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山神様の呪い  作者: 海埜ケイ
19/39

第4章 ― 5



 冷たい泥水の底で、夏希は眠っていた。身体を丸めて少しでも寒くないようにしていたのだが、ふいに温かい手が差し伸べられた。冷たい泥水の底まで迎えに来てくれた手に、夏希は縋るように掴むと、意識が一気に浮上した。

辛くて、悲しくて、どうしようもない気持ちが夏希の全身に襲いかかり、身体をバラバラにされるような激痛にさらされる。

(痛い)

 この手を離せば、この痛みから介抱されることは知っている。けど、離す気にはなれなかった。

 確かに辛くて逃げ出したくなるとは思うけど、この暖かさを手放したら後悔する。ずっと繋いでいたい。心の底からそう思った時、夏希はようやく“瞼”を押し上げた。



「・・・洸?」

「! 夏希、目が覚めたか」

 起きた瞬間、目の前に洸の顔があり、驚いた。夏希は洸の肩を突き飛ばし、距離を置く。

「近い!」

「うおっ!?」

 不意を突かれた洸は背中から倒れ、悶絶している。軽く押して倒れただけなのに、大袈裟だなぁと半ば呆れた視線を送った。

「・・・けほっ。おまっ、いきなり突き飛ばすなよ」

「だって、近かったんだもん。ていうか、ここは・・・」

 周囲を見回そうとして、背後から聞こえてきた高笑いに、夏希と洸は身を固くする。

『はっはっは、流石は亘野一族。威勢が良いなぁ』

 振り返った先に見たものは、長身の美しい男性だった。燃えるような赤い髪を足首まで伸ばし、白い装束衣装は平安時代の貴族を彷彿した。

 彼は袖から扇子を取りだし、口元を隠す。

『我が名は“りゅうこ”。高原に祀られ封印されし山の神だ』

「りゅ、りゅうこ?」

「山神?」

『左様、お主たちは今現在、余の作り出す霊界に招いておる。ここでは現世の時の流れとは区切られており、他の干渉が一切ない。話し合うには打ってつけの場所という訳だ』

 夏希と洸は顔を見合わせた。

 お互いに今の現状が理解できていない。そもそも、夏希は先ほどまで拝殿の物置で監禁されていた記憶しかないのに、いきなり目の前に洸の顔があったり、知らない空間に座っていたり、神を名乗る不審人物が目の前にいる状況で何を信じればいいのか本当に分からなかった。

 訝しむ夏希を横に、洸は身を乗り出し小さく挙手した。

「質問しても良いか?」

『なんだ』

「オレがさっき会った、夏希の身体にいたヤツの正体をおまえは知っているのか?」

 洸の言葉に夏希は目を丸くする。

「私の、中に?」

「あぁ、さっきまでおまえの中に別の魂が入り込み、おまえの身体を乗っ取ろうとしていたヤツがいた。亘野一族とか、高原一族とか、オレやお前個人ではなく家名を出してきたことも気になる」

 腕を組み悩み出す洸を見下ろし、りゅうこは憂いた顔で瞼を伏せた。

『アレは、永きに渡り人々への怒りや憎悪を蓄積させし怨念、いわば悪霊だ。今やこの村にとっての外敵にしか成り得ぬ存在となり、挙げ句の果てにおまえをこの時代へと寄越してしまった罪深き女だ』

「この、時代?」

 りゅうこの言葉を反復する洸に、後ろめたさを感じて夏希は俯いた。

 りゅうこは目を細め、扇子をパチンと閉じると、その先を夏希に向けた。

『そこの子娘は、悪霊の手によって60年後の時代から“神隠し”に合い、この時代にきてしまったのだ』

 事実を突き付けられ、ヒュッと息を飲み込んだ。自分で考えつくのと、相手から指摘されるのでは、心の負担が大分違う。

 ズキズキと心臓当たりが痛み、夏希は胸の前にソッと手を添えーーー重ねられた。

「!?」

「おまえ、この時代の人間じゃなかったんだな」

「・・・うん」

「けど、今はここにいるな」

「え?」

 瞬きを繰り返す夏希に向かって、洸はニッと白い歯を見せて笑った。

「おまえはここにいる。オレと手が取り合える、話し合える、笑いあえる。不謹慎だけど、おまえがここに来てくれてオレは嬉しい」

「―――っ」

 目尻から涙が溢れてきた。洸は懐から手拭いを出して、こぼれ落ちる涙を拭ってくれる。

 嬉しいのはこっちの台詞だ。今の言葉でどれだけ夏樹が救われたのか、洸は気付いていないだろう。

 独りぼっちの寂しさも、この時代にいる不安も、全て吹き飛ばしてくれる魔法の言葉だ。

 戻れるとか、戻れないかとかでも、生きているでも、死んでいるとか、全部どうでも良くなった。

(私、言い訳ばっかり並べて自分は不幸だって思いこもうとしていただけなんだ)

 認めてくれる人がいる。ここにいて良いと言ってくれる人がいる。それだけで充分ではないか。

 夏希は上がらない口角を無理矢理上げて笑顔を作ろうとした。

 少し歪でも気持ちが伝わればいい。だからーーー。

「ありがとう、洸」

 洸の両手を握り、祈るように額に押しつける。

 目を閉じていたせいで、夏希は洸が顔を真っ赤にさせて狼狽していることに気付くことはなかった。




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