迷探偵グレ子
「――犯人はあなたです」
ヨーアテル刑事は被害者の姉に指を突きつけた。
「被害者がパソコンに打った『らみいいかんちみみきらもいみみみい』というメッセージ。このメッセージを最初に見たとき、私は犯人を指し示すダイイングメッセージだと思いました。しかし実は違っていたのです」
「違っていた……?」
被害者の姉は震える声で言った。
「えぇ、このメッセージはある人物に向けて書かれたものだったのです。その内容は……『お姉ちゃんごめんね』。被害者はローマ字入力で打っていたつもりだったようですが、どういうわけかひらがな入力になっていたようですね」
「あっ……あっ、あぁぁぁ」
被害者の姉は嗚咽をこぼしながら崩れ落ちた。
「あなたは妹さんの想いを裏切った。その罪は重い」
「いやぁ、今日も見事な名推理でしたなヨーアテル殿。あなたがいれば我がメルヘン警察も安泰ですぞ」
最近太ってきたのが悩みらしい署長はほくほく顔で笑っている。
「いえ大した推理ではありませんでしたよ署長。パソコンを嗜んでいる者なら誰だって解けるメッセージです。だからこそ彼女はダイイングメッセージとして選んだのでしょう。姉のほうは機械に疎いアナログタイプのようでしたから」
爽やかスマイルで微笑むヨーアテル刑事。
「グレ子だって時間があれば解けたもん。絶対に解けたもん」
頬をぷっくりと膨らませ不機嫌そうにヨーアテル刑事の隣を歩く少女。
「そうですね。グレ子さんはあの偉大な名探偵コンビ『シンソウ』さんと『トケータ』さんの娘さんなのですから解けて当然ですよね。その割には意味不明な推理を披露していましたが……宇宙人が書いたメッセージってもう少しましな答えはなかったんですか?」
グレ子は恥ずかしそうに身を捩った。
「グレ子だってやればできるんだ。今日はたまたま調子が悪かっただけで」
「はぁ、まぁ、そういうことにしておいてあげましょう」
「む、むかつく」
グレ子はふくれっ面で地団駄を踏んだ。
「そう思うなら推理力を鍛えましょうね」
ヨーアテル刑事はグレ子の頭をよしよしと撫でた。
「子供扱いするなー!」
「グレ子は分かったぞ。なぜ署長の部屋から本がすべてなくなったのか。その答えは机の上にある焼き芋が握っている!」
メルヘン警察の署長は首を傾げ、じろじろと焼き芋を見つめた。
「グレ子殿。焼き芋が答えを握っているとはどういうわけですかな?」
グレ子は目をキラリと光らせ、胸を張って自信満々に答えた。
「署長。グレ子は着眼点が違うのだ。ふふっ、今は冬。落ち葉も落ちていない。つまり落ち葉の代わりに本を使った」
「しかしですなぁ、グレ子殿。私の部屋にあった本は百冊を超えている。焼き芋のために全部燃やすとは思えません。それに燃えカスなどどこにも落ちていませんぞ」
「それはもちろん、掃除したからね」
署長の目がキラリと光る。グレ子は背を向け逃げる。
「逃がしませんぞグレ子殿」
「いやぁー」
部屋の中をじたばたと走り回る二人。グレ子は足が速かった。
「グ、グレ子殿」
足を止め、ぜぇぜぇと息を吐く署長。グレ子は部屋を一周し、署長の背中にごんと頭をぶつけた。
「ぎゃ」
「捕まえましたぞグレ子殿」
「きゃあー許してー」
「――何をやってるんですか?」
部屋に現れたのはヨーアテル刑事だった。
「聞いてくださいよヨーアテル殿。グレ子殿はとんでもないことをしでかしました」
グレ子は頬を膨らませ、明後日の方を向いている。
「部屋に落ちていた燃えカスを掃除するなんて言語道断。証拠隠滅とは罪が重いですぞ」
署長は指をビシッと突きつけた。グレ子はほっと一息つく。
「そっちか」
署長とヨーアテルはぴくりと耳を動かした。グレ子ははっとし、手で口を塞ぐ。だがもう遅い。
「どうやら証拠隠滅以外にも何かしでかしたようですね。署長、何があったのか一から説明してくれませんか」
「もちろんですともヨーアテル殿」
「――というわけです」
署長の説明を聞き、ヨーアテルはため息をついた。
「なるほど。署長の部屋からなぜ本がなくなったのか、謎は解けました」
「おぉー、さすがヨーアテル殿」
「犯人は君ですね」
ヨーアテルの視線の先には――。
「……グレ子さん」
縮こまって座るグレ子の姿があった。
「どういうことですかな?」
「説明します。グレ子さんは言っては何ですが、推理力は皆無です」
「そんなことないもん」
「黙れ」
ヨーアテルの冷たい声に、グレ子は怯えた顔を見せた。
「ヨ、ヨーアテル殿」
所長は戸惑いの色を浮かべている。ヨーアテルはゆるりと首を振った。
「すみません。つい」
「ご、ごめんなさい」
グレ子は目に涙を浮かべ、ヨーアテルの腕に縋りつく。
「謝るくらいなら自作自演なんてしないでください」
「自作自演?」
署長はキョトンとしている。
「えぇ、自作自演です。なぜならグレ子さんは推理が出来ない。燃えカスを見ても、それが本のものだと思う訳がありません。本の燃えカスだと認識している時点で、グレ子さんが燃やしたと考えるのが妥当でしょう。掃除したのは、恐らく真相にたどり着かせないためです。グレ子さんの性格なら、自分だけが分かっている状況を望むはずですからね。まぁ、その事後工作が裏目に出た形になりましたが」
ヨーアテルは呆れたと言わんばかりの表情で、グレ子を見下ろしていた。
「なるほど。そういったことでしたか。グレ子殿にも困ったものですな。自ら事件を起こすとは」
「だってだって名探偵って呼ばれたかったんだもん!」
グレ子は頬を膨らませ、拗ねていた。手足をじたばたとさせ、まるで子供のように駄々を捏ねている。
「だからといって署長の大切な本を燃やしていい理由にはならない!」
ヨーアテルは怒っていた。目はあまりにも冷たい。底冷えするような視線にグレ子はフリーズした。
「まぁまぁヨーアテル殿、落ち着いて。グレ子殿は私にとっては娘みたいなものです。今回は大目に見ましょう。もう二度と自作自演をしないと誓うならですが」
署長の言葉にグレ子は何度も首を振った。そのあまりにも必死な姿に、ヨーアテルにも笑みがこぼれる。
「しないしない。もう絶対にしない。次からは自分の力で真相にたどり着いてやるから」
「鷹がトンビを産むことも時にはありますよ」
「グレ子は鷹だ。鷹から産まれた鷹だ!」
グレ子の叫びに二人はニコニコと微笑むだけだった。
「で、グレ子さん、本当に本を燃やしたんですか?」
ヨーアテルの問いかけにグレ子はニヤリと笑った。
「ふっふっふ。グレ子を甘く見るなよ。ちゃんと全ページコピーを取ってるもんね」
グレ子はない胸を張って、ドヤ顔を見せた。
「全ページって、百冊以上はあったんですよ」
「だから読み終えるのに一週間はかかった」
「えっ?」
ヨーアテルは驚きの声を上げた。まじまじと顔を見つめる。グレ子はほんのりと頬を赤らめた。
「なぜ読んだんです? コピーをするだけで良かったのでは? というか一週間で百冊って読むの速すぎませんか?」
矢継ぎ早な質問にグレ子は軽いパニックに落ちかけている。見かねた署長が助け船を出した。
「ヨーアテル殿。グレ子殿は速読が得意でしてな。一週間に百冊程度は余裕で読めるでしょう」
「グレ子は速読だけじゃなくて、覚えるのも大得意だぞ。ここに」
人差し指でとんとんと、グレ子は頭を叩く。
「"百冊の内容、全部入ってる"からな。いつでも書き写せるぞ」
グレ子はあまりにもあっさりと言った。当たり前のように口にした。百冊、全て記憶していると。
「ウソでしょ?」
ヨーアテルは疑いの眼差しで、グレ子を見つめた。
「ウソじゃない。グレ子は本当に百冊全て記憶しているからな。ホントだぞ」
「そういえば……」
ふと思い出したように署長が口を開く。
「昔、シンソウ殿が『グレ子って記憶力だけは抜群に良いから、事件現場に連れて行くと結構助かるのよ。全部覚えてくれるから、事件の流れの整理がしやすいのよね』って言っていましたな」
「お母さん、そんなこと言ってたんだ。ふふっ、どうだ。ヨーアテル、グレ子は実はすごいんだからな。推理はできないけど、スペックは高いんだぞ。いわゆる宝の持ち腐れというやつだ」
グレ子は威張りながらも遠い目をしていた。悲しそうな目だった。
「シンソウさんも認めているなら、信じますよ。百冊の内容を記憶していることを。ホント意外な才能ですね。……欲しいくらいだ」
「えっ?」
「グレ子さん、やはり僕はあなたを許せそうにありません。探偵でありながら、事件を起こしたことをね。だからグレ子さん、罰として僕の助手になってください」
ヨーアテルはニコニコと笑みを浮かべながら、グレ子に手を差し出した。
「ふぇっ? じょ、助手。グレ子がヨーアテルの助手……」
グレ子は頬を赤らめ、体をくねくねとさせた。
「えぇ。ちょうど人手が欲しいと思っていましたから。それに僕が見張り役になれば、グレ子さんももう二度と自作自演はしないでしょうからね」
「も、もう絶対しないもん」
グレ子は署長に一瞬だけ目をやり、力なく答えた。
「私とグレ子殿の仲ですから気にしなくていいですぞ。これからヨーアテル殿の下で事件解決に尽力してくれば良いのです」
署長は優しい眼差しでグレ子に微笑んだ。グレ子は子供のように泣きじゃくり、疲れ果てて眠るまでずっと懺悔し続けた。
――数年後。
「グレ子さん、これ……」
ヨーアテルは本棚から一冊のファイルを取り出した。
「それは二年前に解決した『メルヘン峠チョコまみれ事件』の報告書だ。今必要なのは棚の三列目、右から七番目にある容疑者の行動記録だぞ」
ちらりと本に目をやったグレ子は、ヨーアテルにヒントを与えた。彼は頭をぽりぽりと書きつつ、目当てのファイルを取り出した。
「よく覚えてますね」
「ヨーアテル。名探偵ともあろうものが、そのような記憶力ではダメだ」
グレ子はえっへんと胸を張った。十七歳になった彼女は、いろいろな部分が成長していた。特に胸は、目のやり場に困るほど、変化を遂げている。
「名探偵には助手がつきもの。グレ子さんが記憶してれば良いんですよ」
ヨーアテルは穴が開きそうなほど、胸をじっと見つめていた。彼に惚れていたグレ子は、絶対零度の表情を浮かべている。
「どこを見ているんだヨーアテル。今見るべきは資料だぞ。私ではない」
ヨーアテルにべったりだった少女は鳴りを潜め、大人の色気が顔を覗かせている。
「グレ子さんを見ているほうが楽しくてつい」
彼と彼女の関係はいまや逆転していた。ヨーアテルのほうがベッタリなのである。
「バカなことを言ってないで、資料の内容を頭に叩き込め。真犯人を見つけるまでは帰れないぞ」
「警察の仕事でしょうに」
ブツブツと文句を言いながらも、ヨーアテルは資料に目を通した。グレ子は今朝届いたばかりの追加ファイルを取り出す。
「ヨーアテル、早く事件を解決したら、私を独り占めにできる時間が増えるぞ」
妖艶な微笑を浮かべ、グレ子は小首をかしげた。大人とも少女とも言えない年齢が、グレ子に独特な魅力を与えている。
胸が高鳴ったヨーアテルは自分の感情を咳でごまかしつつ、グレ子を盗み見る。目が合った瞬間、ヨーアテルには彼女の手のひらで踊っている自分の姿が見えた。
多分、彼女には一生勝てない。悪くないと思ったヨーアテルはうっすらと笑みを浮かべ、メルヘン警察の所長に電話をかけた。