逆さ鬼
少女が道を歩いていると、突然目の前に大きな壁が現れました。
「何かな?」
つんつんと突くと「誰じゃ?」と声がしました。
「そこに誰かおるのか? ちょうど良かった。わしを助けてくれんか」
「あなたはだあれ?」
「わしは赤鬼じゃ」
なんと大きな壁の正体は鬼でした。よくよく見ると顔が下にあり、足は天に向かって伸ばされています。どうしたことでしょう。
不思議そうに少女が首をかしげると、鬼は困ったように口を開きました。
「実はの岩につまずいて転んで、角が地面に突き刺さって抜けなくなったのじゃ」
鬼の言うとおり、角が地面に深々と突き刺さっていました。角の根元が見えないくらい深くまで。
「分かった。助けてあげる」
少女は鬼の体を引っ張りました。びくともしません。何度挑戦しても鬼の体は動きませんでした。
「ごめんなさい」
「謝る必要はない。誰か大人を呼んできてはくれまいか」
「はーい」
たったっと少女は駆けていきます。するとまた目の前に大きな壁が現れました。
「そこにいるのは誰だ?」
またもや鬼が地面に突き刺さってました。先刻の鬼と違い、今度は青鬼です。
「私? みっちゃんって言うの」
少女は朗らかに笑い、青鬼の体に触れました。力を込めても動きません。
「助けを呼んでくるね」
両手をいっぱいいっぱい広げ、風のように道を駆け抜けていきます。
「おや、みっちゃんじゃないか。急いでどうしたんだい?」
出会ったのは隣の家に住むおばさんでした。少女は事情を説明しました。
「うーん。鬼を助けるのかい? 食べられちゃうかもしれないよ」
「困ってるんだよ。助けてあげようよ」
根負けしたおばさんは、村中の人に相談することに決めました。村人たちは話を聞いても、誰も助けに行こうとしません。そんなとき一人の若者が立ち上がりました。
「俺が助けてやる。譲ちゃん、案内してくれ」
若者の言葉に「うん」と力強く返事をし、少女は来た道を戻っていきます。不安を隠せない長老は、三人の村人に後を追わせました。
「ここだよ」
少女はぴたりと足を止めました。
「でけえなぁ」
若者は驚いたように声を上げました。
「また来たのか」
青鬼は巨体をぐらりと動かしました。
「助けに来たんだよ」
「任せな」
若者は青鬼の体を思い切り引っ張りました。少しずつ青鬼の体が地面から競りあがっていきます。目をぱっと輝かせ、少女もお手伝い。
「うんしょ、うんしょ」
若者と少女は息を合わせ、どんどん鬼を引っ張り上げていきます。
すぽんと小気味良い音が辺りに響き、青鬼は姿を現しました。
「ようやく動けるぞ」
青鬼は嬉しそうに笑いました。その姿を見て、若者と少女も顔を綻ばせました。
「お礼に……おいしく食ってやるぞ」
「えっ?」
若者は驚く暇もなく、頭から食べられてしまいました。少女は腰が抜けて動けません。
「若い肉はうまいんだ」
青鬼は少女の体をたやすく掴み、口の中へ放り投げました。ばりぼりと口をもぐもぐと動かし、青鬼は満足そうに笑った後、体を地面に倒しました。
「食べたら眠くなってきた」
青鬼は寝息を立てて眠ってしまいました。その様子を見ていた三人の村人は足をもつれさせながら、村へ大急ぎで帰りました。
事態を重く見た長老は、青鬼の始末を村人たちに命じました。村人たちは各々武器を用意し、村を出ました。
村人たちが到着したときも、青鬼はまだ寝ていました。チャンスとばかりに村人たちは桑や斧、槍などの武器を青鬼めがけ、一斉に突き刺しました。
青鬼はぐおおんと叫び声を上げのた打ち回り、やがて動かなくなりました。村人の一人が脈を確認すると、すでに事切れていました。
村人たちは喚起の声を挙げ、村へと戻っていきました。
「もう一匹の鬼はどうする?」
「餓死させよう。いくら鬼でも飢餓には勝てまい」
「そうだな」
「わははは」
村人たちは知りません。二匹の鬼のうち、悪いのは一匹だけだということを。もう一匹の鬼は心優しい鬼だということを。
助けてくれた暁には財宝を上げようとしていたことを、村人たちは知る由もありませんでした。