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山神様の呪い  作者: 海埜ケイ
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第4章 ―4

洸sideになります。




 夏希が閉じこめられてから数時間後。なかなか釈放されない夏希に痺れを切らした洸は父である司に直談判を申し出ていた。

 両手を床に添え、額も床スレスレまで近付けて頭を下げる。今はプライドも何もない。今はただ夏希を助けたい、それだけしか頭には残っていなかった。

「父さん、お願いします。夏希はオレに付き合っていただけで、故意であの場所に居たわけじゃない。何の打算も持ち合わせていない、だから、どうか父さんの力でーー」

「ダメだ」

 洸の必死の訴えを、司はピシャリと一喝した。洸は震える拳を、より強く握った。

「何でですか!」

「洸。おまえも分かっているだろう、今は大切な祭事前。些末な揉め事の種は潰さなければならないんだ」

「些末って、夏希はオレのせいで捕まったんだ。オレが誘わなければ、あいつは社になんて行かなかった」

「そうだ、反省こそがおまえの罰だよ。大丈夫、閉じこめているのは祭事が終わるまでの間だけだし、酷いことはしないよ」

「・・・本当?」

「ああ、神職の言葉に偽りは無し。約束するよ」

 ようやく顔を上げた洸の頬を司は撫でて微笑む。洸は曖昧な笑みを浮かべ、その場をやり過ごした。

 司の部屋を出て、自身の部屋に戻ると、洸は灯りを灯さないまま机の中から数珠を取り出し、二重巻きにして首に掛ける。霊力を高める為、長さは洸の身長くらいはある数珠だ。こうでもしないと運べない

 服装も夜着を脱ぎ捨て、瑠璃色の袴と薄青色の着物を着て、草履ではなく足袋を履き、窓から抜け出した。

 二階にある洸の部屋の近くには背の高い樹木がなっているので、それに掴まって器用に降りる。

 夏希が閉じこめられているのは拝殿の物置部屋。月の明かりだけを頼りに、洸は身を低くし移動した。

 夜も更けてきているのに、あちらこちらに人の気配や声が漂っている。バレないように、バレないようにと願いながら小走りしていると、舞殿の上から話し声が聞こえ咄嗟にその場に伏せた。

 誰だよ、と内心悪態を吐いていると、馴染みのある声が洸の耳に入る。

「しかし、あの娘もよくあんな社に近付けたよなぁ」

「あぁ、神さまの子供が居る社だろ? 気味悪ぃよな」

「そこにいるのに生まれてないってだけで気持ち悪いっつーのに、その場で飯まで食ってたらしいぜ?」

「ヨモツヘグイか?」

「その可能性があるって、タガタは言っていたな。だから、祭事が終わったらお祓いをするっつってたぞ」

「それがいい。悪い目はさっさと潰すに限るからな」

 談笑しているのは、確かタガタ仲が良い酒屋の店主と米農家の次男坊だ。2人は事々ある度に司を神職の座から下ろし、タガタを神職の座に据えたがっている。

(・・・っていうか、何でタガタおじさんは神職の座が欲しいんだ? 村に不調を招いてまで欲する理由っていうのは一体)

洸もいづれは司から神職の座を賜る地位にいる。灯が生まれてくるのが遅かった理由は、兄弟での争いを防ぐ為だと小耳に挟んだことはあるが、神職というのはそんなに良いものなのだろうか。

(信仰を深め、此岸と彼岸の舟渡をするのが役目。ただそれだけなのに、どうして争いが生まれるんだよ)

 洸は数珠に付いた勾玉を握りしめ、膝立ちになり舞殿を通り過ぎた。

 拝殿近くには人の気配は少なく、洸は膝立ちを止めて普通に歩いていた。

「拝殿の物置って言うと右側だよな」

 洸は建物を壁沿いに行き、物置部屋の窓を探しーーー。

「え? 空いてる」

 窓が外側に開いていることに驚愕した。

 駆けつけ、窓縁に手を掛けると部屋の中に足を踏み入れた。

「夏希っ!」

 小声で呼び掛けるが返事がない。人の気配もない。完全にもぬけの空だ。

 洸はサッと血の気が引いた。

 洸が夏希を逃がしてやれば、罪は洸が被ることになるが、夏希が自分の意志で逃げ出したとなれば、逃亡罪になる。

(くそっ、どこへ行った!)

 洸は再び窓縁に足を掛け、跳躍した。


―――――リィン


 洸の耳に涼やかな音が聞こえた。

(鈴? どこから)

 洸の意識が上の空になった瞬間、世界が暗転し、洸は背中を強く打った。

「―――っ!?」

 着地に失敗した。

 息が詰まり噎せ返る。喉を押さえ何度か咳をし、呼吸を整えてから洸は起き上がった。

「――はぁ、――はぁ。・・・って、ここは」

 左右を見回し、洸は言葉を失った。さっきまで拝殿の物置にいたはずなのに、いつの間にか森の中にいる。狐に化かされた気分だ。

「背中の痛みからして、現実なんだろうけど、一体なんなんだよ」

 愚痴を零しながら、ゆっくりと身体を起こした時、懐から何かがこぼれ落ちた。

「あ、これ・・・」

 夏希と初めて出逢った日、玉砂利の中に転がっていたのを拾ったものだ。鎮魂儀で使う神楽鈴に付いているものに似ていたので拾ったのだが、

「机の引き出しに入れてたはずなのに・・・」

 先ほど慌てて準備をしたので、その時着物の中に入り込んでしまったのだろうか。不審に思いながらも、あまり深くは考えないよう、落とさないように袴の紐と鈴に付いている赤い紐を強く結び付けてから懐にしまい込んでおく。

立ち上がり、洸は周囲に気を付けながら移動した。ここは一旦、山を下って村の方へ行くべきなのだろうけど、村の方へ行く気にはなれなかった。

 夜の山を散策するのは危険で、良い場所で野宿するのが懸命なのだが、それもしなかった。まるで誰かに導かれるまま、足が勝手に進む。

(肩に掛けた数珠が心なしか熱く感じる。誰かがオレを呼んでいるのは確かだ)

 その相手が夏希であればいい。彼女は無実の罪で監禁されたのだ。

「そう言えば、あいつ。何か変だったよな」

 灯の名前を聞いた途端、顔を青ざめ生気が抜けた風で、何度、声を掛けても返事が無く、タガタに連れて行かれた時も無抵抗だった。

 洸は足を止め、腕を組んだ。

「まさか、あいつ。神さまに連れて行かれたんじゃ・・・」

灯の魂に引き寄せられた神力が夏希の魂を奪い去ったというのなら、あの様子も納得がいく。7歳以上の人間が神さまに連れて行かれると、魂のない身体だけが残る状態になってしまうのだろうか。

嫌な考えを振り払うように、洸は地面を蹴りスピードを上げた。もし、夏希が物置部屋にいなかった理由が、神さまの仕業なら夏希は今、本堂にいる。

高原神社の本堂は山の中腹にあり、今は道無き道の先にあると祖母から聞いたことがあった。枝を踏み、茂みを飛び越え、洸は不思議と速度を落とさずにいられた。

 木々の間を縫って出た先の小さな拓けた場所に辿り着き、捜し人を見つけた。

「夏希!」

 洸の呼び掛けに、夏希は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

「!?」

 洸は踵でブレーキをして立ち止まった。目の前にいるのはどこからどうみても夏希だ。それなのに、洸の心が叫んでいる。



“これは夏希じゃない!”



 十二分に距離を取り、洸は両手を前に構えを取る。護身術は学校で習った程度で実践は初めてだ。洸は生唾を飲み込み、向こうの出方を待つ。

 夏希は両手の平を合わせて俯いた。



――悲しいの


――寂しいの


―――一人は嫌なの


――――側にいて欲しいの


――――分かって欲しいの


――――理解して欲しいの


――――嫌わないで欲しいの



――――好きでいたいの



私はーーーーーーだから




 夏希の声が脳に直接響いてくる。全身の悪寒が止まらない。これは“夏希”じゃない。

 洸は数珠を握り、“夏希擬き”を睨み付けた。

「おまえ、一体ダレだ。夏希をどこへやった!」

 夏希擬きは顔を上げ、両手を自分の胸の上へ押し当てた。


『ここ、私はここにいる。この子が受け入れてくれた。亘野一族はわたしを受け入れてくれるのよ』


「亘野一族・・・って、芽依の家の?」


『違うわ。この“時代”の亘野一族には隙がないんだもの。悲しみも寂しさもなく、あるがまま受け止めてしまう。だから、私はね、“女”であり“亘野一族”であるこの子を招き入れたの。ずっと欲しかった器。この子なら私を受け入れてくれると信じていたから』


 恍惚とした笑みを浮かべる夏希擬きに、洸は全身が粟立った。夏希擬きの身勝手故に、夏希は居場所を奪われ、身体を奪われたというのか。

 怒りで頭の中が沸騰してしまいそうだ。洸は首に下げていた数珠を外し左手に巻き付ける。

「おまえの好きなようにはさせるか! 夏希は返して貰う!」

 一呼吸置き、洸は真言を唱える。司に習い、神さまのご加護を人々に与える為の詞。これが夏希擬きに効くかはわからないが、今の洸にはこれしかできない。

 人ならざるものへの対処など、知るわけがないのだから。

 洸の真言に、身体を揺らした夏希擬きだったが、特に何も起きないことを知るとクスクスと笑いだした。


『惨めだわ、愉快だわ。憎き高原一族は手をこまねくだけで何もできやしない。愉快だわ。もし、あなたに“印”を付けたら高原一族はどうなるかしら? 見物だわ、楽しいわ』


 夏希擬きがゆっくりと近付いてくる。洸はギッと睨みを利かせて真言を唱え続けるが、どうにも意味がない。

(クソッ、どうすれば・・・)

 夏希擬きの中指と人差し指が洸の額に触れる。冷たく、身体の芯から凍えてしまうような悪寒に晒された瞬間、洸の身体に夏希が倒れ込んできた。

「!? 夏希」

 肩を掴み引き剥がそうとすると、夏希はぐったりと冷や汗を流し目は閉じていた。

 一体、何が起こったのかと思った瞬間、世界が虹色に包まれる。



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