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山神様の呪い  作者: 海埜ケイ
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第1章 ―1



 夏休みが終わったというのに、まだ暑い日は続いている。

 窓の外を見ると、8月と同じような深い海色の空と厚い入道雲が山々の間から顔を覗かせていた。

 都会から約三時間、途中休憩を入れて四時間近く車に乗っている。

 今頃、学校のみんなは授業中だろうか。ぼんやりと窓の外を見ていた夏希の顔面に本がぶつけられる。

「~~~~~っ」

「ぼーーっとしてる暇があったら、勉強でもしてなさい。受験まで後半年もないんだからね」

 鼻頭にぶつかったのは数学の参考書だ。家に置いてきたはずなのにいつの間に・・・。

「車の中で勉強すると、酔って気持ち悪くなるって言ったよね?」

「酔い止め飲んだんだから平気でしょ? はい、シャーペン。他の勉強道具は後ろのトランクに入れちゃったから、向こうに着いたら出してあげるわ」

「いらないよ、そんなもの!」

「はぁ? 夏希、あなた自分が何を言ってるのか分かってるの?」

「お母さんこそ、自分が何を言ってんのか分かってんの?」

 助手席に座る母と、バックミラー越しで睨み合いをする。

 車の中の空気に耐えられなくなった父が、苦笑いを浮かべた。

「まあまあ、母さん。夏希はこれから大切な儀式を行わなければいけないんだ。勉強は帰ってからでも良いんじゃないかな?」

 父の援護に、夏希は嬉しく思い、母は不機嫌な顔全開になった。

「あのねえっ! そもそも、あなたの家の訳の分からない行事のせいで受験期の一番大切な時期に夏希は一週間もまともに勉強ができなくなったのよ! 分かってるの!」

「訳が分からない行事じゃないよ。ばあちゃんの時代から続く大切な儀式さ」

「古くさいのよ! 今時、寺や神社の子じゃないのにお祭り行事に駆り出される意味が分からないわ」

「うん。そこは僕も昔から疑問に思っていたことだけど・・・」

「ほらみさない。やっぱり、今からでも帰りま」

「そのお陰で、香穂子さんに出逢えた」

「!?」

「僕はこの行事があって良かったって心の底から思うよ」

 母は顔を真っ赤にさせ、俯き押し黙り、父はバックミラー越しにウインクをしてくれた。

父のお陰で車の中の空気が緩和され、息苦しい感じが無くなった。

 正直、両親の惚気を目の当たりにするのは心持ちあまり嬉しくないことだが、あのままギスギスした雰囲気のまま居たくない。

(確か、お父さんが田舎の祭事でやった鎮魂儀の舞について、大学の民俗学の講義で話したのがきっかけでお母さんと仲良くなったんだっけ?)

 小さい頃から何万回と聞いた両親の馴れ初めはタコ耳だ。

 夏希は参考書の表面に手を滑らせながら窓の外を見つめる。

 延々と続く田圃道に、ようやく終わりが見えた。

「このトンネルたちを越えればすぐだ!」

 父が言うや否か、一瞬にして世界から色が消えた。

 暗い筒状のトンネルの中、橙色の光りが通り過ぎていく。

 対向車線や前後に車の影はない。文字通りこの車しか走っていない。

 トンネルを3つほど抜けた先に、ようやく求めていた景色が広がった。

「・・・着いた」

遠くに見える山々に囲まれるように存在する小さな村。人口も百人ちょっとしか住んでおらず、若者より老人の方が大半を占める閉鎖的な場所だ。

家々の間にある畑や雑木林は、風が吹く度に青々と茂った若葉を波立たせ、眼下にある水田の水はキラキラと輝き、その上にトンボが行き交いしていた。

この光景を夏希は嫌いではなかった。

どこか懐かしい懐古的な気持ちになり、夏希は小さく笑みを浮かべる。





~・~




「―――っ、何でこうなるの!」

 頭を抱え、悲痛の叫びを上げても、目の前の現実は変わらない。

 あれから、車はすぐに祖父母の家に辿り着き、夏希は祖父母と久しぶりの再会に喜び合った後、夏希は母に二階にある書庫へ押し込められてしまった。大量の参考書と一緒に。

「いくら勉強させたいからってさぁ。今回の旅の主役は私なのに、なんで私をそっちのけで話し合いに行っちゃってるわけ? 意味分かんないんですけど!」

 車の中でのやり取りを思い出しては、夏希は勉強机に額を打ち付ける。

 夏休みが明けてすぐに、受験生である自分が一週間も学校を休むのは確かにマズい。一応、推薦は目指しているが、母の求める高校に行くには成績が少し足りない。

 目の前にある真新しい参考書の山の、一番上の表紙を少し捲っては断念する。

(うん、無理。できるわけないし)

 参考書を積まれて、勉強しよう何て気にはなれず、寧ろ嫌悪感が湧き上がってくる。

 夏休みもずっと夏期講習やら補習やらで勉強詰めだった。しばらく教科書や参考書は見たくない。

 母は、夏希を知名度の高い高校に入学させ、トップに近い成績で卒業し、将来が安定している一流企業に就職し、そこで出会った素敵な男性と寿退社をして、可愛い孫を見せてくれることを願っている。

「ムリムリ。今の時代、そんな生き方できる人は絶滅危惧種に登録されてるよ」

 勉強机から少しでも離れたくて、勉強机の対面にある書庫の本棚に背中を預け、目を閉じた。

遠くの方で遅起きの蝉たちが、ジージー、ミーミーと、好き勝手に鳴いている。

時間だけが流れていく。



―――ィィィィン



ふいに涼しげな鈴の音を聞いた気がする。

夏希は目を開け、窓を網戸ごと開けて外を見るが、それらしい物は見当たらない。

下の方を覗くと、こちらは家の反対方面のため人影一つなかった。

 夏希はニッと口端を上げ、窓辺に足を掛けて思い切り飛ぶ。

窓の向こうは瓦なので、そこに降り立ち、壁を伝って隣の部屋のベランダに移動した。

 隣の部屋のベランダには祖母が洗濯物の為に使っているサンダルが置いてあったので、それを拝借して再び壁伝いに瓦の上を歩く。

夏希の記憶が正しく、この家が昔のままならばこの先はーーー。

「ふふふ、ビンゴ!」

 人差し指と中指を擦らせて、短い音を鳴らす。

瓦の屋根の少し下辺りには倉庫の屋根があり、倉庫の壁には梯子が立てかけられている。

 夏の間、台風によって瓦が剥がれていないか確認する為、梯子が常に倉庫の横に置いてあるのを覚えていた。

 今は初秋だが、先週最後の台風が着ていたので、もしかしたらまだ梯子が立て掛けられているのではないかと思っていたが大当たりだ。

 夏希は倉庫の屋根に飛び乗った後、梯子を使い地面に降りてから、正面玄関の方から堂々と外に出た。

 こういう場合、小説や漫画では普通は裏手に行くだろうけれども、そちらは台所の勝手口の前になるので人の出入りが多く、逆に正面玄関の方が人がいないことが多かった。

(それに万が一、お母さん達が帰ってきたら面倒なことになるもんなぁ)

 お祭りに対する打ち合わせなので、遅くとも夕方までに帰れば問題ないだろう。

 それまでは参考書のことを頭の外に追いやっておく。

「いやぁ、気分がいいですなぁ」

 久方ぶりの外に、夏希はウンと両腕を伸ばしてから肩を回した。コキコキといい音が鳴り、肩がスッとする。

 左右を田んぼに囲まれた平坦な道を進んで行くと、書斎の二階から見えた雑木林に差し掛かった。

「ようやく、涼しげな道か」

 サアアァァ、サアアァァと葉擦れが連呼し、爽快な気分を味わう。今は気温的に丁度良く感じるが、これが真夏だったならば、左右の雑木が風の通りの邪魔をして蒸し暑い場所だっただろう。

ゆっくりと雑木林を抜けて普通のあぜ道に戻り、いくつかの田圃を横切った先に山の連なりが見えてくる。

木々の間に隠れていて見にくいが、山の麓には石柱と石段があり、山の奥へと続いている。

夏希は迷うことなく石段を登った。

石段には小さい子やお年寄りのためのスロープがある。緩やかと言い難い斜面の石段を登る途中、夏希は身体を反転させ石段に腰を下ろした。

「はぁ~~~、ちょっと休憩!」

小さい頃はもっと軽快に登っていた気がするのに年を取ったものだ。額から流れる汗を手の甲で拭き、片手で仰ぐが生温い風とも言えない風しか感じることができない。

夏希は深々と溜息を吐き、眼下の景色を眺めた。



「そこ、邪魔」

「え?」

 振り返り見上げると、逆光で顔は見えないが、多分同じ年くらいの男の子が学ラン姿にボストンバックを肩に掛けて立っていた。地元の子だろうか。

そう言えば、夏希自身は学校を休んでいて忘れていたが、今日は平日だ。夏希は慌てて立ち上がり、男の子に場所を譲った。

「どうぞ」

「・・・ん」

 男の子は小さく会釈して通り過ぎる。



―――ィィィン



 部屋の中で聞いた鈴の音が聞こえた。

「え、今のは!」

 夏希はすぐに振り返り階段を見下ろしたが、男の子の姿は見えなくなっていた。

 どこか懐かしい鈴の音だけが、夏希の耳の中にいつまでも残っている。



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