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誰が言ったか? ウソツキング

 昔々あるところに嘘つきで有名な王様がいました。誰に対しても嘘をつくので、いつしか王様は信用をなくし、王様ではなくなってしまいました。

 困った王様は旅に出ます。元々両親が国の偉い人だったので、後を継いだだけの王様です。決して王になりたいと思っていたわけではないのです。

 嘘の仮面を被り、王としての自分を保っていた王様は、王としての重圧から解き放たれ、初めて本来の自分を取り戻すことができたのです。


挿絵(By みてみん)

 自由を手に入れた王様は初めて国の外に出ます。王様は王ではなくなったのでお金など一銭も持っていませんでしたが、それでも王様は楽しそうな笑みを浮かべていました。

 王様は知っていたのです。自分の才能というものを。

 王は確信していました。自分はどこであってもトップに立てる器であるということを。

 未来を悲観するなど王様には考えられないことです。王様はいずれやってくるであろう自分の未来を想像し、抑えきれないほどの愉悦感を顔いっぱいに広げていました。

 王様の旅は始まったばかりです。





 王様は道の真ん中で空を仰ぎ見ていました。お金もなければ食料も持っていなかったので、空腹で動けなくなってしまったのです。王様は考えました。道行く人からありったけの食料とお金を奪おうと。

 王様はじっと寝転びながら、人が来るのを待ち構えていました。しかし一向に人がやってくる気配がありません。いつしか王様は眠くなり、道の真ん中でいびきをかいてしまいました。

 そこへとある集団が通りかかりました。集団の最後尾には若い女性たちがいて、縄で手を縛られています。

 先頭に立っている男は眠っている王様を見て、「ちょうどいい、ついでに捕らえてしまおう」と部下に王様を縛るように命じました。

 命じられた部下は王様に近づきましたが、縄で縛ろうとしません。不思議に思った男が声をかけようとしたとき、音もなくゆっくりと、部下が崩れ落ちました。

 驚く男の前で王様が起き上がり、部下を放り投げます。放り投げられた部下を見て、男は驚きました。部下の腹部には夥しい量の血が流れ出ていたのです。

 王様の手には刃がボロボロになったナイフが握られています。王様は男たちに向けてナイフを掲げ、「一、二、三……全部で十五人。これだけいれば十分な量のお金が揃う。ラッキーだ。やっぱり僕は天に愛されている。ふふっ、……さぁて、まずは誰から殺そうかな?」と満面の笑みを浮かべました。


 そこからは阿鼻叫喚の地獄絵図でした。男たちはなすすべもなく王様の手によって切り刻まれ、誰一人として生き残っているものはいなくなりました。

 最後尾にいた女性たちは恐怖に震えるばかりで声も出ません。

 男たちから金と食料をあらかた奪い終えた王様は、ゆっくりとした足取りで女性たちに近づきます。品定めするようにじろじろと眺め、一人の女性を指差しました。

「うん、君がいい。荷物が多いから運ぶの手伝ってくれないか? お礼はたっぷりとするから」

 選ばれた女性は考え込むように顔を伏せ、数秒後に顔を上げて答えました。

「まずは縄を解いてくれないかしら? このままじゃ荷物を運びたくても運べないもの」

 王様は快く応じ、ナイフで縄を切りました。

「ところでこの男たちはいったい何なのかな? 血の匂いがたっぷりと染み付いているから一般人ではないと推測するけど」

「ただの盗賊よ。私たちはこいつらに奴隷商人に売られるところだったの。助かったわ、ありがとう」

 女性は顔色一つ変えずにお礼の言葉を口にしました。お礼を言われた王様は嬉しそうに笑っています。

 ただ返り血がべっとりと顔いっぱいに広がっているので、女性の目には少し不気味に写りました。

「うん、やっぱり人助けは気分がいい。……お嬢さん行くとしようか」

 王様は盗賊から奪った荷物の半分を女性に渡し、意気揚々と歩き出しました。一方、女性は逆方向に体を向けています。

 王様はそのことに気づき、女性の肩に手を置きました。

「どこに行くのかな?」

「彼女たちの縄を解こうと思って」

 女性は同じく捕まっていた人々に視線をやりました。王様は納得したように頷き、縄をナイフで次々と切っていきます。

「あ、ありがとうございます」

 女性たちは王様にお礼を言って去っていきました。

「それじゃ行こうか」

「どこへ?」

 問われた王様はあっさりと、「その辺」と答えました。

 これには女性も呆れて、声も出ません。王様はハハッと笑いながら、クルクルと踊っていました。

 女性は王様の手をつかみ、ある方向へと歩き出します。

「どこに行くんだい?」

「私の国」

「へぇ、それってどんな場所?」

「とっても楽しい場所よ」

 王様は楽しい場所と聞き、大喜び。女性はそんな王様を見て、不敵な笑みをこぼしました。


 王様は知りませんでした。これから起こる未来を。

 女性の――正体を。





「へぇ、本当に楽しそうな場所だ」

 二日間、王様と女性はいろんな話をして、国にたどり着きました。

「でしょ?」

 女性は艶のある笑みを浮かべました。王様はほんの一瞬見とれてしまいますが、そんなことは表情には出さず、笑顔を返します。

 女性はその笑顔を見て、少しだけ眉をひそめました。女性は気づいていたのです。――王様の笑顔が作られたものであることを。


「ねぇ、いったい君はどこへ向かおうとしているんだい?」

「お城よ」

「お城? なぜ?」

「私のことを探しているでしょうから、会っておかないといけないのよ」

「ふーん、君って王族の関係者なの?」

「そうよ」

 王様はじろじろと女性を眺め、すぐに興味をなくしたかのようにキョロキョロと辺りを見回します。前方からすごい勢いで走ってくる若者が目に飛び込んできました。

 王様はビックリして、立ち止まります。若者は王様と女性のもとへ向かってきています。王様はナイフを懐から取り出しました。


 若者は女性の前で立ち止まると、ボロボロと涙を流しはじめました。女性は若者をゆっくりとした動作で抱きしめます。若者は今度は声を上げて泣き叫びました。王様は微妙な顔で抱き合う男女を眺め、この場から立ち去ることを決意します。

 ところがそうは問屋が卸しません。今度は鎧を着込んだ大群が押し寄せてきたのです。

 大群はあっという間に王様を取り囲みました。王様は状況を理解できませんでしたが、一つだけ分かっていたことがあります。――このままでは危ないと。

 王様はすぐさま女性と若者を引き剥がし、ナイフを突きつけました。若者は恐怖のために涙がピタッと止まっています。

 女性は顔色一つ変えずに王様のそばに近寄ります。鎧兵はどよめき叫びました。


「――近づいてはなりませんぞ姫!」


 王様は一瞬だけ静止し、女性――姫様にポカンとした顔を向けました。

「姫?」

「えぇ、そうよ」

「……一応聞くけど、何の姫」

「決まってるじゃないこの国のよ。……私王族の関係者って問われたときに頷いてあげたのに分からなかったの?」

「使用人だと思ってた」

 王様は頭を抱えて座り込んでしまいました。

「なるほどね。ふふっ、状況は理解した。お嬢さん、説明してあげて。このままじゃ僕は誘拐犯として牢獄にぶち込まれてしまう」

「分かったわ」

 姫様は微笑み――王様にとって最悪の答えを口にしました。

「――私、脅されて、国に入れちゃ駄目だって分かってたけど、死にたくなかったからごめんなさい。民を危険に晒すなんて姫失格だわ」

 女性はうつむき、ほろりと涙を流しました。嘘を生業とする王様は即座に嘘泣きだと見破りましたが、どうにもできません。

「ひっとらえろー!」

 王様は縛られていく自分を案じることはなく、ただ一つのことを思っていました。

 なぜ、そんな嘘を。あの若者はいったい誰だ? あれ、思ってるの二つある! 僕としたことが間違えてしまった。ふふっ。





「姉さん、怪我してないかい? 怖かっただろ? 許さない許さないぞ、あの男殺してやる」

 若者は姉である姫様の前で泣きながら、王様に呪詛を吐き続けています。姫様はそんな弟の頭を撫でながら、これからのことを考えていました。

 姫様は王様が嘘つきで有名な王様であることを知っていました。ゆえに自分の住む国に連れてきたのです。

 盗賊に誘拐されたときは人生最悪の日だと思っていましたが、嘘つきの王様に出会ってからは幸運が舞い込んできたと内心ウキウキしていました。

 姫様はどうやって王様の国と取引しようか迷っていましたが、運良く兵士たちが来てくれたので利用しない手はないと、嘘をついて王様を牢獄に閉じ込めることに成功したのです。





「違う。僕は盗賊から助けただけで誘拐なんてしちゃいないし、ましてや脅してもない。そもそももし仮に誘拐していたのなら、この国になんて来ない。嘘じゃない、嘘をついているのは君たちの大事な姫様だ。信じてくれ」

「知ってるぞ、貴様はあの悪名高い嘘つきの王様だろ。信じると思うのか? それにこの国に入ったのは大方、我が城の財宝を盗むためだろう。魂胆は分かっているのだよこちらは」

 王様は今回に限っては一切嘘をついていません。彼は何度も誘拐なんてしていないと叫びました。

「どうせ嘘なんだろ?」

 兵士たちは誰も耳を傾けませんでした。王様の話を嘘だと決め付けていたのです。牢屋の前から去る兵士の後姿を眺めながら、王様は声が枯れるまで叫び続けていました。





「姉さん、あの男は死刑にしてしまおう」

「駄目よ。あれでも一応王様なんだから死刑にするとまずいわ。国交問題に発展しかねないもの」

「じゃあ、どうすれば?」

「国からしてみれば、王が捕まっていることは近隣諸国には知られたくないことでしょうね。だから交渉するの」

「交渉?」

「えぇ、王が他国の姫を誘拐したなんて大問題。あの国は王のせいで孤立してるから、このことが他の国に知れ渡れば、今よりもっと孤立することになる。そこが狙い目。私は同盟を持ちかけようと思うの」

「同盟? どうして姉さんをさらった王の国だろ! 結ぶ必要なんてない、滅ぼしてしまえばいいんだ」

「駄目よ、悪いのは王であって国ではないわ」

「……姉さん、でも僕は許せないんだ」

「嬉しいわ、その気持ちで十分よ。……知ってると思うけど、あの国には我が国にはない資源がある。チャンスなのよ。私たちの国がもっと豊かになる。あの王を使って私たちの国を立派にしましょう。どれぐらい搾り取れるかは交渉しだいだけど、あの国にとっても繋がりができるのは喜ばしいことだろうから。うまくいくことを祈りましょう」

「姉さん、国は悪くないんじゃないの?」

「運が悪かったのよ」

 姫様はそういって微笑みました。

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