と笑みが零れた。

(私たちは、まだ一緒にいる! 一人になんてさせないよ)

夏希は気を取り直して、前に向き直った。




気が遠くなるくらい走った気がする。

前を走る芽依の背中が二重に見えて定まらなくなり、何故かだんだんと近付いてきている気もした。

「ふぎゃっ!!」

「きゃっ!!」

夏希は思い切り、芽依の背中にぶつかったが、芽依が咄嗟に近くの木に手を伸ばしたお陰で二人とも転ばずに済んだ。

芽依は不満気に睨んでくるが、不可抗力だ。

肩で息をする夏希を見て、芽依はフンッと顔を逸らし、一点に集中する。

「あそこが山神様のいらっしゃる本殿です」

芽依が身を引いて立ち位置を交替すると、夏希は自分のいる場所が少し出っ張った崖の上であることを知った。本殿は崖の下にあり、高さは建物の三階くらいある。

あのまま落ちていたら本当にマズかったのと、止まって良かったとホッと息を吐いた。

(それにしても、アレが本殿か・・・)

正直、拍子抜けだ。

てっきり“本殿”なんて言うから、有名観光名所の寺並に大きな場所かと思ったが、実際は近所にある神社のようなこじんまりとしたものだった。

「あそこに、りゅう・・・山神様の本体があるの?」

「えぇ、その通りです。本殿には山神様の象る神器があり、そもそも高原神社とは山神様を祀る為に建てられた場所のことです。ここは、高原の地の始まりの場所となっております」

芽依の話しを聞きながら、夏希はりゅうこから聞かされた謳を思い出していた。



『かつて、人と神々が、まだ同じ世界に住んでいた時のこと。

高原に住む1人の村娘が山神様と恋仲に落ちていく。

身分や種族の違う二人の恋は結ばれることなく、縁切られた。

身の程知らずの娘は同村の人々に殺され、山神は己の罪を償う為に山の奥深くに封印される。

愛しい人が死に悲しみくれる山神は知らぬ知らぬ内に天災を呼び起こし、その村だけでなく周辺の村々まで襲わせた。

怒り狂う山神の心を静める者はいないのか。――誰もが思ったその時に、娘の血縁者が巫女の姿を模し、山神に舞を捧げた。

すると、山神の怒りも収まり、村に平和が戻った。

此岸と彼岸が交わる日、境年の子供、舞い踊れ

高原の山神の怒りを静める為、舞い踊ろう』



 ここが、全ての物語のはじまりの地と言うわけか。

本殿にはりゅうこの本体があり、洸はそこへ向かっているはず。ザッと辺りを見回したところ、先に出ていったにも関わらず、洸はまだ本殿には着いていないらしい。

「ここから、あそこへ行くにはどうすればいいの? ・・・・芽依?」

 返事がない芽依を不審に思い振り返ると、芽依の身体から黒い靄のようなものが掛かって見えた。常識ではあり得ない光景に、悪寒が走り、夏希は体勢を低くして身構えた。この靄の感覚は、見たこと無いけど肌で感じたことはある。間違いようがない。

(キヨが芽依に取り憑いてる!?)

 伏せられていた芽依の瞳が開かれ、黒い涙が流れて落ちる。

「ねえ、どうしてあなたなの? 許嫁は私なのよ。小さい頃からずっと一緒で、いつの日か自分の両親のように素敵な夫婦になることだけを夢見てきたのに、どうして洸の瞳には、あなたしか映っていないの?」

 ゆっくりと近付いてくる芽依から逃げようと後退するが、すぐに背中に木が当たり退路を断たれる。

「私は、ただ、ずっと一緒にいたい。隣で生きたいだけなのに、愛することにどれだけの罪があるというの! 私は、私は、洸を世界で一番“愛している”のにっっ!!」

普段の彼女ではありえない荒々しい物言いと、断末魔が周辺だけには留まらず、村向こうの山々まで木霊する。



ピイィィィイイイィィィィィンン



耳の奥まで劈く音に、夏希は両手で耳を塞ぎながら膝を付いた。

「―――っ」

「私は、私が一番、洸のことを良く知ってる。彼を“愛してる”のは私だけ、彼の隣にいて良いのは私だけ、だから・・・」

芽依の手が夏希の首を絞める。

「邪魔するヤツは死ねえええぇぇぇっ!!!」

「―――っが!?」

苦しくて息ができない。

芽依の手を振り払いたいのに、頭に響く音のせいで両手が耳から離れない。

(離したく、ないのかな・・・)

今更、何を言っているのだろう。

このままでは確実に殺されてしまう。

いなくなった洸を探す為にここまで来たというのにーー。



『お主、呪いを受けておるな。この呪いの印は“天災”、放っておけば命に関わる危険がある』



 ふいにりゅうこの言葉が浮かび上がってきた。洸は夏希を助ける為に、キヨから呪いを受けてしまったのだ。洸が受けた呪いが、どんな作用をするのかは分からないが、洸の命に関わることだけは知っている。

(だから、こんなところで終わらせない、負けてたまるか!)

夏希はゆっくりと右手を離し、ポケットに入れていたビー玉へ手を伸ばしたが、夏希が何をしようとしているのか気付いた芽依は両手の力をより一層、強めた。

「がっっ・・・」

夏希の指先はビー玉に触れることなく、ポケットからずり落ち、目の前が真白に変わる。

(もぅ、ダ、メ・・・・)

夏希は目を閉じて、そのまま意識を手放した。

芽依の口元が孤の字に変わる。

「ふふっ、ふふふっ。これで念願は果たしたわ。後は、彼を捜さなきゃ。あの人の依り代、私と彼は今度こそ幸せになるの・・・」

ゆらゆらと揺れ動く芽依の足取りは、まるで酔っぱらいのように覚束ない。それなのに、彼女はしっかりと前へ進み、暗い森の中に同化して消えてしまった。








「――――っっは、はぁはぁ、苦しかった」

ゲホゴホと、咽せながら夏希は起き上がった。

 芽依が夏希の首を強く絞める直前に、洸から貰った気付け薬を奥歯で噛み締めたお陰で、気絶することはなかった。ただ、ほんの一瞬だけ、あまりの苦さに失神し掛けてしまったが、それも良いカモフラージュとなったようだ。

 今も相変わらず左手は痛んでいるし、口の中も涙が出るほど苦いが、動けなくはない。

 夏希は芽依が巻いてくれた腰ひもを見つめ、手を握る。

 手当てをしてくれたのは、本当の芽依だ。まだ彼女は完全に取り憑かれているわけはない。キヨを引き剥がすことができれば、きっと元に戻る。

けど、悪霊に取り憑かれながらも口にした洸への想いもまた、本当の芽依のものの様な気がしてならない。

 芽依がいつからキヨに取り憑かれてしまったのかは分からないが、早朝、芽依と洸が向き合って話している時の芽依の横顔がどうにも忘れられない。

 恥じらい、熱の篭もった瞳を洸に向け続けていた。おそらく、小さい頃から本当に洸のことだけを想っていたのだろう。

 純粋で綺麗な恋心が、今回はこんな形で悪用されてしまった。

「私には、ないな。こんなにも長く人を好きでいられる自信なんて・・・」

 四日前のあの晩、愛する人と離ればなれで寂しいと、蕩々と語りながら近付いてくるキヨに、夏希は完全には同調できなかった。夏希の家族に会えない寂しさから、キヨは己の“寂しさ”を上書きしようとしていた。

キヨが夏希を諦め、芽依に移行したのは芽依の中の“寂しさ”に気付いてしまったからだろう。洸に相手にされなくて“寂しい”心と、相手に会えない“寂しさ”を持つキヨが上手く同調してしまったのなら、2人を引き離すのは難しいかもしれない。

「けど、諦めるわけにはいかない。・・・洸のことが好きなら、洸のことを悲しませちゃダメだよ」

 例え、洸から芽依への好感と、芽依から洸への好感の意味が違くても、洸が芽依を大切に想っているのは間違いない。でなければ、嬉しそうに結婚後の予定など話すはずがないのだからーー。

 仄かに痛む胸に拳を当てて押さえ込み、夏希は立ち上がり、ポケットの中からビー玉を取り出した。

 空に掲げると、ビー玉の中で白い光りの粒が乱反射している。

「絶対に助けるからね、芽依」

 夏希は芽依のことはあまり好きではないけど、洸にとっては大切な人だ。

仲良くなってから、まだ数日しか経っていないけど、その間で夏希は洸に助けられてばかりだった。励まされ、精神的に支えて貰ったり、たくさんの感情を貰った。

(芽依を助けるのは、わたしが洸にしてあげる恩返しでもあるから・・・)

 だから絶対に助けよう。

 夏希はビー玉を握りしめ、芽依が去った方向を睨みつけた。




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