第3章 ― 3
司の好意で居候となった夏希は、司の言葉通り朝は葉子の手伝いをし、昼は司の家の書庫で本を読み、夜はまた葉子の手伝いをして過ごした。
元の世界に帰る方法に関しては、三日経った今も何の情報もない。そもそも“神隠し”自体が迷信や言い伝えが多く、どうにも信憑性に欠けた。
「この世界の人に話したくても、大人は忙しそうにしてるしなぁ」
四日後に祭事があると言っているだけあって、司は朝から準備で大忙しだし、葉子も司の手伝いをしている。時折、神社に参拝に来る村の人たちは余所から来た夏希を敬遠し、近付こうともしない。
境内の掃き掃除をしているだけなのに、見せ物屋の珍獣にでもなった気分だ。
「かといって、子供と言えばねぇ・・・」
チラリと視線を辿った先には、林に囲まれた鳥居と下りの石段が聳えている。
一緒に暮らしている洸は、ここ数日の間、学校へ通っており朝餉と夕餉時以外に顔を合わせることはなかった。
例え廊下などですれ違ったとしても、第一印象が最悪だったので話すことは何もない。
「砂を投げたのは悪かったと思うけどさあ、知らない場所で不安がってる女の子に向かって「捨て子か?」って言ったりデコピン喰らわすなんて、本当に最低だと思うよ!」
向こうが謝らない限り、夏希は許す気にはならない。洸の取り巻きの1人芽依には謝ってしまったが、彼女も夏希の謝罪がその場凌ぎのものだと気付かれていただろう。
「よし、綺麗になったかな」
境内の掃き掃除が粗方終わり、社務所で司の手伝いをしている葉子に報告しにいった。
葉子は窓を開け、境内を見回すとにっこりと微笑む。
「ありがとう、夏希ちゃんのお陰でとっても助かったわ。今日のお手伝いはこれでおしまいにして、ゆっくりと村を探索していらっしゃい。逢魔時になる前には帰ってきてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
夏希が頭を下げ、上げると、葉子はすでに別の人と話し込んでいる。
忙しそうだ。
夏希は駆け足で鳥居を抜けて司の家へ向かう。玄関を通り過ぎて家の角を曲げると、小さな倉庫が家の壁を背に置かれている。倉庫の引き戸を開けると、中は季節感溢れるものでいっぱいだ。冬に使う炬燵、スキー板、大きな籠、虫取り編、様々だ。
夏希は竹箒と籠の塵取りを定位置に片付けると、倉庫の引き戸を閉めて鍵をする。倉庫の鍵は葉子からの借り物で無くしたら困るため、いつも着物の下に首から下げていた。
(さて、どこに行こう)
神社にいても司や葉子の邪魔になるだろうし、かといって司の家にずっといるわけにもいかない。夏希は石段を下り、葉子の言う通り村を歩いて回ることにした。
夏が終わったばかりの田畑では稲刈りなどの収穫をメインで行っている。田畑のあちらこちらに人影が見えるが、皆忙しそうだ。
(あれ、けど子供の姿もあるなぁ)
洸は学校に行っているのに、村には学校に行かずに働いている子供の姿がいくつもあった。ふと、歩いていて気が付いたが、この村に学校などあっただろうか。
夏希の記憶が正しければ、祖父母の住んでいる村に学校はなく隣町まで歩いて通わなければならなかったはず。そのため、少子化が進み人口がどんどん減ってきていると、祖父が嘆いていた。
(日本には義務教育があるのに、学校へ行かないって事は不登校ってことだよね? それなのに、なんであんなに眼がキラキラしているんだろう)
夏希の中に据わりの悪い不安が過ぎる。ここは別の世界。そこにうっかり迷い込んでしまった自分は何の影響力もないただの子供。けど、もしもその前提が違っていたらーーー?
「―――おい、おまえ」
全身を駆け巡る寒気が一気に引き、代わりに警戒の色を濃くしながら夏希は振り返った。
「・・・げ」
噂をすれば何とやら。洸と数日ぶりに会う洸の取り巻き達だった。
「おまえ、家の手伝いはどうした?」
何故、上から目線で言われなければいけないのだろう。夏希は思い切り顔を歪ませて顔を背けた。
「今日の分は終わったから、村を探索してきて良いって葉子さんから言われた」
「居候の癖に?」
「まあ、何て図々しい子なのかしら。名家である高原家から恩赦を頂きながら、恩を仇で返す風に放蕩するなんて、育ちが透けているわ」
洸の取り巻きの男女が洸の前に立ち、罵詈雑言を述べているが、彼彼女らに構っているほど、夏希は暇ではない。
「嫌味を言うだけなら、もう行っても良い? あんたたちと違って、私は忙しいの」
「捨て子の居候が忙しいだって」
「生意気なことばかり言っているから捨てられるんだわ」
「可哀想に」
憐憫めいた嘲笑に苛立ちが募るが、ここで相手にしても時間の無駄だ。夏希は意を決して彼らの横を通り過ぎようとしたが、足を出されて道を塞がれる。
「どいてよ」
「へっへっへ。躾のなってない捨て子に作法ってもんを教えてやろうって言ってんだよ」
「はあ? 今の言葉の中のどの辺に教えてやろうなんて言った? 馬鹿とは付き合ってられないからどいて」
キッと睨みを利かせると、夏希の進行をしていた男の額に血管が浮き出て顔が真っ赤に染まる。
「て、てめえっ! 馬鹿にしやがって」
男の拳が迫り来る。夏希は咄嗟に目を閉じて顔の前でバツを作ってしゃがんだ。
「信治、止めろ!」
洸の静止の声に、男――信治は拳を下ろすのを止めた。
「洸・・・・、けど」
「止めろ」
睨みを利かす洸に、信治は息を飲み込み深く吐き出す。本当は止めたくないのに、リーダーである洸に言われて渋々止めた感がある。
洸は夏希を見下ろし、冷たく言い放つ。
「いい加減、人を煽るのを止めろ。お前の言葉は人を傷付ける」
洸の言葉に、夏希の中にある何かがキレた。
「人を傷付けてんのはそっちじゃん!」
夏希は立ち上がり、人の輪を押しのけて洸の着物の半襟を掴み上げた。身長差のせいで引き寄せているだけになるが、気持ちは吊し上げている。
夏希の瞳の中に呆然とした姿の洸が映り、洸の瞳の中に殺気立った夏希の姿が映る。
「あんたが一番、最初に私に向かって「捨て子か」なんて無礼千万な言葉を投げつけたのが悪いんじゃん! しかも一対複数で寄ってたかって悪口言うし、ふざけんなって思うのは当然でしょ! 確かに砂を投げつけたのは悪かったと思うけど、混乱している人間をいじめるんだから、それくらいの報復受けたって当然じゃないの? それとも何、私はあんた達のストレスの捌け口に慣れって言うの? ふざけんな、馬鹿が!」
一気に捲し立て、少しだけ胸の中がスッとした。肩で呼吸を繰り返し、夏希は悲愁めいた笑みを浮かべて洸の半襟から手を離した。
「ちゃんと、帰る方法が見つかったら出ていくし、あんたたちの暮らしの邪魔はしない。鬱陶しかったらシカトして良いから、これ以上は関わらないで」
やるせない気持ちで胸がいっぱいになり、夏希は走って洸たちの横を通り過ぎる。今度は邪魔をされなかった。
どうしようもなく胸が痛くて涙が出る。司と葉子の優しさに甘えていて忘れていた。
この世界に置いて、夏希は異端者でありいらない人間だ。いくら“神隠し”に遭ったといっても、誰も信じてはくれないだろう。
それに、本当にこの世界にとって必要のない子だとしたら、夏希は信治の言う通り、“捨て子”だ。世界に捨てられた子だ。
どんなに恋しくても、帰りたいと思っても、帰ることができない。
涙が溢れて、嗚咽を繰り返し、夏希はその場に膝を付いて泣いた。
悔しくて、苦しくて、助けを求めて泣いた。
応えてくれる人がいない。
何て悲しい事実なのだろう。
夏希はひたすらに泣き続けた。




