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山神様の呪い  作者: 海埜ケイ
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第4章 ― 2


 走る洸の後を追うのは大変だったが、意外にも早めに減速してくれた。頭の中の地図によると、ここは境内の一番右上に当たるだろう。

そんな場所に拝殿を倉庫の大きさにしたような小さな社のようなものが建っていた。

「ここは、高原神社の本殿を参考に造られた杜だ。本来なら、本殿として使われるはずだったんだが、できなかったらしい」

「できなかった?」

「ぅん、あんまり言うと大人達が怒るんだけど、ここ高原神社は元々、神さまの怒りを静める為に造られた鎮魂の儀を主とする神社なんだ。除災招福・健康長寿など厄払い関連の守護を持っていると言われているんだけど、その中に“家内安全”は入っていない。そもそも、恋愛関係の祈りをすると必ず破断するって言われている」

「は、破談・・・」

 以前、元の世界で恋愛成就の絵馬を書いたことがある為、心の中でマジかーーっ、と叫ぶ。そこで、ふと思い出すのは司夫婦だ。

「司さんと葉子さんは? めっちゃ仲が良いけど」

「あの2人は特別。高原の子は不思議と大恋愛ができるようになってるんだ。子孫繁栄のためなのかは分からんが、その血筋は一回も途切れたことがない」

「途切れるって、・・・いつから?」

「さあ? 言い伝えでは、神話時代から代々高原の人間がここの祭事を取り仕切ってるって言われているから、二千年前じゃね?」

「に、二千年!?」

 それはスゴい。純粋に感動する。その間、戦や震災が無かったわけがないのに、高原の血筋は一回も途切れることなく、今の時代まで血を繋いでいるなんてーー。

「浪漫だ」

「浪漫? 変なこと言うな、おまえ」

「えーー、浪漫じゃん。葉子さん達も言ってたけど、出逢うべきして出逢うって、まるで前世からの因縁って感じで格好良いって思うんだけどな」

「変なヤツ。・・・因みに、高原の血はまだまだ続いてるんだぜ」

 ニヤリと悪巧みをする表情を浮かべた洸に、夏希は首を傾げた。社の数段しかない階段を段飛ばしで上り、洸は首から下げていた鍵を使い、杜の扉を開けて中に入った。

 夏希も後に続くと、洸は素早く夏希と立ち位置を替わり、内側から鍵を閉めた。

「わぁ」

 部屋は八畳程の広さがあり、玄関から見て左側には、水瓶と簡易釜戸が設置されている。簡易釜戸は長い間、使われた様子はなく上に木の板が置かれ台として使われていた。

 それよりも夏希が一番に目を奪われたのは、畳が敷かれている部屋の中央に白い布団の上でスヤスヤと眠る赤ちゃんがいた。

 生後一年くらいだろうか。白地に淡い青色の着物から、ふくよかで柔らかな手足が顔を出している。時折、寝惚けて腕を動かしては顔に擦りつけて、着物の裾を甘噛みしていた。

「か、可愛い・・・」

「だろ? オレの自慢の弟だ」

「弟?」

兄弟だったのか。よく見れば、目元がどことなく似ている気がする。まだ顔が赤ちゃん過ぎて分かりにくいが、似ている気がするのだ。

「私、一度も会ったことないけど?」

「そりゃ、弟はまだ生まれていないからな」

 当然と言い張る洸に、夏希は額に手を当てて待ったを掛ける。

「ごめん、全然意味が分からない。生まれてるのに生まれてないってどういうこと?」

「・・・おまえ、世間知らずだな」

「だから、教えてっていったじゃん」

 ついさっき約束したことをもう忘れたのかと、唇を尖らせると、今度は洸の方が額に手を当てる。

「いや、ここまでとは思わなかった。・・・いいか、人って言うのは7歳になって初めて人間になれるんだ。母のお腹から生まれてきた赤子は、魂が彼岸の方に半分、此岸の方に半分ある状態で、まだ神さまの子なんだ。ここまではいいか?」

 正直、首を横に振りたい。だが、何となく理解している自分がいるのも確かだ。

 五日前に、司から“神隠し”について教えて貰ったことを思い出す。


『七つまでの幼子は神様の子供だから、自分の子供を連れて帰るつもりで連れて行ってしまうと言われているんだよ』


 つまり、この世界での全体的な認識として、7歳未満は“神さまの子”という共通認識がある。赤ちゃんは神さまからの授かりものと言われているが、まだ“神さまの子”という認識なら、その子は『生まれていない』ということになる。

(いるのに、いない存在って事なんだ)

 夏希は胸の中に渦巻く靄を、胸に拳を当てることで押さえつけた。

「こいつは生まれてまだ一年しか経っていないから、この社で隔離されている。神さまに連れて行かれないように、弟が人としてちゃんと生まれてくるように、こうやって守ってるのさ」

「お世話はどうしてるの?」

「祖母がしてる。本来、身内はこの社に人は入っちゃいけないんだけど、長年、高原の神職をしていた祖父母だけは神のご加護があるとされ、神さまの子を育てる権利が与えられている」

「人が、入っちゃダメ・・・」

 夏希は今度こそ口端を引きつらせ、洸をジト目した。

 洸は拳に親指を立てて笑った。

「こんな可愛い盛りの弟を見とかないなんて人生の半分は損しちまうだろ!」

 良い笑顔で言い切った。

「それに、お祖母さまには許可を貰ってるよ。『お祖母さまがご飯中はこの社は蛻の殻になる。誰か来ても分からないわね』ってね。だから、朝は父さん、学校のある昼は母さん、ない日はオレ、夜は学校のある日はオレで、ない日は母さんが見に来ることになってるんだ」

 つまり暗黙の了解というわけか。

夏希はホッと息を吐き出した。

 こんなに可愛い子が、7歳になるまで家族の愛が貰えないなんて可哀想過ぎた。夏希は靴を脱ぎ、蛇口を捻って手荒いうがいをしてから畳の部屋に入った。今度は洸が夏希の後に続く。

 すやすや眠る洸の弟の横に腰を下ろした。

 本当に可愛い。

 試しに人差し指を立てて頬を突っつこうとしたが、洸に人差し指を掴まれ、ついでに睨まれる。

(・・・お触り禁止ですか)

 もしかしたら、家族も触れることが禁止されているのかもしれない。本当に見るだけ、近くにいるだけしか許されないなんて、なんて酷なことだろう。

 夏希は顔を上げ、洸に尋ねた。

「ね、この子の名前はあるの?」

「生まれてないから、まだない。・・・けど」

 洸は視線を夏希から弟の方に向け、慈愛の念を込めて見つめた。

「灯―あかり―って名前にしたい。人々の心を明るく灯す優しい子になって欲しいと思っているからな」

「へぇ、灯かぁ」

「女々しいとか言うなよ」

 ギロリと睨まれ、慌てて頭を振る。

「いや、思ってない! 思ってない! そんなことより、洸の名前にも実は意味があるの?」

 ほんの少しだけ思ったが、敢えて口にはせず話題をすり替える。洸はジト目を解き、短く息を吐くと苦笑を漏らした。完全にバレている。

洸は夏希の言葉を言及することなく、気付かないフリして話題に乗ってくれた。本当に先日とは雲泥の差の対応だ。

「オレは水のように深い器を持ち、人々の上に立ち輝ける男になるように名付けられたんだ。おまえは?」

「私は普通。夏生まれで初めての子供だから、夏希。望まれた子って意味」

 深くもなければなんの捻りもない名前だ。つまらなそうに肩を竦める夏希に、洸は率直な感想を口にする。

「良いな。望まれた子、愛されてる証拠だ」

 洸の言葉が夏希の胸に刺さる。

 愛されている子。

 最後に母と会話した時、夏希は己の苛立ちを全てぶつけていた。無理強いさせられた勉強と舞手の練習の日々に母からの嫌味。

 鬱陶しくて、煩わしくて、振り払いたくて、夏希は口に出したくない悪態をこれでもかと吐き出して、逃げ出してしまった。最後に見た母の険悪な顔が、まだ鮮明に頭の中に残っている。今はどんなに会いたい、話し合いたいと思っても、することができない。まさかこんな事になるなんて、あの時は夢にも思っていなかった。

(母さん、母さんは私のことどう思っていたの?)

 何を思って自分に接してくれていたのか知りたい。夏希が両手を重ねて目を閉じた瞬間、腹の虫が盛大になった。

「・・・・ック」

 夏希と洸はどちらが先とも言わず笑い出した。

「そうだな、腹減ったな。飯にしよう」

「うん、お腹ペコペコだよ」

 2人は同じ塩おにぎりを頬張り食べ始めた。

 塩おにぎりは、夏希と数人の年輩の女性が作ったものなので、味はそれぞれの個性がよくでている。塩が利きすぎるもの、あまり利いていないもの、形が綺麗なものに不格好なもの。

 味が薄くて不格好なものは夏希が作ったものだ。塩分が気になり、あまり塩を付けずに握ったら、塩の味がしなくなってしまった。

 本末転倒だ。

 無言で粗食していると、ふとした疑問が夏希の中に居座った。スヤスヤと眠っている灯の寝顔を見ながら、夏希は首を傾げる。

(灯かぁ、どこかで聞いたことがある名前なんだよね)

 洸同様、男の子で灯なんて珍しい名だ。東京の同級生や両親の知り合いでもなかった気がする。では、どこで聞いて、誰の名だ。目を閉じて思い出してみる。





『洸一、客か?』



『はい、その通りです、お祖父様。今年の舞手の夏希ちゃんです』



『初めまして、夏希です』



 黙って夏希を見下ろしていた洸一の祖父は踵を返し、無言で立ち去った。



『洸一さん。私、お祖父様のことを怒らせちゃいましたか?』



『いいえ、そんなことありませんよ。お祖父様は気難しい方なだけです。気にしないでください』



『そう、ですか』



『―――灯お祖父様は亡きお兄様の跡を継ぎ、高原の神主に成られた方です。厳格で威厳があり、とても尊敬できる方なのですよ』




 脳裏に甦った記憶に、夏希は水筒を床に落とした。幸い、蓋を開ける前だったので畳が濡れることはなかったが、落とした音で灯がぐずり始める。

「おい、夏希!」

 鋭い声で夏希を咎めようとした洸だったが、顔を真っ青にする夏希を見て言葉を失った。その間、灯の鳴き声が大きくなっていく。

「あ、かり・・・って、この村では良くある名前なの?」

 不安な心がどんどん広がっていく。信じたくない心と、真実を知りたいと思う心が激しくぶつかり合っている。

灯をあやせない洸は苛立ちながら吐き捨てた。

「あるわけないだろ! オレが名付けたんだ。この村に灯はただ1人だけなんだよ!」

 パズルのピースが合わさった。

 知っているけど知らない土地。祖父母の家へ行った時、全く知らない人たちの家になっていた。司と出会い“神隠し”に遭った事を知った。では、どこへ“神隠し”にあったのか。

 夏希は虚ろな目で洸を見つめる。

(私、タイムスリップしてたんだ)

 今は目の前にいるのに、“本来の夏希のいるべき世界”では既に死んでいる存在。洸だけではなく、司も、葉子も、ここにいるほぼ全員が死んでいる。

 じゃあ、自分は?

 生まれてきてすらいない自分は何なのだろう。夏希の視線が泣き続けている灯へ向けられる。

生まれているのに生まれていない、ここにはいない存在。

(私と、この子。どう違うって言うの?)

 自分の身体が宙に投げ出されたような喪失感が夏希を襲った。




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