第5章 ― 4
まだ洸sideです。
『ほんに、人間は面倒なことばかりするのだな』
ぼんやりと意識を浮き沈みさせていた洸は、夏希の口から出てくる男性の声に目を剥いた。
「・・・りゅうこ?」
顔を上げると、夏希の瞳が燃えるように赤く染まり、左手の痛みなど気にする素振りもなく笑みを浮かべていた。
『そうだ、お主らがあまりにも行動に移すのが遅くて痺れを切らしてのう。まさか、この様な状況になっていようとは思ってもみなかった』
やれやれと、肩を竦める夏希に、洸は眉を寄せた。
「悪い、オレたちに、キヨを、助ける術は、ない」
『ほう? 諦めるのか』
「・・・諦めたくねえよ。けど、この状況で、抜け出せるわけ、ねえ、だ」
―――パキン
言葉の途中で、手に刺さっていた五寸釘にヒビが入って粉々に砕け散った。洸はそのまま仰向けに倒れ、夏希は普通に立ち上がって洸を見下ろした。
『これで動けるだろう? 我にはそなたらしか頼むものがいない。高原一族の神力と亘野一族の器。この2つが揃っている今でしかできぬ事だ』
「・・・どういう、ことだよ」
『これがお主に頼もうとしていたことだ。我が本殿に参り、この祝詞を唱えて欲しい』
瞬間、洸の頭の中に文章が刻まれた。急に出てきた祝詞に、頭痛を覚えたがそれも一瞬のこと、頭を振るっている間に、まるで“昔から”その祝詞を覚えていた感覚になった。
『キヨを助けるには、キヨの中に蓄積した怨念を取り除かなくてはならない。が、今のキヨはそこの亘野一族とは別の亘野一族の身体を手にしてしまった。故に、我が直接、封印石を叩き込まねばならない』
「別の亘野一族って・・・、この時代の亘野一族って事か?」
『そう、お主の許嫁だ。彼女はそこの亘野一族の祖母に当たる』
金槌で頭を横殴りにされた衝撃を受けた。正直、右手に受けた傷よりも、胸の痛みの方が勝る。
呼吸が上手くできず、過呼吸を起こし掛けたが、咄嗟に奥歯に入れた気付け薬を潰して、苦い汁を口の中に満たした。脳天を付くような苦みに、涙を零しそうになったが呼吸を正常に戻すことができた。
『今は、彼女のことに衝撃を受けたり、詮索をしている暇はないぞ。説明に戻るが、お主は我が本殿に赴き、我が今、お主の頭の中に叩き入れた祝詞を祈りを込めて詠むのだ。さすれば、我は亘野一族に力を貸すことが出来、彼女自身を危ない目に遭わすこともないだろう』
彼女を危ない目に遭わすことがない。
「本当か?」
『ああ、約束しよう。それと、キヨの怨念が祓われれば、お主の身に降り掛かっている呪いも解くことができよう。時間がない、今すぐ本殿へ行き祝詞を唱えるのだ、良いな?』
「分かった」
洸が深く頷くと、夏希はフッと笑みを浮かべ――倒れた。
咄嗟に両手を前に出し、夏希を受け止めるも、洸は焦った声で呼んだ。
「夏希っ!」
見ると、夏希はぐったりとした様子で気を失っている。りゅうこの憑依が解けたのだろうが、突然やられると心臓に悪い。長く息を吐く洸の耳に、カチャリと鍵が開く音がした。
「・・・さっさと行けってことか」
洸には視えないが、おそらくりゅうこはまだこの近くにいる。そして急かしている。
洸は夏希を床に下ろすと、誰も視ていないことを確認し額に唇を落とした。
「呪いだ、おまえが無事に帰れますように」
袖で唇を拭い、洸は振り返ることなく部屋を出ていった。




